11:妙な女性と生傷
オスタリア学園には、単純計算でも1000人以上の生徒が通っている。留年とか編入生とかもいることを考慮すれば生徒だけで2000人近いんじゃないだろうか。
更に学校なんだからその生徒数に見合った分の教師がいる。用務員、っていうかメイド等の下働きの人たちもいる。その彼らの家族も近くに住むわけで、そうなってくれば商人が集まらないわけがなく。
結果として、元は辺鄙な田舎だった地域はオスタリア学園都市という首都に劣らぬ大都市になった。地域活性化、商売繁盛ってか? オスティーリア領の経済の要にもなってるらしい。
「おー、やっぱ地元とは違うなぁ」
今日は護衛もいない、完全に自由だ。キドとして街を歩いたことはあるけど、規模も違うしな。監視の眼もなくリドヴェルトとして外を歩ける日がこようとは……うん、ちょっと感動だ。
地図を片手に目的の場所へ向かうが、思いの他困難な道のりだ。道すがら屋台の匂いに惹かれて必死に自制したり、出店の果物に目を奪われたり。食欲につられてばっかだな俺。
「……ここか」
そんなことをしつつ歩くこと数十分、目的の場所――ギルドに到着した。
キドとして登録してあるけど、今後のことを考えたらリドヴェルトとしてもギルドに登録しておいた方が良いんだ。学園の授業で、ゆくゆくは討伐とかもやるらしいし。ま、あくまでキドは保険だしな。
中に入ると、さすがは学園都市、生徒らしき人影が多い。同年代は少なそうだけど……たぶん、高等の生徒とかなんだろう。地元じゃむさくるしいオッサンばっかりだったから威圧感あったけど、ここはもっとフランクな感じだな。
……上級生に絡まれたりしない、よな? 1年のくせに生意気だ、的な感じで……。さっさと済ませよう。んで屋台めぐりしよう。
人の少なそうなところ、と探して受付に向かう。お、受付の人も若い……バイト、とか? 嘘発見器なんていう魔道具を扱うから、ギルドの受付はかなり厳しい審査が必要だって言うけど。
長いオレンジがかった茶髪をポニーテールにしている女性だ。ちょっとトロンとした眠そうな目は鮮烈な赤色。右目の泣き黒子のせいもあってちょっと色っぽい……残念ながら、身体の一部は残念な感じだったけど。
いや、それなりにはあるんだ。まぁ小さくはないって言うか、うん。でもこの前の、貴族の坊ちゃんに絡まれてた女の子の印象が強すぎて。比べるとどうしてもって言うか。いや俺は何に言い訳してるんだ。
「本日はぁ、どのようなご用件ですかー?」
「え、あ、登録です」
「はーい。ではぁ、いくつかの質問に答えていただきますぅ。その際ー、嘘偽りがあった場合はぁ加入を断る場合もありますのでご注意くださーい。またぁ、魔道具の発動のためぇ、なるべく明瞭にお答えくださぁい」
なんか、間延びしたしゃべり方だな。これのせいで人があんまりいないのか? 一部残念とはいえ美人なのにな。
「まずぅ、あなたのお名前はー?」
「リドヴェルトです」
「リドくんですねー。ではおいくつですかぁ?」
「13歳です」
「あらら、新入生ですねぇ。なるほどぉ、だから私のところに来たんですねー」
「へ?」
「では次の質問でーす」
なんか気になる発言があったが流された。この人、会話のテンポが掴みづら……
「お姉さんのことを美人だと思いますかぁ?」
「え」
ちらっと見るとしっかり魔道具を発動させていた。つまり、嘘を吐けば一発でばれる。何コレ私的に使って良いもんじゃねえだろ! やばい、トロンとしたたれ目なのにめちゃくちゃ視線が怖い!
「あー……い、色っぽいお姉さんだと思います」
「リドくんは分かってますねー! お姉さんは嬉しいですぅ」
せ、セーフ!
きゃっきゃと笑うお姉さんの様子にほっと胸を撫で下ろす。なんか人が少ない原因が分かった気がするぜ。こういうのか、いきなりくるこういう質問か。
「普通に質問してください……」
「うふふー、お姉さんご機嫌なのでさくさくやっちゃいますねぇ」
「お願いします」
その後の質問は実に普通だった。やればできるのに……わざとか、わざとなのか? キャラ作りしてんのか? 天然きどった人工なのか?
「以上で質問は終わりでーす。それじゃ、発行しますねぇ」
入会費を払い、ようやく発行された手帳を手に取る。見た目はキドの手帳と一緒だし、なんか目印でもつけておいたほうが良いかな。
手帳を眺める思案する俺に、受付の女性はじぃーと妙な熱視線を浴びせていた。うん、無視しようかと思ったけど凄い見られてる。
「な、なんですか?」
「リドくんはぁ、剣を使いますねー。それなのに得意なのは魔法なんですかぁ?」
「え」
「嘘ではないみたいですけどぉ。でも剣の技量も並み以上でしょー? あまり魔力が多い方には見えないですけどぉ、どんなカラクリですかねー?」
うおおおおい!!
