14:ルームメイトと答え合わせ
その後、ジュスターと共にぽつぽつと話しながら食事をして別れた。暗い見た目に反して、思ったよりずっと話しやすい。ちょっと言葉が少ないところはあるけど、まぁ仲良くなれそうだ。
っていうか昼間のあの2人に比べればはるかにマシだ。話しやすくてちょっと感動した。
さすがに、というかなんというか、部屋は別だった。『出会いの幸運』の力で一緒の部屋になるかと思ってたけど、そこまで一緒ではないみたいだ。
「あー、さっき寝てたからあんまり眠くないな……」
明日から本格的に学校が始まるわけだし、あんまり夜更かしはしたくないんだけど。教科書でも読んでおくか、と優等生なことを考えながら、ドアノブを回す。と、
「あれ?」
ガチャリと開いた。てっきり開かないかと……いや、こんな時間だしルームメイトも帰ってきてるか。さて、どんなヤツかな。微妙にすれ違ってばっかりだったからちょっと楽しみだ。
部屋を覗くと、ばちりと目が合った。ロフトの上からひょっこりと顔が覗いている。ぼさぼさの薄茶の髪と、くりくりと小動物みたいに輝く若葉色の目。雰囲気が子供っぽい……というか野良猫っぽい。この感じだと、貴族じゃないな。貴族はそんな野生じみた気配出さねぇよ。
「お前がルームメイト? 俺はリドヴェルト、リドって呼んでくれ」
俺の言葉に、彼は少し迷うように眉根を寄せた。あれ、何か怯えられてる? 俺まだ何もしてないよな。なるべくフレンドリーに笑顔で話しかけたのに。
困惑を浮かべつつ、ロフトから降りてこない少年を見上げる。ホント、気分は野良猫を手懐かせるような感じだ。こっちをじっと見て動かない辺りとか。
「お前の名前は?」
「……ティート。ティート・ディラーグ。ティルでいい」
「ティルな。これからよろしく」
……ん?
何か、今、ひっかかるような。
疑問を込めてもう一度、ティルを見上げる。ぼさぼさの薄茶の髪、若葉色の目。見覚えがないけど、どこか聞き覚えがある声。
ティート。
ティート?
ティート!?
「って、ああ!!」
俺の声に、びくっとティルの肩が跳ねた。見れば見るほど記憶どおりだ。こいつ、アレだ。ギルドで会った竜の鱗の少年! たしか、ティートって言ってた!
うわー、ないって思ってたのに入学してきてたのかよ。鱗、一枚だけじゃなかったのか? 学費とか……あぁ、奨学生制度あったし、それか! こいつもまた、俺の『出会いの幸運』で引かれた実力者ってことかよ。
「な……な、なに?」
「あー、悪い。なんでもないから、気にしないでくれ」
俺の突然の大声に、ティルが怯えていた。こいつ、ギルドで会ったときもそうだったけど、なんかいつもビクビクしてるな。おどおどと若葉色の目が揺れるのに柔らかく苦笑を返し、ごまかす。
っていうかごまかされてくれ。今はキドじゃなくてリドヴェルトだから説明しようにも出来ないし。
「まぁこれからよろしく、ティル」
「うん……よろしく」
部屋に備え付けの洗面台でハミガキしたり、ロフトの下にもぐりこんでパジャマを用意したり。ティルはしばらくそわそわとこちらを観察していたが、ロフトの下に隠れたら静かになった。興味を失ったか、警戒を解いたのか。まぁ長い付き合いになるんだ、ゆっくり仲良くなれば良い。
壁のスイッチに手を這わし、部屋の照明を消す。魔道具便利ー。パジャマに着替えたところで、風呂に入ってなかったことに気付いた。あー、でもこの時間だともう風呂閉まってるわ……明日の朝行くか。うんそうしよう。
今日のことを思い返すと、アーノルドとエーフィ先生との出会いも意味のあったものなんじゃないかと思えてきた。『出会いの幸運』、実力者を引き寄せる力。2人とも性格はともかく、実力者には違いないし。
これからの学校生活でまだまだ出会いもあるだろう。俺の役目は、その中で勇者に友達を作ること。それえで世界もついでに救われてくれ。
目を閉じると、思いの他すぅっと意識が遠のいた。寝れないかと思ったけどそうでもない。そして、目を開け、
「……おー、お久しぶりです」
「うん久しぶりー」
神様が光臨した。
+++++
真っ白な空間にぽつりと六畳間。暖かく湯気を立ち上らせる緑茶。本日のおやつは大福です。
「……はっ」
いかん、和んだ。いろいろ聞きたいこととかあったはずなのにちょっと飛んでた。くっ、この和み空間が悪いんだ……!
