02:木戸光輝の回想 1
装備した武器を振り回し、弱点に当てる。赤黒い液体が飛び散り、がくんと巨体が地に伏した。後は切りまくってHP切れを待つだけだ。画面の中のいかめしい男が大剣をふり、指がかちゃかちゃとせわしなくボタンを押す。
「お、おお!」
戦闘終了を示すファンファーレ。にやにやと緩む頬を押さえられない。コツを掴むまでに何度死んだか。アイテムを拾ったり剥ぎ取ったりしながら、思い返すは努力の日々。いやまぁ、画面の中のキドを操作していただけだけどね。
俺の名前は木戸光輝。ゲームのキャラの名前はコウキじゃなくてキドだ。キ↑ド↓の発音だと、なんかちょっとかっこよくないか? と俺は思う。
「これで一段落だなー。飽きてきたし、そろそろ別のやるか」
ゲーム機の電源を切ってベッドに放り、机の引き出しを開ける。クリアした物もしてない物も、区別なく突っ込まれたそこに視線を走らせ、適当に指差した。
俺は基本的に飽きっぽいのだ。ゲームは好きだけど、ずっとやっていると面倒になってくる。そうなってくると別のをやり、また飽きたら別の、と積むわけだ。おかげでちゃんとクリアしたこと、あんまりない。
今は長期休みで学校がなく、部活もないので暇なのだ。宿題は……明日からやろう、と昨日から思ってる。
「神様のー、言う、と、お、りっと。……RPGかぁ」
よくある、勇者が魔王を倒すみたいな話だったはずだ。あんまりにもテンプレすぎてひねりが無いから、途中でやめたんだったか。ベッドに寝転びながら、首をかしげる。
「どこまで進めたっけ……?」
ゲーム機にセットして、「NowLoding…」と浮かんだ画面を見つめながらあくびする。さっきまで激しいゲームをやって目が疲れたからか、少し目蓋が重い。
「……まあ、いいか。急ぐわけじゃないし……」
なかなかゲームも立ち上がらないし。また明日でも良いだろう。寝ぼけた頭で枕を引き寄せて、俺の意識は眠りに落ちていった。
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気付けば、真っ白な空間だった。
前。右。左。上。下。ためしに後ろも振り返ってみたが、遠近感すら存在しない果てしない白。余りに何もないので、思わず一度目を閉じてしまった。目蓋の裏の暗闇に一瞬だけ安堵して、再び現れた白い空間にようやく思考が動き出す。
えっと。
うん。
あれー……?
何かこう、もう、言葉が出ないな。もっと驚いて叫んだりするかと思ったけど、人間って驚きすぎると何も出てこないものらしい。
が、あんまり黙り込んでいてもどうにもならない。無音の空間って無意味に不気味で不安になるし。ためしに何か言ってみるか。
「……あー。マイクテス、マイクテス」
「どこにマイクがあるんだい」
「うわっ!?」
隣から可愛らしい声がした。大事なのはさっきまで誰もいなかった隣にいた、ということではない。聞こえた声が可愛かった、ということだ。
のけぞってみっともなく後ずさりすると、真っ白な空間から生まれたような少女がそこにいた。
透き通った白髪はふわふわと広がり、白い床についている。少女が首をかしげると、さらりと音を立てた。薄いピンクの唇が弧を描き、大きな目を細めて笑った。口を開けた真珠貝みたいな、綺麗な形の目に真珠色の瞳が収まっている。
白いワンピースから胡坐をかいた足が覗いている。行儀が悪いというより、むしろしっくりくるような雰囲気を漂わせていた。可愛らしい女の子、だけど、それだけじゃない。
「やあ、はじめまして」
最初に聞こえた、可愛らしい声。でも、見た目に反して幼い感じじゃない。言い方は悪いかもしれないけど、老成している、とでもいうような。
「は、はじめ、まして?」
俺は完全にのまれていた。見た目は可愛らしい少女なのに、威圧感が半端ない。少女は楽しそうに笑っているが、俺は全然心安らがない。
「あは、別にとって喰いやしないよ。木戸光輝くん?」
「え、俺の名前……?」
少女が立ち上がり、ふわりとスカートの裾がひるがえる。見えてない、真っ白で柔らかそうな太ももなんて見ていない。少女は笑みを引っ込めて、唇を尖らせた。
「……君、意外と余裕があるね」
「いやその、本能?」
「うん、そういう図太さ、ボク好きだよ」
にっこり、と花が咲くような笑み。ボクっこかー、と暢気に考えているのは落ち着いているからではなく、もう完全に思考が停止しているからだ。
「ちなみにボク、ノーパン健康法推進派なんだ」
「マジで!?」
思考がフル回転しちゃった。主にムッツリ的な感じで。
っていうかなんだその露出狂御用達みたいな健康法。靴下をはかないのとはレベルが違うぞ。え、っていうか、マジで?
