04:色仕掛けとド天然
リリーアンジェはしばらくは入院、っていうのか? とにかく授業には出てこないらしかった。ティルはそれ以来、ちょっと機嫌よさそうだ。俺としては先行き不安でブルーなんだが。
何度か寝たけど、神様とは話せていない。ってことは、神様からすれば予想されてたことか、なんでもないことなのか。少なくとも、俺はアドバイスなしでしばらくやらなきゃいけないようだ。
そして、
「ティート様、少しよろしいかしら」
「…………、あ、僕?」
「思い切り名前呼んでただろ」
きょろきょろと周りを見回した後にようやく気付いたのか、ティルは目の前の話しかけてきた人を見て不思議そうに首をかしげた。俺も気持ちはおんなじだ。何でティル、っていうか様って。
ウェーブの強い黒髪に、黒い目。珍しかったから覚えてる、たしか皇国の留学生……オリヴィエ、だったかな。インパクト強かったんだよな。……いや、別に胸が大きいなあとか思って覚えてたわけじゃない。本当だ。俺はアーノルドとは違う……!
「で、何?」
「場所を変えません? ……2人きりで、お話したいことがあるんですの」
ティルの手を握り締め、胸元に抱えて言う。ぐっと顔も近づけて、俺は伏せた睫毛が長いなーと妙に冷静に眺めていた。いやぁだって、ティルの手、思いっきり胸に当たってる。むしろ埋まってる。
それでティルは嫌そうな顔をするんだから、いやこいつ本当に男なのか。っていうか状況がわかってないっぽい。
「知らない人と2人きりになるのは、嫌だな」
「あら、誰だって最初は知らない人ですわ。これから、仲を深めて、知っていけばよろしいのではなくて?」
囁きかけながら、つつぅ、とオリヴィエの細い指がティルの頬を撫でた。うわー、これ、うわあ……み、見てて良いのかこれ、助けた方が良いか? ティルが今まで見たことないくらいに顔をしかめてるし。
「……離れて」
「あら、お嫌ですの?」
「嫌。すっごく不愉快」
きっぱりと言い切ったティルに、オリヴィエは少しだけ目を見開いた。色っぽく流していた目に不信感がちらつく。そりゃ、こんだけされてちょっとも揺らがない男なんていないよ、普通は。不愉快とまで言い切ったし。
「……ティル、少しは話聞いてやったらどうだ? クラスメートなんだし、そう冷たくすることないだろ」
「リド……」
「あら」
オリヴィエは俺に目を向けて、……一瞬「こいつ誰だっけ」みたいな顔をした。くそ、地味だけど。目立つティルと一緒にいるんだし、もうちょっと覚えてくれても良くないか。一応、今あんたのフォローしたんだぞ。
「な、2人きりが嫌なら俺もついてくよ。オリヴィエ、さん、は嫌か?」
「……別に、かまいませんわ。リドヴェルト様もご一緒にどうぞ……それと、呼び捨てでかまいませんわよ」
沈黙の後、にっこりと笑顔。美人って言うか、凄く色っぽい笑顔だ。年上っぽいからさん付けしたんだけど……うーん、嫌だったか。むしろ俺ごとティルを捕らえようとしてるっつーか、微妙に油断ならねえわ。女って怖え。
まだまばらに人の残る教室を出て、オリヴィエの先導についていく。あんまこっちの方来たことないな。学園内は広いからまだまだ地図が手放せないし。お、良い雰囲気の喫茶店発見。
「ここですわ。マスターとは懇意にさせてもらっておりますの」
オリヴィエの言葉に、ティルは不満げな顔でちょっと眉を上げた。懇意、ってわかんなかったんだろうな……。最近、こいつの顔色読むのばっかりうまくなってるぜ。
ドアを開けると、カロカロと穏やかな音でベルが鳴った。店内は薄暗い……っていうか照明が極端に少ない。なんだろう、オリヴィエが出入りしているって考えると、妙にエロく感じてしまう……。
「おかけになって、お飲み物はどうなさいます?」
「僕、いい」
「じゃあ俺もいいや。おまけだし」
ティルは若干俯いてふるふると首を振った。そんなにオリヴィエが嫌なのか? 確かに対応はちょっと……アレだけど、別にティルをバカにしているわけじゃないだろうし。
オリヴィエはカウンターの男性をちらりと見た後、ティルに向き直った。身を寄せられ、ふわっと花の匂いが香る。香水、か。押しの強いオリヴィエに似合う、甘い匂い。
「ね、ティート様。わたくし、あなたに提案をしたく思いますの」
「……提案?」
