12:狂戦士と変態紳士
赤眼の狂戦士。
ふんわりとした服装とトロンとしたたれ目からは全く想像できないが、それがエーフィ先生の通り名らしい。冒険者時代の名残だっていうけど、アーノルドの態度からして、教職についた今も狂戦士は健在なんだろう。
「っていうか、先生がなんでギルドの受付に……?」
「冒険者をしていたときに資格を取ってぇ、用心棒みたいなことをしていたんですー。ギルドは荒くれ者も多いですからねー。今もたまにバイト感覚でやってますぅ」
まさかの副業。っていうか本当にバイトだったのかよ。
あの後、ちょっとした騒動になってしまっていたため場所を移して喫茶店に来ていた。通りに面したテラスで優雅におやつタイムだ。俺はアーノルドに慰謝料として奢らせることが決定している。ついでに、何故かエーフィ先生の分も奢らされている。
まぁ正直、アーノルドの財布に打撃を与えるような額じゃないけどな。さすが坊ちゃん。
「じゃ、エーフィ先生って凄い強いんですね」
「そりゃあ、先生ですからー」
えっへん、と薄い胸を張ってエーフィ先生はスプーンを振りかざした。どうでもいいけど、あのパフェでかいなー。上にケーキ乗ってるぞ。
俺は香辛料をたっぷり使った辛味ソースのホットドッグにかぶりつく。ウマイ。こっちのフライドポテトもなかなか。うん、この店またこよう。
「君たち、全く遠慮なく食べるね……」
「俺の心は酷く傷つけられました。慰謝料です」
「先生はぁ、迷惑料ですよー」
「リド君のは分かるが、エーフィ先生は良い大人でしょう。生徒にたからないで下さい」
「先生、金欠なんですぅー」
ぱくぱくと巨大なパフェが消えていく。いい食べっぷりだった。
っていうか金欠って。天下のオスタリア学園が薄給なんてありうるのか? 疑問の目をアーノルドに向けると、彼は深くため息をついた。
「エーフィ先生、また学園の備品を壊したんですね……。いい加減にしないと、祖父も怒りますよ」
「もう怒られましたぁ。でもぉ、あれは建物が古くなっていたに違いないですー。ちょっと蹴っただけでヒビが入りましたしぃ」
「貴女は自分の実力をわきまえてください」
あ、給料、修理費に持ってかれてるのか。そりゃ自業自得だ。しかも前科もちっぽい。
っていうか蹴って壁にヒビいれるってどんな脚力だよ。うわ……そんな人が生徒指導やってるのか。俺、真面目に学校生活送ろう。
そしてアーノルドは、そんな人の折檻を何度も受けてるのかよ……。
「アーノルド先輩、バカなんですか?」
「君はっきり言うな! そして僕はバカではない、チャレンジャーなのだよ」
「チャレンジャー?」
首をかしげ、エーフィ先生に説明を求めて視線を向ける。エーフィ先生はパフェの最後のアイスを味わいながら、たれ目できっとアーノルドをにらみつけた。
「このアーノルドくんはぁ、覗き魔なんですう」
「……は?」
「入学してから、女子更衣室への進入未遂が26回でー、女子風呂への進入未遂は50回を越えましたー」
その言葉に、無言でアーノルドに視線を戻す。
白い滑らかな肌。女性がうらやむほど睫毛も長く、優しげな目は海のような青色。キラキラ輝く金髪は後ろでまとめて短い三つ編みにされている。貴族の男性としては珍しくもない髪型だ。
どこのパーティーに出ても主役以上に注目を集めそうな、そんな美青年。
「まだ成功していないからね、諦めるつもりはないよ!」
良い笑顔で言い切った。
残念すぎるイケメンだった。
「……変態じゃねぇか……」
「酷い言い草だな、男のロマンじゃないか! それに僕は美しい女神たちをじっと愛でるだけであり、いかがわしい行為など考えもしないよ!」
「覗き自体が既にいかがわしい行為ですー」
エーフィ先生が正論だった。狂戦士に常識を諭されるって……アーノルド、お前どんだけ執念燃やして覗いてんだよ。男だから分からないでもないけど、そこまでいったら引くわ。
あぁ、でも最初に見たときも女の子に絡んでたなー。しかも美人でスタイルの良い。男としての本能に忠実すぎるだろ。
「しかも折檻するたびに強くなってくのが、微妙に腹立たしいですぅ。強くなるのは先生嬉しいですけどぉ、それを覗きに全力でいかさないで下さいー」
「ははは、エーフィ先生の教え方が良いのだよ」
