09:呼び出しと学園長
聖数祭が一通り終わると、季節は秋に入る。まぁまだ残暑厳しいが、暦上は8月は秋なんだ。ちなみにこの世界じゃ夏休みはない。その代わり、たっぷり長い冬休みがある。休みは楽しみだが少しユウウツだ。実家に帰りたくないんだよ。
まぁ、冬休みが始まるのは13月から、まだまだ先の話だ。しばらくは友達とバカなことでもやりながらのんびり学園生活を楽しもうと思っていた、んだが。
「……首が苦しい……」
「我慢しろティル、タイを緩めるな」
目を離すとタイを緩めようとするティルをしかりつけ、思わずこっそりため息をつく。久々のフォーマルな恰好で、俺もちょっと息苦しい。でもさすがに、いつもの恰好で来るわけには行かない場所だし仕方がないんだ。
8月某日、何故かアーノルドに呼び出されたと思ったら今学園長室の前にいる。
何でこうなった。いつも通り昼飯を食ってただけなのに、アーノルドに「ちょっといいかい?」と呼ばれたかと思ったら全身磨かれて衣装を着せられた。普通こういうのは異世界トリップした女の子がやることだろ。男が身奇麗にしたところで何も面白くないわ。
あ、でも、ティルはびっくりするほど綺麗になった。
全身余すところなく磨かれて、仄かにいい香りもする。多分、俺もつけてもらったけど、コロンとかだろう。いつもぼさぼさの髪も整えられて、それだけで別人みたいに化けた。
「卑怯者め……」
「え、なんで。リドなんで怒ってるの」
くそぅ、ギャップか、ギャップなのか。こんなん更にハーレムが増えるだろ。全然勇者らしくなくて俺をやきもきさせるくせに、見た目だけは良いのかよチクショウ。
まぁ通っている学園の学園長、しかも元々はオスティリアの領主だった人に会うわけで。理由は分からないがとても名誉なことだとは分かる。アーノルドが祖父に何か言ったのか……でもあいつ、公私はしっかり分けるイメージなんだけど。
と、メイドさんが音もなく寄ってドアをノックした。間が空いて「入れ」という低い声。いよいよらしい。と、大事なことを忘れてた。メイドさんたちにばれないようにこっそりとティルに小声で言う。
「ティル、余計なこと言うんじゃねぇぞ、絶対だ」
「余計なことって?」
「とにかく最低限でな、頼む」
俺の心臓のためにも、マジで。何をやらかすかわかんねぇでマジ怖いんだもん。
ゆっくりとドアが開く。すっと頭を下げて「失礼します」と言うと、慌ててティルも真似をした。うん、マナーの授業で学んだことは生かされてるな。
とにかく俺の行動を見て参考にしろ、覚えろとはこの際言わないから。
ごめん先生、ティルにマナーを教えようとがんばってくれてたけど……ティルには無理です。
「この度はお招き頂き身に余る光栄と……」
「よい、気を楽にしてくれ。さ、座りなさい」
俺の言葉を遮って、優しそうな男性の声。ティルは早速ぴょこっと顔を上げてソファーに向かった。おい、お前はもうちょっと遠慮しろ。
ソファーに座り、初老の男性と向き合う。この人が学園長、アーノルドの祖父か。ぱっと見は老けてるのに何故か若々しい感じ。腰も曲がってないし、あと20年くらいは余裕で生きそうな人だ。まぁ、もう50歳は過ぎているだろうし、この国の平均寿命を考えれば微妙な話ではあるけれど……でも活力に溢れてるって言うか、すごく元気そうだ。
「ティート・ディラーグに、リドヴェルト・フォトリア・バーミトラ、だね?」
「はい」
「はぁい」
ティルの間延びした返事にじろっと横目で睨みつける。失礼だから直せって言ってんのにこいつは……。ティルは睨まれたことに気づいて、居心地悪そうに視線をさまよわせた。マナーの授業のときとか常にこんな感じだ。
「さて……君たちは何故ここに呼び出されたか、推測しているかね」
学園長の言葉に、ティルはちょっと首をかしげた。まぁ考えてないよなぁ、こいつは。その分、俺が考えることになるわけか。ブレインってほどに賢くはないが、足りないところを補うマネージャーだ。
「……まず、これは奨学生であるティート・ディラーグに対する呼び出しであり、自分はあくまでその付き添いなのだと思っています」
