13:『勇者』と友達
「アーノルド乳の変」(俺命名)の後、とりあえず店の人に責められる前にさっさと退散した。俺は破壊活動には一切関与してないし。むしろ止めた側だし。
エーフィ先生もさりげなく逃げてたけど、たぶん孫経由でしっかり学園長に伝わるだろうな。店の修繕費でエーフィ先生の給料はまた天引きされることになりそうだ。
でもまぁ、ギルドへの登録っていう当初の目的は達成できたんだ、よしとしよう。エーフィ先生も気が抜けたのか、俺の力について問い詰めてくることはしなかったし。
でも別れ際に「先生はリドくんへの興味をなくしたわけじゃないですよぉ? ではまた授業でー」とかしっかり釘を刺していった。
どうしよう……授業楽しみにしてたのに、嫌な予感しかしない。あの人担任になりませんように! 美人だけど遠くから眺めて関わらないのが一番だ。でも『出会いの幸運』あるんだよなぁ、引き寄せられそう……。
「はぁ……」
思わず、ため息。入学初日からなんて濃い一日を過ごしたんだ。っていうかあの2人がキャラ濃すぎなんだよ。せっかくおやつ奢らせたのに、ちっとも心が癒されなかった。むしろ疲れた。
部屋に入り、まっすぐベッドに倒れこむ。あ、そういえばまだルームメイトの顔見てないな。こんな時間なのに帰ってきてないのか? まぁ俺も結構ぶらついてきたけど……。部屋の中には誰も居ないみたいだし、そのうち帰ってくるだろ。
「あー、だめだ疲れた。ちょっと寝よう」
幸い、夕食までまだ少し時間はある。1時間でもいいから寝たいんだ。眠いって言うか気疲れしたから何も考えたくない。
あ……、そういえば鍵空いてたな。俺、鍵かけたのに、何でだろ……?
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ゆっくりと意識が浮かび上がる。ぱちりと目を開けて、見知らぬ天井にすわ転生かと浮き足立ち。
「……大丈夫大丈夫、死んでない」
よし、俺は俺だった。前例があるとどうにも知らない天井に身構えちまうな。
時計を確認すると、もうすっかり夜だ。窓の外も薄暗い。あー、そういえば腹減ってる。おやつもしっかり消化したみたいだ。ベッドから離れ、ぐっと背を伸ばす。
「それじゃ、お楽しみの夕食といくか」
あ、そういやルームメイトいないな。なんかすれ違ってばっかりな気が。うーん、時間が時間だし、食堂行ってるのかも。まぁ寝る前までには会えるだろ。
部屋を出て階段を下りていくと、良い匂いが漂ってきた。んー、さすがに街で売ってるような安っぽい感じじゃなく、家の食卓に上がってたような豪勢な料理っぽい。安っぽいのも好きなんだけどな。まぁ、貴族の坊ちゃんが集まってるわけだし、貴族料理になるのは仕方がないか。
食堂に入ると思ったより人が多い……あぁ、どういうシステムでやってるのかと思ったら、なるほど。そこには席について食事をする生徒たちと、その間を歩き回るメイドで溢れていた。
席に着いたら配膳してくれるわけか。貴族の坊ちゃんが配膳口に並んで受け取る姿は想像してなかったけど、なんか食堂って言うかレストランみたいな雰囲気だな。
そそっと隅の方に行って席に座る。と、間を空けずにメイドさんが来て食前酒を配膳していく。素早い……プロって凄いな。
ちなみに、食前酒にはほとんどアルコールが入ってないので子供でも飲める。この国の法律だとお酒は15歳から、だったかな? 食前酒で唇を湿らせて待っていると、パンや料理の載った皿が運ばれてきた。
「おぉ……」
流石に、ここでフルコース形式はやらないようだ。回転悪くなるもんな。メインディッシュのキチンソテーの他、前菜やらスープやらが並べられる。手際良いなー、ボーっと見てる俺なんか情けない。
並べ終えたメイドさんに軽く頭を下げたら、ちょっと驚かれた。うん、無意識だった。貴族はそんなことしないわ。いまだに日本人の癖が抜けてないんだよな。いただきます、と心の中で手を合わせて。
「ここ、相席良いか?」
「え、……あぁ、どうぞ」
不意に話しかけられて、思わず声が詰まった。
食事を勧めながら、ちら、と不躾にならない程度に見る。肩くらいまでの黒髪、にらむような紅目。間違いない、ジュスター・モルガンだ。
まさかの接近……! アーノルドといい、エンカウント率高くないか。『出会いの幸運』の力なのか? 学園都市に来て一気に人に会うようになったな。
しかも今度は勇者候補筆頭なジュスターだ。うおぉ、近い、接近したらなおのこと怖ぇ。やべぇ、緊張で味が分からん。
「……オレの顔に何かついているか?」
「え、あ、悪ぃ」
にらまれた。初対面でじろじろ見られたら、そりゃ不機嫌にもなる。
「えっと、ジュスター、だよな?」
「何故、オレの名前を?」
「この前、街で貴族に絡まれてた女の子助けてただろ? 俺その場にいたんだよ、それで覚えてたんだ」
「あぁ……あれか」
ごまかしてもしょうがない、と素直に言うと、ジュスターは目線を逸らして食前酒を飲んだ。ん、なんだこの反応。自慢するようでもないし、隠したいわけでもない、か。
「人助けだろ、かっこよかったぜ?」
「別に、貴族が嫌いなだけだ」
むすっとして、不機嫌そうに言う。目線はちらちらとそれて、あわせない。食前酒のコップに顔を隠すように、空のコップを傾けたり。居心地悪そうというか、なんと言うか。もしかして、
「……照れてる?」
「別に、照れてなど、いない」
あ、図星か。
意外だったな……捨て猫にえさをやる不良タイプというか、逆内弁慶というか。影を背負った少年ってイメージがなくなったわけじゃないけど、そうか、こいつも13歳だもんな。ちょっととっつきやすくなった。
「……」
ジュスター・モルガン。あれからモルガンって姓について調べたら、該当する下位貴族がいた。ウチよりも更に下、第四貴族にモルガン家っていうのがいる。関係ないって事はないだろう、モルガンなんて結構珍しい苗字だ。
けれどこいつは第四貴族を名乗ってない。つまり、家を継げないことが決定してる。
俺みたいに兄弟がいるから継げないだろう、じゃない。継承権自体を否定されているんだ。母親の身分が低いとか理由があって、父親に存在を否定された。……貴族嫌いって言うのも、その辺りが関係してんのかもな。
多分、こいつが『勇者』なんだろう。
貴族に憎しみを持つ、継承権を持たない貴族の子供。暗い感じと相まって、十分に主人公が出来る器だ。『出会いの幸運』を持つ俺と、こうして接触したわけだし。
なら、俺がすることは唯一つ。
グラスを手に取り、ジュスターに差し出す。怪訝な表情を浮かべるジュスターに、にっと笑顔を見せて言う。
「ま、これも何かの縁ってやつだ。俺はリドヴェルト、リドって呼んでくれ。これからよろしくな、ジュスター」
「……あぁ」
戸惑いがちに、しかしカィンとグラスが打ち合わされた。
こいつが『勇者』なら、俺は友達になってやる。