15:世界の救い方と痛む胸
ティート・ディラーグ。野良猫みたいな態度のルームメイト。竜の鱗を持っていた謎の少年。どっかからの移民で、警戒心が凄く強くて怯えられた。
「……ドッキリ?」
「こんなことでドッキリ仕掛けないよ。彼が『勇者』、間違いない」
もう、と頬を膨らませる神様、可愛いー。
じゃなくて。いやいや。ええー。
確かに、学園都市に来る前から気付かなかったけど接触はあったみたいだし。奨学生制度で入学したなら実力も折り紙つきだ。でも。
「神様、俺、あれが世界滅ぼしたとはどうしても思えないんだけど……」
「うーん、思ったより人畜無害感が増してるねぇ」
何その尺度。っていうか増してるって、前の世界と違いが出てるのか? 俺が干渉しない限り一緒なんじゃ……あ、バタフライ効果ってやつか? 風が吹けば桶屋が儲かるっていうあれ。
「いや、そうじゃなくて。前の周で余りにも無双してたから、人間に対する恐怖をちょっと植えつけただけなんだけど」
「あの態度の原因はそれか!」
めちゃくちゃ怯えられてちょっと傷ついたぞ。まぁたしかに、人に対して敵意はないみたいだったけど。なんか見ているこっちが罪悪感を抱くレベルで怯えるんだぞ。学校生活大丈夫なのか。
っていうか神様そんなことできるのか。恐怖心を植え付けるって……選択と可能性の神とか言ってなかった? そういうことできるなら言語チートとかできたっていいんじゃ。
俺の疑惑の目に応えるように、神様はため息をついた。大福をもちもちと食べながら呆れたように言う。
「植えつけたって言っても、本当に脳に植えつけたんじゃないよ。彼の人生の中で人間に恐怖心を抱くような可能性を創っただけ。まぁ、効果は思った以上だったけど」
「イベント、ね」
人の人生に介入して、弄ったそれをイベントと称する。まさしく、次元が違う話だ。忘れそうになるけど、本当に神様なんだな。そして、神様が創った勇者。
「でも、あれで世界救えるのか? 魔物倒さなきゃいけないんだろ?」
「え?」
「え?」
首をかしげる神様に、俺の表情が強張る。この流れ、何か凄いデジャブ。ついさっきもやったよこれ。もしかして俺、もの凄いいろいろ勘違いしてた!?
神様はにっこりと優しく微笑んだ。俺の湯飲みにお茶を注いで、肩を叩く。
「勘違い、していたみたいだね。曖昧に言ったボクも悪いけど」
「嘘だろ……俺凄いがんばって体鍛えたりとかしたのに」
「キミの努力はきっと無駄にはならないよ」
「くそう、慰めが辛いっ」
真珠色の目が優しげに伏せられる。あぁ、どうやら神様にとって俺は、手のかかる子供程度の感覚らしい。可能性はカケラもない気持ちだってわかってるけど、改めて突きつけられると辛いな。
「あー……、それで、何をどうやったら世界を救ったことになるんだ?」
「パターンは二つ、かな」
す、と神様が人差し指を立てると、例の不安定なやじろべえが現れた。ゆらり、ゆらりと揺れる。
「今世界のバランスが崩れているのは、人間が増えてもう一方が減っているからだ。だからね」
神様の笑顔に、ぞわりと背筋が震えた。嫌な予感が駆け抜ける。一方が増えてもう一方が減っている。バランスを取るためにはどうすれば良い? 簡単だ。
「パターンその1、人間を減らす」
あぁ、とため息が漏れた。
何を言えば良いか分からない。何を考えれば良いか分からない。そう、なんとなくだけどそうじゃないかとは思っちゃったんだ。だってそれが一番簡単だ。
「……減らす、って」
「間引くってことだよ。もう一方と釣り合いが取れる程度にね。前の周では減らしすぎちゃったから、今度はもう少し加減が必要かな」
くすり、と艶やかな唇が弧を描く。さっき、俺を慰めるように笑った顔と同じ。手のかかる子供を慰め――躾けるだけ。神様にとってはそんな程度で、そういう次元。
「……まぁ、こちらの方法はベターなだけでベストではない。本命はパターンその2だよ」
「もう一方を増やすって感じだよな?」
「それがベストに違いないんだけどね」
逆に言えば、パターンその1はベストではないけどベターではあるということ。たぶん、パターンその2の方が難しいだろう。何だって、作るより壊す方が簡単だ。それはつまり、パターンその2が実現できないなら、パターンその1で解決しなければならない。
「まぁ、増やすって言ってもすぐには無理だから、減らさないように、というか。やじろべえのもう一端のためにね」
そう、もう一端を……ってあれ? もう一端ってなんだ? 魔物だと思ってたけど魔物は増加傾向にあるからなんか違うっぽい。
そして神様は笑って言った。
「パターンその2、人間と“竜”との間に和平を結ぶ」
+++++
「元々、世界は人間と竜が手を取り合ってゆるやかに全体数を伸ばしていくはずだったんだ。互いの欠点を補いながら、世界は拡張されていくはずだった。でもいつからか、人間と竜は袂を分かち、縁遠い存在になってしまった」
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
話し始めた神様を遮って、俺は頭を抱えた。ここで竜? ラスボス気取りのポジションで魔物を操っているといわれる竜の出番!? しかも和平ってどういうことだよ!