「あは、ようやくまともな顔つきになったね、木戸光輝くん? お話ができそうだ」
「あ……」
その言葉に、俺は少女が俺を気遣ったのだと分かった。こんな場所で目覚めて、ビビらないわけない。自覚して無かったけど、麻痺してただけだ。少女の軽口に俺はちゃんと落ち着きを取り戻し、彼女を見上げた。
「そっか……サンキュ。おかげで落ち着いた」
「まあ、ノーパンだけどね」
「そこは冗談であれよ!」
やばい、乱される。全然落ち着ける気がしない。だってワンピースの裾が! ちょうど! 座り込んだ目線の高さなんだ!
いや。
まあ、立ち上がれば良いんだけどね。
よっ、と軽く立ち上がって、今度は少女を見下ろす。改めてみると小さいな、小学生か、中学生か。微妙な感じの年齢に見える。
「……で、何なんだ。拉致、監禁、誘拐? 身代金を要求されてもそんなに出せねーぞ」
「ああもう、だめだめ。分かってるくせに。そんな現実的な言葉じゃ、この空想的な状況にふさわしくないだろう?」
ああ、そうだな。分かってる。
ゲームして起きたら、果てしない白い空間。歩き回ったわけじゃないから錯覚かもしれないが、叫んでも声の反響がないんだ。本当に、果てがないのかも知れない。
そして、白いワンピースの少女。人間の色素だと、目の色は青・緑・茶だけじゃなかったか? 七色に輝く目なんて、ありえるわけねえだろ。カラコンとは思えない、透き通った色だし。
「……ったく、どこのテンプレファンタジーだっつう。最近のマンガだってもうちょいひねりがあるぞ」
「ん、まあ、王道ってのは理解良いから手軽だしね」
「あ、じゃあ、やっぱり神様なん……デスか」
今更だけど、敬語を無理やりくっつける。少女はくつくつと笑い、敬語はいらないよ、と言ってスカートの裾をつまんだ。そのままおどけるようにお辞儀して答える。
「イエス、アイアム神様。あ、この場合のイエスは某聖人のことではないよ」
「いや、文脈で分かるよ。っていうかあんたがそういう発言すると、いろいろギリギリじゃないか」
神様が某聖人について話すとか、ちょっと宗教的にどうなんだろう。
ちなみに俺は日本人らしく無宗教。死後の世界とかは特に信じてなかった。
今までは。
「……俺、死んだのか」
「いや、まだ死んでないよ」
「……え、死んでないの? っていうかまだって何?」
その含み、ちょっと怖すぎる。いっそテンプレ的に、「あなたは神のミスで死にました。チート能力上げるから許してね!」みたいな感じじゃないんだろうか。ここに来てまさかの、テンプレ無視だと。
ノーパンの時点で、神様の威厳もテンプレも無いが。
神様はちょっと首をかしげ、言いよどんだ。
「んー、どこからどこまで話そうかなぁ。あんまり話しちゃうと影響力が強すぎるし……とりあえず、落ち着いてお話しようか」
ぴっと指差した先には、いつの間にか六畳ほどの座敷があった。渋い色合いの座布団が二つ向かい合い、お茶と羊羹が用意されている。オプションなのか、座敷の脇にししおどしまである。
かこー……ん。
「…………」
「あ、羊羹は栗と芋があるけど、どっちがいい?」
「…………栗で」
落ち着くって言うか、和んだ。