「自分の注意力のなさを他人のせいにしないでよね」
「ぐ……」
ずばりと指摘されて黙り込む。相変わらず神様、遠慮がない。いや、神様だからこそ遠慮がないのか?
ずっと緑茶をすすってその苦味に和む。昔はこの良さがあんまり分からなかったが、ずっと洋食生活だとこの苦味が恋しくなるんだよ。リドヴェルトの舌だから洋食にも慣れてるっちゃ慣れてるんだけど、魂に刻み込まれた日本人としての本能が白米と緑茶を求めるんだよな。
「あー、生き返る……っと、思い出した。神様、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「ん、何かな?」
ついつい忘れそうになるがギリギリで思い出した。そう、今後のためにもここは押さえておかなければ。ゴクリ、とつばを飲み込んでおそるおそる尋ねる。
「……ここに来てるけど、今俺、生死の境さまよってないよね?」
「ああ、大丈夫だよ」
「よかっ……」
「若干、呼吸が減って脈拍低くなってるくらい」
「さくさく進めようか!」
危ねえぇ! あんまり時間かけたら俺、また生死の境さまようんじゃないか!? 怖っ、神様と話すの楽しみにしてたけど、命かかってるとか怖いわ。
つっても何から聞いたものか。いや、そもそも俺がここにいるのは神様の方から声をかけたわけで、神様の方が俺に用があるのか。ふっ、モテる男は辛いな……。
「あんまり調子に乗ってると、加護減らすよ」
「すいませんでしたー!」
本気の脅しだった。目が据わってらっしゃる。真珠色の大きな目を細め、しかし神様はようやく笑みを浮かべた。
「ま、気構えなくても良い、さほど大した用件じゃないさ。ほら、キミが勇者と接触しただろう? その確認さ」
「あぁ、それっぽいヤツなら会ったぞ」
ジュスター・モルガン。あれほど主人公にふさわしいヤツもそうそういないだろう。一度人間を滅ぼしたと聞いても頷ける。
まぁ、他にもちらほら実力者には会ったわけだけど、一番しっくり来るのはジュスターだよな。あの紅い目、不吉そうだし。なんか中二カッコイイ感じとか凄いソレっぽい。
神様は少し不思議そうに目を丸めた。そして、
「ん、その子じゃないよ?」
「え!?」
たやすく俺の予想を裏切った。っていうかマジで!? 絶対ジュスターだと思ったのに!
つーかジュスターじゃなかったら、今日の俺の発言丸々無意味じゃねーか。ちくしょう、俺なりにかっこつけたのに。いや、友達は出来たからいいけどさぁ。全くの無駄じゃないだろうけど、一緒のクラスかどうかもわかんないし。
「じゃぁ、誰なんだ? アーノルド……は何か違うし、エーフィ先生?」
いやいや、まさかね。どっちかって言えばアーノルドだけど……万が一が当たったらどうしよう。嫌過ぎる想像が現実になるときなのか。
神様はお茶をすすって一息つき、その名を告げた。
「ティート・ディラーグ。彼が『勇者』だよ」