08:学園都市とベタなイベント
ごとごとと絶え間なく続いた震動が小さくなってきた。きちんと舗装された道に入ったかな。馬車の窓から外を見ると、身なりの良い馬車がすれ違っていく。さすが学園都市、出入りする馬車も良いのが多い。
「リドヴェルト様、まもなく到着いたします」
「はい」
案の定、そうらしい。いよいよだ、いよいよオスタリア学園都市に入る。
ここに来るまでは家の関係者が周りに多くて、地を出せなかったからな。正直、ずーっと敬語とかむず痒い。でも入学してしまえば寮生活で憧れの一人暮らしだ。最低限、育ちの良いクラスメートから浮かない程度にしておけばいいだろ。
とりあえず、今日は学園都市に入って宿を押さえ、入学手続きはまた明日だ。手続き自体はほとんど終わっていて、後は最終確認だけなんだけど。何せ人が多いから、手続きだけでも時間がかかる。
ちなみに、教科書は通販ですでに入手済み。ふはは、貴族のぼんぼんっていいな。並んで買わなくても良いし、時間も手間も取られない。
といっても、すぐに授業が始まるわけじゃない。いわゆる入学式はまだ先だ。それまで暇な時間にでも軽く目を通しておくか。
教科書を意欲的に読むなんて木戸光輝のときじゃ考えられなかったけど、だってファンタジーな教科書だもの。魔法とか冒険とかについて載ってるんだぜ。
経済とか語学とか地理の教科もあるけどな。
そっちはもう、授業始まってからでいいよな。
ファンタジーでも学校は学校ってことか……小難しい勉強とかテストとかもあるんだよなぁ。ちっ、せっかくだから勇者に会うまでは冒険とか楽しもうと思ってたのに。
「はぁ……」
「リドヴェルト様、どうかなされましたか?」
「いえ……これから始まる生活に、少し不安を感じてしまって……」
いけしゃあしゃあ。
ポイントはちょっと笑みを浮かべること。美少年がやればコレで大体ごまかせる。
案の定、メイドさんも納得したみたいでそれ以上追求はされなかった。むしろこれからの生活に希望を持たせようと、学園の楽しそうなイベントについて説明してくれた。
俺、戦闘パラメータはたいしたことないけど……猫被るスキルだけは磨かれてる気がするわ。
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学園都市に入り宿を取ったが、まだ日が高い。というわけで護衛の人を何人か引き連れて街を散策することにした。
本当は一人でぶらぶらしたいけど……まぁ、あんまり心配かけるわけにも行かないしな。家を継がない三男とはいえ身なりの良いぼっちゃん、犯罪にでも巻き込まれたら申し訳ない。
それでも大勢をぞろぞろとハーメルンしたくはないので、メイドさんたちには宿で荷物整理してもらっている。お留守番お願いしまーす。
ちなみに宿なんて言い方したけど、内装とか規模とかはホテルだ。しかも高級ホテルだ。貴族ぱねぇ。
宿、改め高級ホテルを出て、護衛の人に説明してもらいながら付近を見て回る。石畳の道やレンガ造りの建物、明るい色調が多くて地中海みたいな雰囲気だ。イタリアとか。行ったことないけど。
道端にはいろんな出店や露店が並んでいる。食べ物や飲み物、食材、アクセサリーによく分からない骨董品まで。なんかお祭りでもあるのかってくらいの賑わいだ。
「賑やかですね。いつもこうなのですか?」
「今は入学の時期で出入りも多いため、商人たちが集まっているのでしょう。普段はもう少し落ち着いた感じですよ」
なるほど、稼ぎ時ってヤツか。
お、この屋台、ハンバーガーみたいなの売ってる……! やばい、貴族生活が長いからジャンクフードに飢えてるぜ。油っこいピザとか安っぽいナポリタンとか食いたい。スナック菓子ってこっちにもあるかな。
「リドヴェルト様?」
「あ、いえ……嗅いだことのない匂いです。異国の料理でしょうか」
「学園には異国の者も多く入学しますから、そういったものもあると思いますが……これは田舎の方で見られる料理のアレンジでしょう」
「少し、食べてみたいです」
少しっていうか凄い食べてみたい。色からいって、濃いめの味付けか? 匂いもウスターソースとかに似た感じだ。食卓では薄味が多かったから懐かしい!
