16:世界を救う脇役と決意
かつて、人と竜は隣人だった。
この箱庭のような小さな世界が始まった頃に創られた彼らは、同じ神から生まれた兄弟のようなもの。生態、文化、その在り方は違ったけれどよき隣人としてバランスを保っていた。
しかしいつからか、人は竜と言葉を交わす方法を忘れて、竜は人と生きる術を忘れてしまった。
あるときは人が、あるときは竜が世界を支配した。その度に世界は正しい形に戻ろうと自浄作用を働かせたが、それはやじろべえの一端を間引くだけ。応急処置に過ぎないそれでは、世界は力を失っていく。
世界の正しい形を彼らは忘れてしまった。隣人であった頃を記憶の彼方に置き去りにして、互いに憎みあって世界を狭めてしまった。嘆き悲しみ、神は決意する。世界への出来る限りの干渉、可能性を作り変え、奇跡に奇跡を重ねて、世界を救うための一つの方法を。
そうして、『勇者』は作られた。
「誰もが忘れてしまった世界の話は、これでおしまい」
ふわりと神様は笑みを浮かべた。けど、全然嬉しそうには見えない。見えるわけがない、これは御伽噺ではなく歴史なんだ。神様の子供が、傷つけあった史実。
「……神様が、言い聞かせたりとかできなかったのか」
「最初に言っただろう? ボクは干渉する力をほとんど持っていないんだよ。可能性を弄って、どちらかが滅びないようにするのがやっとだった」
急に、神様が小さく感じた。いや、背を並べたら多分俺の方がでかいだろうけどそういうことではなく。一方的で圧倒的な神様が、ひどく頼りない。
あぁ、くそ。思い出しちまった。だから俺は守りたいとまで思ったんだ。俺よりずっと上の存在の癖に、変なところで頼りない。
ぐちゃぐちゃと絡まる考えを振り払いたくて頭を振った。が、そんなことで何も変わるわけじゃない。気持ちの整理がつかない、俺的には失恋したようなもんだぜ? 手持ち無沙汰に、湯飲みの底によどんでいた数滴を口に流し込んだ。えぐるような苦味に、頭の芯がスッキリする。緑茶すげぇ。
「今の俺みたいに、こう、天啓的な感じで話したりとかもできなかったのか」
「んー、姿かたちは他の人と変わらないけど、キミは根本からして全く違う存在なんだよね。なんていうかな、……顕微鏡で微生物を観察することは出来ても、自分の身体の中の細胞を観察することは出来ないだろう?」
「スケールが違うな!」
本当に尺度が違った。微生物とか細胞レベルかよ。力抜けた……失恋も当たり前だわ。微生物と人間じゃ片思いすら難しい。
まぁ、なんとなくは分かった。規模が同じようなものでも、神様にとって俺は全く違うモノなんだ。
自分の世界の存在は、支配下にあるからこそ干渉できない。俺は異世界の存在だから干渉できる。神様がわざわざ異世界から人を連れてきた理由の一つなんだろう。
後はまぁ、この世界の常識を疑えるから、か? 竜と仲良くするとか、絶対考えられないだろうな。俺はいろいろゲームやったりしたから、そういうのもありかーくらいなもんだけど。この世界の人からすれば常識を根底からひっくり返す頼みごとだ。
『勇者』が人間を滅ぼすとか、俺の常識も覆されたけど。
「……で、その、『勇者』は人と竜を仲良くさせる可能性を持ってるってことか?」
「そういう風にボクが創ったから。人間に対して悪感情があるから、いざというときは人間を間引くだろう」
ベストでベター。どっちもこなす可能性を持った『勇者』。前の周ではそれが上手く行き過ぎて、世界を滅ぼしてしまった。
「……神様でも失敗すること、あるんだ……」
「あるからキミの力を借りてるわけさ。神と言うのはイコールで全能万能ってわけじゃない、ただ単に創造主であり、管理人であると言うだけだよ」
「嫌味か」
「謙遜だよ」
こぽぽ、と湯飲みから緑茶を注いでため息をつく。細胞レベルの存在への干渉に失敗、かぁ。スケールがでかすぎて、細かい作業は苦手なのか? あー、神様、大雑把そう。
「……キミ、なんていうか、割と図太いよね」
「図太くなきゃ、転生先で普通に生きてねぇよ」
「うーん、転生とか言われても大丈夫だろうなって人材を選んだけど、思ったより頑丈だったね」
「何だよその、100均で買ってきたものが物持ち良かったみたいな言い草」
「あぁうん、そんな感じ」
