オリヴィエの場合
主人公の一人称ではない番外編です。きっちり話の内容には噛んでますが、物語の裏側ということで番外としています。
構成上、三人称になっています。
本編の裏側、歴史の表舞台、「オリヴィエの場合」。
見下されるのが嫌いだ。それは国民性なのかもしれないし、あるいは家系なのかもしれない。が、オリヴィエはそれについて深く考えたことはなかった。それが何に由来するものであれ、自分の人生に影響するというわけではない。ならば、何だって良い。
兄が1人、姉が2人、弟が2人という6人兄姉弟妹。父が1人、母親は三人。皇国では特別珍しくもない家族構成だ。戒律に明記してあるわけではないが、妻の他に妾を何人か持つことは貴族のステータスの一種とされる。囲うほどに家に余裕があるという表れだ。
オリヴィエは一人目の妾の子供だった。母の昔の職業など知らないが、踊り子か歌い手だろう。妾の定番のようなものだ。金色の髪の美しい娘。黒目黒髪の多い皇国では、色素の薄さは美の基準だ。
オリヴィエは、それを受け継ぐことが出来なかった。
巷に溢れる黒髪黒目。顔立ちは幸いにも母に似たようだが、少女時代には酷く手荒く扱われた。先に同じ腹から生まれていた姉は金色を宿していたというのもあるだろう。母は遠のき始めた主人の寵愛をより戻そうと必死になっていたし、父は存在を認識していたかどうかも怪しい。役に立たない娘を構う人間なんてどこにもいないのだ。
平凡で無価値。その烙印を押されたオリヴィエは、努力するしかなかった。知識を詰め込み、魔法を覚え、武術を極めようとした。何か一つでも突出したものがなければ、この皇国では生き残れない。残酷なほどに、実力を重んじる国だ。
オリヴィエは決して非凡ではなかった、それは確かだろう。覚えは悪くなく、知識を利用する賢さもあった。魔法を十分に扱い、コントロールする器用さもあった。機敏さもあり、いろいろな武器を扱うことが出来た。
そして、それだけであった。
知識でも、魔法でも、武術でも。突出した才能はなく、ただ平均よりも上の水準をふらふらとするばかり。オリヴィエの限界は早かった。皮肉にも、血の滲むような努力がそれを早めてしまった。
力が欲しい、と慟哭した。どの分野でも良い、この際なんだって構わない。影響力を持つ、限りない力が欲しい。
そして彼女は、選択する。自らの力は限界がある、それはどうしようもないほどに。ならば、他のもので補えば良い。他の者で、補えば良い。
皇国では不利だ、黒目黒髪が邪魔になる。ならば十全に生かせる場所、他国で実力者の集う場所へ。逃げるのではなく、これから先を掴むために。
オリヴィエは、オスタリア学園に入学した。自分の手となり足となる人材を得るために。
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ティート・ディラーグ。最初にその存在を見咎めたのは自己紹介のときだ。奨学試験をトップで通過。十分に魅力的な人材に思えた。しかもおどおどとして気弱な態度、軽くつつけば簡単に手に入るだろう。実に、好都合だ。
それでも失敗は出来ない。他の人材にも粉をかけながら、ティートについても調べる。奨学試験はいくつかの分野がある。彼がトップで通過したというのはどの分野か見定めなくては、手に入れた後の使い道も変わるだろう。
そして、武術演習で彼は彼の才能を見せた。オリヴィエでは届かない天性の領域、努力することが馬鹿馬鹿しくなる圧倒的な暴力。それをして平然と変わらぬ人格。
彼にしよう。ティート・ディラーグを取り込み、名を上げよう。都合のいいことに、彼は特定の女性に傾倒している様子は見られない。ならば自分がその対象になればよい。オリヴィエは自分の容姿に十分な自信があったし、どうみても彼は女慣れしているようではなかった。
人のまばらな放課後を見計らい、オリヴィエは声をかけた。
「ティート様、少しよろしいかしら」
「…………、あ、僕?」