「庶民の料理です。リドヴェルト様のお口には合わないかと」
「そ、そうですか……」
ちくしょう。俺の味覚は庶民のままだっていうのに。ああ、さらばウスターソース……後でキドの姿で買いにこよう。
未練がましく屋台を見つめてもどうしようもない。後ろ髪を引かれる思いだがいつまでもうろついていては邪魔になるだけだろう。そろそろ移動しよう、と足を踏み出して。
「おいお前! どこに目をつけて歩いている!」
「こちらの方がこのオスタリア領を収めるオスティーリア家のご子息、アーノルド様と知ってのことか!」
背後から聞こえた喧騒に足を止めた。振り向くかどうか迷う間にも、背後で会話が進んでいく。
「ご、ごめんなさい! 私、そうとは知らなくて……」
「知らなかったですむ話ではないぞ!」
「アーノルド様、この娘の処罰いかがいたしますか?」
「まあ、待ちたまえ。彼女にも悪気があったわけではないのだろう」
「で、では……!」
「しかし、この僕の服に汚れをつけてくれたんだ。弁償をしてもらわなくては……ふむ、100ラグマで勘弁してあげよう」
「そんな大金……!」
野太い男の声二つに、澄んだ女性の声、それに若い男の声。会話だけでも何が起きたのか分かるベタなシチュエーションだ。貴族社会が一般的なこの世界では普通に見かける、まあ日常の風景の一幕って感じだけど。
ちら、と振り返ってみる。案の定石畳の道路に跪く少女と、それを見下ろす貴族の坊ちゃんプラス取り巻きの男。よくよくみると貴族の坊ちゃんの腕のあたりに黒っぽい染みがついている。
あ、あれ、さっきのウスターソースか? 足元にハンバーガーっぽいの落ちてるし。うわぁ、これで営業停止になったらどうしよう。食べるの楽しみにしてたのに。
俺の思考がハンバーガーにそれている間にも、観客を集めてリアル喜劇は続行中だ。
「は、払えません、そんな大金……っ」
「おや、この僕が譲歩してあげたと言うのに。全くこれだから平民は困る」
「アーノルド様、いかがいたしますか?」
「払えないと言うのなら仕方がないね……幸い、立派な身体をしているようじゃないか?」
坊ちゃんの言葉に、野次馬の男たちの視線がいっせいに女の子に集まる。俺も例外ではなく。
サラサラストレートの白銀の髪に、ピンクの目。年は十代半ばくらいか。縮こまるように身体を低くしているけれど、手足が長くスタイルが良いのはよくわかった。
そして何より、服を押し上げる二つの大きなふくらみ。
手足は細いのに何故そこだけ膨らんだのか。けしからん大きさだった。かといって、全体のバランスを崩すほどに大きすぎるわけではない。絶妙なバランスの大きさ、まさしく黄金比といっても良いだろう。服の胸元の布地が幸せそうにぴんと張って陰影を作り出している。
さらに女の子がぎゅっと身体を縮めているせいで柔らかく胸が変形し、むにっとした質感が見ているだけで伝わってくる。服の隙間からちらちらと覗く谷間は竜の住む谷と比べて遜色ないデンジャーゾーン。男たちの視線が吸い込まれるようにして集中し、帰ってこない。
「……はっ」
どうやら意識が飛んでいたようだ。危ない危ない。助けを求められる前にさっさと逃げよう。
非道とか言うなよ。この世界で今俺はリドヴェルトなんだ。他の貴族と問題を起こせば、両親に迷惑がかかる。俺の記憶が戻ったせいで10歳まで育てていた“リドヴェルト”を奪っちゃったから、彼らにはなるべく迷惑をかけたくないんだよな。
っていうか正直、貴族としての格が違う。バーミトラ家って中の下くらいだから。あのお坊ちゃんはオスティーリア家、このオスタリア学園都市を含む広大な土地の領主だ。負けるっていうか超負ける。瞬殺レベル。
護衛の人の存在を確かめ、そっとリアル喜劇に背を向ける。ま、あの態度だ。貴族とはいっても子供の発言だし、命を奪われるようなことはないだろ。足を一歩、そして、
「そこまでだ、いい加減にしろ」
イベント発生の声を聞いた。