「このド変態ですう。毎回、先生に叩き潰されても挑戦するなんてぇ、いかれてるとしか思えませんー」
マゾってわけじゃないんだろうけど、凄いな。っていうか折檻のたびに強くなってるって、むしろもうアーノルドを育てたのはエーフィ先生のしごきなんじゃ。未遂で終わってるのは、エーフィ先生がガードしてるからなんだろうな……エーフィ先生じゃなかったら突破してそうだ。なんだこのマッチポンプスパイラル。
「アーノルド先輩、生粋の変態じゃないですか。もうフォローの仕様がありませんよ」
「なっ、リド君、君だって男だろう!?」
「男でもそこまでするのは先輩くらいでしょ……」
「あぁ、そうだな。同級生からは『勇者』と呼ばれてるぞ」
なんということだ……まさか既に勇者が誕生していたとは。
いやまあ、意味が違うけど。確かに勇者かもしれないけど。驚きの勇者違いだ。つか、万が一この人が本当に勇者だったら、俺は神様に一言物申すだろう。いくらなんでもアレはない、と。
「全くー、先生にかまわれるのがそんなに嬉しいならー、先生に直接来てくださぁい」
「いや、エーフィ先生、それはない。僕は胸のない女性は認めないぞ?」
瞬間、世界が凍りつく音を聞いた気がした。
つ、と視線をおろすと、エーフィ先生のパフェのグラスが砕け散っていた。あー、この音かー、あはは。ガラスが粉みたいに砕け散ってるー。笑えねぇー……っ!
どっ、と。風圧が俺の前を中心に周囲のものをなぎ倒した。当然、俺も含む。地面に転がり、倒れたテーブルの陰からそっと風圧の中心である2人を見る。
「く……っ、ちょこまかと逃げるのだけは上手ですねぇ……!」
「ふっ、これもっ、先生の折檻の、はぁっ、おかげでしょうな! ははは!」
エーフィ先生の突きをアーノルドが避け続けていた。速すぎてよく見えないが、エーフィ先生、確実に殺気を出してる。そしてそれを間一髪で避け続けるアーノルド。アーノルド本当に凄かったんだな……でもこんな場面で発揮されるのを見たくはなかった。
と、不意に攻撃がやみ、エーフィ先生がくるりとこちらを向いた。え、俺? なんで俺に?
「リドくん、先生のこと色っぽいって言ってくれましたもんねー。そんなことないですよねぇ?」
「いや、エーフィ先生、それは社交辞令……はっ、とぁっ!」
え、えー。色っぽいっていうのは目つきなんだけどな。泣き黒子とかちょっと色っぽいじゃん。
でもここで下手なこと言ったら、俺の命が危ないだろうし。主に拳を固めるエーフィ先生によって。なんか、なんか良い言葉は……。
「えっと、ひ……貧乳はステータスだ?」
言い終わった後でなんか違う、と気付いたがもう遅い。あ、俺も折檻コースか。入学初日にして終わった。
が、覚悟していた痛みはない。てっきりボコられるかと思ったんだけど。おそるおそる顔を上げて、
「…………ちょっとー、どう反応すれば良いかわかりませんー」
「…………俺もです」
涙するアーノルド先輩が、そこにいた。っていうか移動速いな。がしりと俺の肩を掴み、目を見開いて叫ぶように言う。
「リド君……なんだその素晴らしい言葉はっ!」
「は?」
「ステータス……そうか、貧乳もまたステータス! 希少価値を持つ一つの個性だというのか……! このアーノルド・フォアン・オスティーリア、目から鱗が落ちたよ! 大きさなんてこだわっていた自分が恥ずかしい! 胸の魅力を再発見したよ!」
感極まって、なにやら決意も新たにしたようだった。えー……ちょっとこれは、エーフィ先生じゃなくても困る。というかいい加減に放して欲しい。そんなにがくがく揺さぶられたら戻しそうだっての。
「せ、先輩、分かりましたから。放してください」
「ああ、すまない。……では突然だが失礼させていただくよ。この新たな発見についてじっくりと考えなければならないからね!」
にっこり、とお茶の間を騒がせるアイドル並みの晴れやかな笑顔を残して、アーノルドはさっさと立ち去っていく。きちんと会計を済ましていくのが偉い。けど、あれ、店の修繕費とか入ってるのか?
隣を見ると、エーフィ先生が微妙な顔をしていた。
「なんだかぁ、アーノルドくんが更に厄介になった気がしますぅ」
「……すいません」
謝るしかなかった。