オリヴィエの甘い言葉にも、ティルは苦々しい顔で応える。オリヴィエは無視しているのか気付いていないのか、ティルの手に自分の手を重ねて囁くように言った。
「わたくしと、組みません?」
「……、……?」
「……」
俺は無言で、オリヴィエにこの無粋な状況をどう説明すべきか考えていた。手を握ったり胸を押し付けたり身を寄せたり、アプローチが間違ってたなんて言えない。あえて言うなら相手が間違ってたんだ。
とりあえず、質問の意味が分からなかったティルに噛み砕いた説明でもするか。
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オスタリア学園ではパーティーを推奨している。個人の技能を磨くことよりも、それぞれの特性を生かして協力することが求められる。まぁ実践的な授業が多いからだろう。現実的に考えれば、1人よりも多い方が良い。
そしてできるなら、ただ多いのではなく少数精鋭でいるべきだ。連携や協力には人数に限界があるからな。それが大体、6人前後。
初等部のうちにメンバーを集めておいて、中等部からの授業に備える。俺はジュスターやティルと組むつもりだし、まぁあと何人か必要だけどそれはおいおい考えようと思っていた。
「……だから、これから先の授業で一緒に行動しないかってこと、分かったか?」
「うん、分かった」
けろっとした顔でティルが頷く。おお、こうなるまでに思いのほか時間をとられた。まさかこれから先の授業構成について何も調べてないとは予想外だったぜ。いや、ティルならまぁありうるとは思ったけど。
話し疲れた……、途中で頼んだ水はすでに氷が溶けて温くなってる。うーん、20分くらいは話したかな。すぐに「何で?」「何が?」「どうして?」と妙なところに食いついてくるからなかなか話が進まなかった。
「それで……あれ、何で僕?」
「武術演習でのご活躍を拝見したからですわ。あの圧倒的な強さ、ぜひともわたくしに協力させてくださいな。これでも補助魔法は得意なんですの」
ティルの疑問にすらすらとオリヴィエが答える。ティルに全力で色仕掛けしてスルーされたことは記憶から消したようだ。いやぁ、多分今まで全勝無敗だったんだろうな。美人だし色っぽいし、何より手馴れてる感じがした。
まぁ今回は全面的に相手が悪い。相手にティルを選んでしまったことも、そして全スルーをかましたティルも、悪いだろう。
でも演習で見せた実力で、ティルの扱いがちょっと変わったのは確かだ。今までは半信半疑って感じに遠巻きにしてたけど、今は……「近づいたらヤバイ」って意味で遠巻きにされてる。くそう、どっちにしろ俺と神様のお友達大作戦は前途多難だ。
オリヴィエみたいに寄ってくる人間ってのは予想してなかったけど、当たり前だ。危険ではあるけど、仲間にすれば何より心強い。ティルの力は、神様お墨付きのチートっぷり。今のうちから良い関係を作っておいて、卒業後自分の陣営に組み込む、そんなところだろう。
「ティル、お前はどうしたいんだ?」
「んー、僕はリドと一緒が良いな」
「リドヴェルト様、ですか?」
おお、ティル、嬉しいこと言ってくれるな。でも美人の誘いを振って俺って、ちょっとアブノーマルな気配がするから擦り寄るのは止めろ。最近の懐きっぷりがちょっとしたホラーに変わるぞ。
オリヴィエは不満そうだ。まぁ色仕掛けをスルーされて何故か俺だもんな。俺は卑怯な手を使ってジュスターに負けてたし、オリヴィエとしては戦力に加えたくないんだろう。そもそも認知されてなかった可能性も高い。悲しいことに。
「うーん、俺はティルと組むつもりでいたけど……」
俺としては、卒業後にティルは勇者として活動してもらわなきゃいけないから、どっかの貴族に組するってのはあんまり歓迎できないんだよな。
いや、貴族がダメってわけじゃない。協力することで出来る利点もあるし、竜と人の和平なんて大事業を他の誰とも協力もなしに出来るとは思ってない。
ただ、俺はまだ子供で駆け引きなんて出来ない。ティルはもってのほかだ、単純すぎるしまだ人が怖くなくなったわけじゃない。貴族にいいように利用されて終わる、なんてバッドエンドは避けたいところ。
そしてなにより問題は、オリヴィエが皇国――シグルート神皇国の貴族だってことだ。他国に利用されたくないってわけじゃない、問題は他にある。
あの国は、竜の滅亡を謳っている。