なんでっ、何でばれた!? っていうか保有魔力量が見ただけで分かるのかよ!? 嘘だろオイ! い、いや、まだ呪術までばれたわけじゃない。のらりくらりとかわせれば……。
にへ、と笑みを浮かべて女性を見やる。にこぉ、と柔らかな笑みを女性も浮かべた。
「リドくん、お姉さんに嘘は通じませんよぉ?」
「個人的なことにギルドの魔道具使わないで下さい!」
さりげなく魔道具を発動させていた。やばい、ひどい、こわい。何この人、周りの人たちが寄り付かないのも納得だわ。
「お姉さんはー、武術を嗜んでますからぁ。身体つきを見れば分かりますぅ。魔力は勘ですけどぉ、外したことはないですよー。さぁさぁ、リドくんはどんな隠し事をしてるんでしょーねぇ?」
にこぉ、と笑みを浮かべるけど目が笑ってない。あれは、捕食者の目だ。何が嗜んでる、だよ。絶対にこの人戦闘のプロだよ!
「あまり、新入生をからかうものではありませんよ」
後ろから聞こえた声に、俺は素早く振り向いた。特徴のある、その場の全員が振り向いてしまうような印象的な声。そう、つい先日も聞いた声だ。
「あー、アーノルドくん。女性の敵のお出ましですねぇ」
「とんでもない、僕はこの世の全ての女性の味方ですよ」
にっこりと胡散臭い笑顔を浮かべて、金髪の青年――アーノルドが現れた。
やばい、凄い良いタイミング。後光すら見えそう。まじ救世主! やっぱり主役オーラを放ってるやつは違うな! かっこいいな!
「あ、ありがとうございます……」
「なに、かまわないさ。さっきも言った通り、僕はこの世の全ての女性の味方なのだから」
…………。
………………ん?
何か今、会話の流れが不自然だったような。いやいや、俺の、気のせいだよな?
そうであってくれ、と思いを込めてアーノルドを見上げる。彼は満面の笑みを浮かべ、かがみこんで俺の頭を撫でて言った。
「大丈夫だよお嬢さん、君の胸もいずれ大きくなる!」
「俺は男だぁああああっ!」
顎にスクリューアッパーが決まりました。
+++++
なんていうか。
今まで触れないでおいたことだけど、はっきり言おう。
俺は、背が低い。
いやいや、そんなチビってわけじゃなくて。若干、若干ね。同年代の奴らに比べるとちょっとね、まだ成長期がきてないって言うか? そう、まだこれから。これからなんだよっ。俺の身長はこれからだ!
「くそうぅ……ちょっと成長期が遅いだけだ……!」
「いいアッパーでしたねー。惚れ惚れしちゃいますぅ」
「はは、一瞬意識が飛びかけたよ。しかし僕もまだまだ甘いな、こんなに可愛いのに男の子だったとは!」
「生傷をえぐらないで下さい!」
古傷ですらねぇのにえぐるなよ、塩を塗りこむなよ!
今まで年齢よりも下に見られることはあっても、性別を間違われたことはないのに! 顔か、この顔が悪いのか!? リドヴェルトは美形に育ちそうやったーラッキーとか思ってたのに!
「あんたたち、お知り合いなんですか」
「ふむ、年上には敬意を持って応じなければいけないよ?」
「だったら敬意を持ちたくなるような言動を見せろよ」
「リドくんの言う通りですぅ。アーノルドくんはもう少しまともになった方が良いですぅ。なんだったらお姉さんが根性叩きなおしてあげますぅ」
「いや、それは勘弁だな!」
お姉さんの言葉に、アーノルドの顔色が変わった。笑みを浮かべてはいるけれど、ぎこちないし顔色が悪い。え、何その反応。
「せ、赤眼の狂戦士のお世話になるのはこりごりなのですよ……!」
「といいつつも懲りずに何度もやってますぅ。折檻回数最多記録を一人で連続更新中ですー。学園長の孫じゃなかったらトドメさしてますー」
え、え? 赤眼の狂戦士? 折檻?
ぽかんとして見守る俺に、女性はにこぉと笑みを浮かべて言った。
「申し遅れましたぁ。私はエーフィ・グリゼルディス。オスタリア学園で近接戦闘と生徒指導を請け負っている、先生ですぅ」
「はい!?」
驚きながら俺は十分に納得した。そりゃぁ、誰も近づかねぇわ。