馬鹿にしているのか。そう言いたくなる反応だった。無視、どころの騒ぎではない。オリヴィエに声をかけられて気付かない、気付いても喜ばないなど。下心すら見せない態度に、思いの他厄介かもしれない、と考えを改めた。
2人きりで話したい、これから仲良くなっていけば良い、と意味深な言葉をちらつかせ、豊満な肉体をこれでもかとアピールした。が、
「……離れて」
「あら、お嫌ですの?」
「嫌。すっごく不愉快」
今までにないきっぱりとした言葉と態度。あからさまに顔をしかめ、彼は拒絶していた。普段の様子からボディタッチ程度でうろたえるかと思っていたが。意外にも慣れているのか、全く興味のないふりか。年齢と性別的に、よほど特殊な趣味嗜好というのでなければ、女性の身体に興味がないということはないだろう。
どうしようか、と考えあぐねるオリヴィエに思わぬところから手助けが来た。隣にいた少年―彼の友人らしい、リドヴェルトから「話だけでも」と手が入ったのだ。大して目立たないし、容姿は悪くないがわざわざ手に入れるほどでもないと思っていたが。彼の友人と言うだけで十分に利用する価値があるかもしれない。上手く味方につければ、そのままティート・ディラーグも手に入れられるか。
力を手に入れるのに、利用できるものは全て利用する。
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結果としては、失敗だった。
やや性急過ぎたためか、友人であるリドヴェルトの警戒が強い。ティートの力はそれだけの価値があるため、当然だろう。今後はライバルも増えるので、さっさと決めてしまいたいのだが。
「ティート様、どこにお出かけになりますの。よろしければご一緒させていただけません?」
「……」
偶然、ではなく故意に彼の前に現れ、にっこりと笑いかける。が、ティートはオリヴィエを見てもむすぅと子供っぽく膨れるだけだ。帝国に来てから、大抵の男はオリヴィエの美貌とスタイルに目線を走らせて鼻の下を伸ばしていたというのに。
彼はそれをしない。まるでオリヴィエの外見を気にしない。かといって、皇国の人間のようにオリヴィエを見下そうとするわけでもなく。
ただ、オリヴィエという人間を判断するように。
「あの話、お考えになっていただけたかしら。わたくしと一緒に来てはくれませんの?」
「だから、そういうのはリドに……っ」
身を寄せて、媚びるように。彼の手に指を1,2本絡めて、潤んだ目で問いかける。
「ねぇ……、わたくしをティート様の特別な女性にしていただくことは出来ませんの……?」
いくら鈍感な彼であろうと、これで分からない男はいないだろう。ティートも流石に感づいたのか、困ったように視線をうろうろとさせた。
「ティート様、わたくしではご不満ですの?」
「僕、は……」
と、オリヴィエの手を強引に振り払ってティルは後ずさりした。
だっと駆け出して逃げ出す彼に、追うための準備に入る。ティートは速い、オリヴィエが追いつくには補助魔法をいくつか使わなければならないだろう。詠唱し魔法を使おうとしたところで、ティートはくるりと半身で振り返って叫んだ。
「もっと綺麗なヒトじゃなきゃ、いや!」
瞬間、ぴしりとオリヴィエの中の何かにひびが入った。綺麗な人じゃなきゃ嫌。つまりそれは、オリヴィエの整った容姿を全否定する。積み上げてきたものが崩れていく。無意識に、口角が上がって笑みが零れた。怒りも極まれば笑みになるらしい。
「ふ、うふ、うふふふふ……」
自分の外見に自信を持つオリヴィエにとっては衝撃的な言葉。言われたことはもちろん、考えたことすらなかった。侮辱された、こんな、よく分かってもいない子供に。オリヴィエの魅力も分からないくせに。
きっと涙目で睨みつけて、遠のく背中に吼える。
「絶対にっ、惚れさせてみせますわ!」
オリヴィエ・ラル・ベルナデット、14歳。初の失恋に燃え上がり、恋に本気になってしまった瞬間だった。