情報と推論と勘違いと真実。ぐっちゃぐちゃになって、俺の頭の中はどれがどれだか分からない。無意識のように手が動いて、お茶をすすっていた。あぁ、人間混乱すると、どーでもいいことに意識が向くんだな。
「……竜が、やじろべぇの一端? 人間とバランスを取っている?」
「そうだよ」
「なんでそれ、早く言ってくれなかったんだよ。そうすりゃもうちょっと……」
もうちょっと、なんだろう。俺はそれで何が出来た? 神様から全部、何をどうすればいいか聞いて、それで? 結局俺は子供で、何も出来なかったに違いない。
むしろ、そんな発言をすれば周りから冷たい目で見られるはずだ。だって世間では、人間にとっては竜が“悪者”なんだから。
「キミの役目は世界を救うことじゃない。世界を救う布石を打つことだ。……そのためには、人間にとっての竜っていう価値観を持っていなきゃいけなかった」
「だからわざと教えずに?」
「そしてキミが排斥されないために」
あぁ、くそっ、そうだ。全くもってその通り。全部、神様の掌だ。
たぶん、神様は凄く優しい。世界が滅びないように必死になって、勇者を消さないで使おうとして、俺が異世界で過ごしやすいように貴族にしてくれた。
でもそれは、圧倒的な“上”の存在だからだ。人間がペットに優しくするのと同じ。さっきもそう、神様は人間が大切なんじゃない、世界が大切なんだ。その判断は合理的で、シンプルで、……ひどく冷たい。
「怒ってるのかい?」
「……分かんね、いや、たぶん怒ってるわけじゃないんだ。なんつーんだろ、こういうの。やるせない?」
神様は正しい。正しすぎて、反論できないんだ。俺があくまで神様の手駒の一つなんだと思い知らされる。俺は神様に連れてこられて、異世界に転生して、力も与えられて、非日常に喜んだ。でも。
俺は、物語の主人公にはなれない。
作者がそれを意図しないからだ。
「……分かってたつもりだけど、なんか腹立つんだよ。男の子だし」
「キミ風に言えば、作者にネタバレされる手駒だよ? 扱いは良いつもりなんだけどな」
「そーゆー上から目線が、現代男子高校生にはむかつくんだよ」
押さえつけるわけでもなく、ただそういうものとして。あぁ、可愛いと思ったから余計に腹が立つ。いつかぎゃふんと言わせたい。レールの上で黙って走るだけで終わってやるもんか。
神様は真珠色の目を細めて、唇をきゅっとかみ締めた。笑ってもいない、怒ってもいない。戸惑っているような、喜んでいるような。
「……これからも、キミに開示しない情報はある。そして、それを変えるつもりはないよ」
「俺も俺なりにがんばって調べて考えるさ。神様が予想しなかった世界の救い方、考えてやるよ」
「ははっ、それは頼もしいな。がんばってくれ」
快活に歯を見せて笑う神様が何を考えてるのかは分からない。でも神様には、俺の少し痛む胸もお見通しなんだろう。俺と神様は、そういう関係だ。一方的で、圧倒的で、おしゃべりをするのが楽しい手駒以上友達未満。
飲み込んだ緑茶は、酷く苦かった。