「ほう、何故かね」
「自分には特筆して呼ばれるような価値はないからです」
まぁ、順当に考えてそうなんだよな。ティルはこんなのでも将来有望な奨学生で、学園長の興味を引くだけの要素はある。身奇麗に整えられたってことは悪い呼び出しじゃないだろうし、奨学生であるティルへの資金援助とかじゃないかと思った。
むしろどうして俺がここにいるか分からないっていうか……アーノルドがティルのお目付け役として呼んだ、くらいしか思いあたらねぇ。
「貴族にしては控えめな少年だ。自分は平民の付き添いに過ぎないと言い切るのか」
「はい」
学園長の言葉に迷いなくうなづく。身分が大事だって言うのは分かってる、でもティルは特別な存在だ。神様に用意された勇者、俺はその友人として行動を見張っていなきゃいけない。
「なるほど……孫は見る目が足らんな」
学園長は納得したのか、手元の紅茶を一口飲んで俺を見た。手に汗が滲む。威圧感が、凄い。
「バーミトラ君、君は何かを為すには向かん、貴族としては三流以下だ。孫は聡明と言っておったがそうではない、ただ単に傍観しているだけだろう」
「……」
自覚はしている、でも、言われるときついな。
神様に言われてからずっと、俺はティルを勇者にするためだけに動いてる。つまり、俺は世界を救う主人公にはなれないんだって思い知ってしまったんだ。
俺は、諦めた。諦めて、ただ外側から見ているだけで十分だと思った。リドヴェルトというアバターを通してこの世界を見ているような、遠い感覚。それで十分、目的を達成するにはそれくらいでちょうどいい。
自分の人生なんてどうでもいいと、思わなきゃ。
「自分の力量は、把握していると思っています」
「そうやって諦めるわけだな、なんともつまらない。期待はずれだな……」
「リドを悪く言わないで!」
突然の声に驚いて、青ざめる。バカかこいつは、俺が穏便に収めようとしてるってのにホントに空気読まねーな! ティルはぎゅっと唇に力を入れて、学園長を睨みつける。
「僕の友達を、悪く言わないで」
「……感情的だな。実力はあると聞いていたが、活かすほどの能力はなさそうだ」
「……っも、申し訳ありません!」
一拍遅れて、思い切りティルの頭を掴んで下げさせる。俺も一緒に下げながら、冷や汗が止まらない。停学……た、退学まではいかないよな? あぁもうティルのバカ、部屋入る前にもっと強く言っておけばよかった俺のバカ!
「こいつ常識知らずで、礼儀とかもなってなくて! でも、あの、悪気があるわけではなく! 自分の方からもきつく言って聞かせますので!」
「……っく、ははは!」
へ?
部屋に響いた笑い声に、思わず顔を上げる。学園長が、笑っている、ものすごく楽しそうに。ちょうど、いたずらが成功した子供みたいな。
「あぁ、すまない、馬鹿にしたわけではなく……いや、孫から聞いていた通りだな。君は彼の保護者のようだ。すまないね、君の事を悪く言ったりして。まぁ、若いのだからもう少し前向きになったほうがいいとは思うが」
「いえ、……はは……」
外れてないのが怖えよなぁ。っていうかこれは、もしかして……試されていたとか、そういうオチか。アーノルドを騙していないか、その確認? いや、それだけで学園長が動くか? っていうか呼び出した本題は一体何なんだ?
俺の表情に察したのか、学園長は柔らかい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「騙すような真似をしてすまない。この学園の代表者となるからにはきちんと人柄を見極めておかなければと思ったんだ」
「……代表者?」
「おや、アーノルドから何も聞いていないかい」
何一つ聞いてねぇよ。……くそ、凄ぇいい笑顔が浮かんじまった。この状況はわざとっぽいな、アイツ意外とサプライズとか好きだし。この祖父にしてあの孫あり、か。
「どういうことでしょうか」
「何、ちょっと首都に行って式典に出てこないかい?」
……え、勇者旅立つの?




