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お前を勇者にしてみせる!  作者: 糸冬すいか
1章:スタート&エンカウント
14/43

09:イベントの結末と暫定勇者

 その少年は、圧倒的な存在感を持っていた。

 肩くらいまでのさらさらの黒髪に、切れ長の紅い目。不吉な色合いは見る者に平等に薄ら寒い感覚を与える。年はリドヴェルトと同じか、少し上くらいか。表情が大人びているからか、ぐっと年上に思える。

 そして、腰には無骨な剣。鞘に入ったままだからよく分からないが、観賞用や儀式用とは違う実戦の雰囲気を感じる。間違いなく、彼は戦闘の経験があるんだろう。

 ゆっくりと騒動の中心に歩み寄り、リアル喜劇の舞台に上がる。観客は突然の役者追加に、生唾を飲む音があちらこちらで聞こえた。さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。たった一人の少年の登場で場が塗り変わった。

「彼女を放せ。貴族だからといって、命令ばかりしてすむと思っているのか」

「……っ、貴様、この方が誰なのかわかっていないようだな……!」

「このオスタリアを収める領主様の息子、アーノルド・フォアン・オスティーリア様だぞ!」

 うお、第一貴族フォアン! 初めて見た!

 しかも名乗りに「フォアン」が入ってるって事は、あの坊ちゃんはオスティーリア家の継承権を持ってるってことだ。兄弟が何人いるのかにもよるが、ひょっとすると未来の領主様かもしれない。

 黒髪の少年はその言葉に少しだけ表情をしかめて、

「それがどうした。親の七光りを誇張して楽しいか?」

 はんっ、と鼻で笑った。

 はい、死亡! 第一貴族の息子相手にそりゃないわ! 一体どんな自信家だよ、打ち首ものだぞオイ。っていうか家族巻き込んで死亡ルート建設中だわ!

 護衛の人だろう取り巻きたちの顔がみるみる真っ赤に染まる。自分の発言の揚げ足とって主人が馬鹿にされたんだ、怒るだろうなぁ。

「きっさまァ……、ただじゃおかんぞ!」

「くく、ただじゃおかないか。どうするつもりだ?」

「貴族をコケにしたらどうなるか、その身体に教え込んでやる!」

 無骨な大剣と、槍。男たちがそれぞれ武器を構えた。近距離と中距離、良い組み合わせだ。もしかしたらこの場に見えないだけで、遠距離の護衛もいるのかもしれない。

 一方の少年は腰の剣をすらりと抜き放って片手で構えた。ってあれ両手剣だろ。重そうなのにぴたりとぶれていない、よっぽど力が強いのか。

 じりっ、と緊迫した空気が満ちる。初めて目にする人間同士の本気の戦いに、俺の手にも汗が浮いた。取り巻きの男たちは強そうだ。何せ領主の息子を護衛しているくらいだし。少年の実力は未知数……でも決して弱い存在じゃない。

 均衡状態を崩すのはどちらが先か。観客たちも息を止めて見守る。そして、

「待ちたまえ!」

 凛とした声が空気を破った。あの、貴族のお坊ちゃん? 空気に含ませるように存在感のある声が続けられる。

「武器を収めろ」

「し、しかし……」

「僕に口答えするのか?」

「い、いえ」

 すごすご、とあんなに頭に血が上っていた男たちが武器を収めた。凄い。守られてるだけかと思ったけど、立派に統制してる。俺にも護衛はいるけど、あんなことは出来ない。

 坊ちゃんは少年をまっすぐに見つめてにこりと笑った。

「驚いたな、年下の少年にいさめられるとは。新入生かな?」

「……一応、そう予定しているが」

「なるほど。僕の後輩と言うわけだ」

 ってことは、2人とも学園の生徒? まぁ年齢と場所を考えれば不思議じゃないか。つかあの少年同い年だったのかよ、年上だと思ったのに。なんだ、俺が幼いのか、チビだというのか。

「学園長の孫である僕に口答えとは、立派な新入生もいたものだね。彼の勇気に免じて、彼女のことは不問にしよう」

「え……!」

 呆然となりゆきと見守っていた少女が大きく目を見開く。そのまま連れ去られてお日様の下では言えないような仕事をさせられる運命だったのに、それが突然変えられたんだ。おどおどと身体を起こし、良いのかというように坊ちゃんを見上げる。

「スタイルが良くて美人だから、メイドにでもしようかと思ったけどね。ふふ、なかなかない逸材だったから気がはやってしまったかな。また機会があればお会いしたい……お嬢さん、君の名前は?」

「え、あ……、ミレーヌ・ユベット、です」

 え、何これ口説いてらっしゃる? 背景に花が咲きそうな、キラーンとした笑顔。少女もついていけてないのかぽかんとしてる。少年も若干、驚いているようだ。身を挺して助けようと思ったら、何故こんな展開に。かませ犬が逆になったぞ。

「よければ、勇気ある少年の名前も聞いておきたいが。親の七光りを受ける息子に聞かせていただけるかな?」

 からかうような口調で少年にも問いかける。この坊ちゃん、意外とやるな。貴族云々とか抜きにして、完全に格が違う。

 少年はしばし迷うように視線をそらせたが、しっかりと響く声で答えた。

「……ジュスター。ジュスター・モルガンだ」

「ジュスター君。学園でまた会えることを祈っておこう」

 にこり、と。笑みと微妙な空気をおきざりに、坊ちゃんは去っていった。



   +++++



 その後、助けられた少女と少年の何かほほえましいやり取りがあったりしたがそこは割愛。リア充なんて爆発してしまえ。

 ホテルに戻った後は食事に風呂にとなかなか一人になれる機会がなかった。パジャマに着替えてメイドも下がらせて後は寝るだけ、となってようやく考える時間が出来た。

 考えること――あの、少年。ジュスター・モルガンだ。

 年齢に似合わない堂々としたたたずまい。自信に溢れた態度は強さの現われだろう。何より、あんなイベントを起こして女の子といちゃいちゃしていた。

 これ、『勇者』なんじゃないか?

 何気に決め手は最後の“イベント”だ。強いだけならごろごろしてるだろうけど、あんなイベント起こせるのは主役――『勇者』なんじゃないか? そして俺がそれを目撃した。神様は俺に確実に勇者と会う『出会いの幸運』っていうのをつけたらしいからな、俺が目撃したイベントに『勇者』が関わってる可能性は高い。

 まぁそれでいうならもう一人の方、アーノルド・フォアン・オスティーリアも怪しいけど。実力は分からないけど、正統派な勇者っぽい雰囲気はあった。

「ただなぁ……勇者は、世界を滅ぼしたんだよな」

 そう、もう一つの決め手だ。

 アーノルドではなくジュスターが気になった理由。アーノルドはあくまで正統派な勇者って感じだった。そしてジュスターはあえて言うなら、ダークヒーロー、だ。

 神様は、人間を憎んだ勇者が世界を一度滅ぼしたと言っていた。

 あのジュスターの紅い目……凄く、不吉な色合いだった。貴族に対してやたらと強い反抗心もあるみたいだったし。人間を、世界を憎んでいるような。そんな運命が彼にはあって、それで世界を滅ぼした、とか。

「……まぁ、俺は知らないけど」

 もしかしたらアーノルドがああ見えて人間を憎んでいるのかもしれないし。もしかしたらジュスターは雨の日に捨て猫を拾う不良タイプかもしれない。見た目だけじゃなんともいえない。

 けど、俺に『出会いの幸運』ってやつがあるなら、全くの無関係とは思えないんだ。

 勇者について思いをはせつつ、オスタリア学園都市一日目の夜は更けていった。

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