ひとしきりふざけて、閑話休題。
さて、本題に戻るか。
「俺は、人間側に立って『勇者』をどうこうしなきゃいけないと?」
「そうそう、人間代表ってやつだね。っていうか緩衝材? 潤滑油? 人と竜がぶつからず話し合えるように、『勇者』が人間を憎み過ぎないように、ね」
「だから仲良く、か」
まぁ、俺は主人公じゃない。竜を引っ張り出すのも、人間と和平を結ばせるのも、めんどくさそうなのは全部『勇者』の仕事だ。俺は万が一が起こらないための、裏方人員なんだから。
世界を救うのが『勇者』の役目で。
世界を滅ぼさないようにするのが俺の役目。
そこさえ履き違えなければ、今後の転生ライフもなんとか過ごせるだろう。あくまで俺の最終目標は元の世界に帰ることなんだから。世界を滅ぼさないのは、その条件に過ぎない。
神様はお茶をすすり、さて、と口に出した。
「今のところのアドバイスはこんなものかな。あまり一度に言ってもどうしようもない。まずはあの子の警戒心をとかせなきゃね」
「しょっぱなからかなり難しくないか?」
周囲の人皆に怯えてるわけだしな。ルームメイトだし、そこから徐々に慣れていくしかないか? 平民上がりなら貴族に対して何らかの感情もあるだろうから、そこも問題か。
「いやぁ、そこまで難しい問題じゃないよ。キミがさっきやった通りにすれば良い」
「さっき?」
「野良猫相手にしてると思えば良いんだよ、あの子は本能で生きてるから」
どんだけ野生児なんだ。ギルドで見たときもサバイバルな恰好だと思ったけど、アレがデフォなのか。野良猫って……餌付けとかすればいいのか?
「あぁ、それいいね。食べ物だったら興味惹かれるかも」
「世界を救う『勇者』が食べ物に釣られるって……大丈夫なのか」
「あの子はアレでいいんだよ。まぁ常識ないからうまくフォローしてあげてね」
そりゃ、ほとんどが貴族の子息子女の学園に野良猫だもんな。浮くどころの騒ぎじゃない。もしかしたら、前の周で世界を滅ぼした原因ってクラスで虐められたから、とかじゃないよな? ありえる……嫌だそんな理由。
「ま、また何かあったら声をかけるよ。それまでがんばってね?」
「あぁ、がんばる」
白に消え行く世界の中で、額に小さなぬくもりが触れる。あぁ、やっぱり毎回これあるのか。ブレイクハートには嬉しいんだか悲しいんだか。ぶつけられないこの感情をなんと言おうか、全く微妙。
それでも俺は、世界を救う脇役になってやるさ。
+++++
目が、覚めた。
うんと身体を伸ばして時計を確かめると、まだ余裕のある時間だ。これならゆっくり朝食食べれそうだな。あ、食べるといえば、ティルはもう起きたか?
ひょい、とロフトの上を覗くと、ティルが身体を固まらせていた。俺が起きたのに気付いて緊張してたのか。なんと言うべきか迷い、普通に挨拶することにした。
「おはよ、ティル」
「……っ、お、おはよう」
挨拶したらびくってされた。傷つく……でもめげない。若葉色の目が凄い泳いでる。あー、ギルドじゃ目元までは見えなかったけど、こんな感じだったのか。今は同年代なんだし、そこまで怯えなくてもなぁ。
「昨日も言ったけど、これからよろしくな。同じ部屋ってことはクラスも同じだし、長い付き合いになる」
「う、うん」
「んじゃ、友達になろうぜ」
「う……ん?」
目を丸くして固まった。神様のアドバイスがちょっと分かってきた。こいつ、警戒心強いし野生じみてるけど、もの凄い単純なんだ。小動物ってイメージは間違ってなかったらしい。
だったら、ストレートに言うに限る。下手にごまかしたり回りくどい言い方したんじゃ逆効果、だろ? 手を伸ばし、ぐいっと無理やりに握手。ティルのぽかんと開いた口から、戸惑いの声が漏れる。
「え、え?」
「俺はお前と仲良くしたいって言ってんだよ。嫌か?」
「……ううん、嬉しいな」
口元が緩んで、ようやく、笑みが浮かんだ。俺の前で笑わせてやった。『勇者』にするにはまずはそこからだ。人間を恐れないように、なんとかしなくちゃな。
ティート・ディラーグ。俺はお前の友達に――親友になってみせる。そして、
――お前を勇者にしてみせる!
1章「スタート&エンカウント」終了。
2章「ハーレム&チートスペック」に続く。




