07:竜の鱗と大金
竜。
いわゆる、ドラゴン。細長いヘビみたいなヤツじゃなくて、恐竜みたいな姿をしている。ゲームとかで言うワイバーンが一般的。四足のやつもいるらしいけど、少ししかいない。
そして、魔物の元凶と言われている。魔物は竜よりも人間を積極的に襲うし、魔物の中には爬虫類っぽい……竜に似たやつもいるからだ。
ただ、魔物と違って死んでも消えずに死体が残る。
つまり、素材がとれる。
代表的なのが爪、牙、鱗皮。大量生産の剣じゃ、まず傷一つつけられないという硬さ。
目は死後固まって魔力のこもった宝石みたいになるって言うし、骨は加工が困難なほどに硬く、筋はしなやかで丈夫、血肉を食べれば不老不死って噂もある。まあつまり、全身どこをとっても一級品の素材なんだ。
だからこそ、竜を倒そうと言う人は後を絶たないが……成功して名を残した冒険者は、歴史上見ても20人もいない。何百年も戦ってきてそれだけなんだ、その強さは恐ろしいほど。
「竜を倒しに行く」って言葉に「自殺してくる」って意味が生まれるくらい、だ。
しかも単体での強さもさることながら、基本的に竜は一頭でいることがない。番、もしくは群れで行動している。だから竜の討伐って言うと、何百人何千人を動員する軍隊規模の話だ。
一人で竜を討伐なんて、御伽噺の中だけ。まあ、勇者ならわからないが。
竜の素材は一級品で、しかし竜は強い。その結果、流通もほとんどなく、価値は天井知らずのうなぎのぼり。
そして、その、竜の素材――竜の鱗。
「……は、あ?」
思考が停止し、間抜けな声が漏れる。カウンターに置かれたそれは、たしかに爬虫類の鱗にも見える。それに随分硬そうだ。竜の鱗、たしかにそう見える。
けど、これ、一体どうやって? この、少年が……いやいやないない。まさか盗品か? でも気負いなく出してきたしな、後ろ暗いことはなさそうだけど。
少年は受付の男と俺を何度か見て、しばし考え込み不安そうに言った。
「……た、足りない?」
「いやいやいやそうじゃない、そうじゃなくて! 足りないどころか、本物なら十分すぎるって言うか……つか、お前どこでこんなもん手に入れたんだ!?」
まくしたてた俺の言葉に、少年はぽかんと口を開けて停止した。言葉が分からなかったのか、勢いに気おされたのか。落ち着け俺、相手は子供だ。
「えっと、どこで手に入れたんだ?」
「……家、故郷?」
しばらく悩んだ上での言葉。多分、なんて言えば良いか分からなかったんだろう、首をかしげている。手に入れたっていうのが違うのか。つまり。
「あー、誰かに貰ったのか?」
「うん、そう。両親」
なるほど、両親に家で貰った、とそういうことか。多分、両親が凄腕の冒険者だったのだろう。鱗一枚くらいだったら、軍の討伐に参加して功績を残せばもらえるらしいし。
よく見れば、鱗の端のほうには傷がある。倒すときに傷がついて価値が低くなったのを貰ったのか?
「……拝見させてもらいます」
受付の男がようやく動き出した。俺にはよく分からないが、ルーペ型の魔道具で見たり布で拭いて光に当てたりしている。鑑定ってもっとこう、魔道具で解析とかするのかと思ってたけど、意外と手作業なんだな。
しばらくそんな作業を続けて、最後に綺麗な布で拭いてため息をついた。
「どうやら、間違いなく竜の素材のようです。鱗ではなく、正確には脱鱗ですね」
「だつ、りん?」
思わず首をかしげる。横を見ると、少年も一緒に首をかしげていた。おお、よく分からないのはお前も一緒か。
「脱皮の抜け殻と同じものですよ。竜の場合、全身が一度に剥けるのではなく一枚一枚剥がれるようで、だから脱鱗と。竜の住処にまれに落ちていますので、まあ他の素材に比べれば価値は落ちますね」
要するに、ヘビの抜け殻みたいなもんか。竜を倒さなくても、住処に行って探せば見つかるかもしれない。そこで竜と遭遇したらアウトだろうから簡単にとはいかないけど、他の素材に比べれば危険度ではまし、と。
どっちにしてもこいつの両親凄いな……竜の住処に行ったってことだろ。よく帰ってこれたな。あ、でも今いないし……ううん、深く突っ込めん。
「お金、足りる?」
「十分でしょう。……鱗ではなく脱鱗、傷があることを加味しましても……この大きさですし」
かちかちとソロバンのようなもので計算。家でも見かけたけど、ファンタジー世界にソロバンって違和感あるよな。ただまぁ、玉の色が超カラフルだけど。
「そうですね……300ラグマといったところでしょう」
「さん……っ」
コレ一枚で、300ラグマだと……!? 月給並みじゃん、一家四人暮らせちゃうじゃん! こいつ、浮浪者から一気に大金持ちかよ!
「あー……心配して損した……」
「損? お金?」
「いや違うって、気にしなくていいよ」
がっくりと肩を落とす俺に、少年はぽすぽすと背中を叩いた。うん、慰めとかはいらないから。俺が勝手に落ち込んでるだけだから。
「では、300ラグマになります。……ギルドには加入なされますか?」
「あ、うん。ギルド入る」
聞かれてようやく、本来の目的を思い出したようだ。俺のときと同じように魔道具と紙が用意される。
「加入手続きにはいくつかの質問に答えていただきます。その際、嘘偽りがあった場合は加入を断る場合もありますのでご注意ください。また魔道具の発動のため、なるべく明瞭にお答えください」
「……?」
絶対あれ分かってないだろ。こいつ、言語云々っていうより人の話よく聞いてないだけなんじゃ。
「ようするに、質問に嘘つくなってことだ」
「わかった」
こくこく、と頷く様子は、小学生みたいだ。しかも低学年。背丈とか的にはもうちょっと年齢いってると思うんだけどな、どうにも挙動が幼い。
「まず、あなたのお名前を教えてください」
「名前。ティート」
ティート、そんなに珍しい名前ではないな。苗字は名乗らないだけか、ないのか。身分に関係なく苗字はあるけど、田舎だとまだない場合も多い。まぁ、ギルドなんて苗字まできっちり登録してるやつは少ないけど。
「あなたの年齢は?」
「じゅう……13歳?」
いや、お前が聞くなよ。自分の年齢があやふやって。でも嘘発見器は反応してないから、本気で分からないのか。
「あなたの主要戦闘手段を教えてください」
「ない……あ、素手?」
見た目に反してガチンコ系かよ。いや、今まで貧乏だったから武器とか買えなかったのかも。こういうのは登録後も変更できるはずだし、そこまで重要じゃないか。
「討伐系と採取系、どちらを主に希望したいと考えていますか?」
「う……さ、採取」
「では移動に関してですが……国内から移動する予定はありますか?」
「オスタリア学園都市!」
おお、一番の良い返事……って、学園都市!? 俺と一緒じゃん!
入学……は、さすがにないよなぁ。オスタリア学園は身分に関わらずとは掲げているものの、それなりの金持ちしか入れないような学費だ。詳しくは覚えてないが、300ラグマでも足りないくらいだった。貴族や商人がほとんどって言うし。平民はごく少数のエリートだけが奨学生として入れるとか。
まあ学園都市だったら治安も良いし、学生が多いから子供でも住みやすい。仕事も見つけやすいだろうし。このままのたれ死ぬってことはないだろ。
「その際、護衛依頼などは受けますか?」
「したい」
「では入会費として5ラグマ25ルグスをお願いします」
「えっと……はい?」
ひょい、と適当にカウンターに積んであった貨幣を掴んで差し出す。金もよく分かってないのかよ。受付の男は呆れたようにため息をつき、最低限だけ受け取っておつりを返した。ネコババしないあたり、この人は良い人だ。
「おつりの19ラグマ75ルグスです」
「わ、増えた」
うん、枚数は増えたけど価値は下がってるからなー。
っていうかかなり時間取られちまったな。まだ少しは余裕あるけど……急いで屋敷に戻ったほうが良いか。こいつも登録できたし、ここが縁の切れ目だろ。学園で会うとしたら、リドヴェルトの方だろうし。
「じゃ、がんばれよ。俺はもう行くから」
手荷物を素早く確認して持ち、さっさとトンズラしようと背を向ける。が、くい、と袖を引かれた。見下ろすと、少年。
「えと、ありがとう。……名前は?」
「キド。それじゃーな、ティート」
強く生きろよ、なんて思いつつ。まぁあの野生じみた格好だ、どこでも生き抜けそうではあるか。あ、でも簡単に騙されそうだな。
そして、俺は知らなかった。ここでの出会いと別れが後々の俺の人生でどう影響するのかを――。
いや、かっこよく言ったところで本当に知らないんだけど。
「脱鱗」は本来魚などの鱗が取れることをさしますが、ここでは脱皮の鱗バージョンとして使っています。