06:ぼろい少年と換金
リュックサックに限界まで物を詰め込むと、布地が張って球状になるんだなぁ……。
もっと他にも抱くべき感想がありそうだけど、正直ツッコミどころが多すぎて何も出てこない。
ぱんぱんに張ったリュックを背負った人物は、その荷物に似合わずかなり小柄だった。ちょうど神様くらい、リドヴェルトと同じくらいの年かもしれない。
裾が破れ脇腹に穴が開いたコートの下は、サイズのあっていないシャツとズボン。微妙に赤黒い染みがついている辺り、きな臭い。っていうか、犯罪臭がする。路地裏の浮浪者やブルーシートの住人たちでも、もうちょっと良い服着てるぞ。
ぼさぼさの茶髪で目元が隠れ、顔もよく分からない。それで前が見えてるんだろうか。ぱっと見は孤児だけど、それにしちゃ荷物が多いし……犯罪者じゃないだろうな。
受付の人が「うわ……」と嫌そうな声を上げた。気持ちは分かるが我慢しようぜ、接客業。まあ結構……控えめに言っても獣臭い、というか……風呂入ってないんだろうな。
「……あ、あの? 言葉、通じてる?」
「あ、わり。ちゃんと通じてるよ」
少年の第一公用語は、どこか違和感を感じる。もしかして、移民か? ギルドに登録すれば最低限の身分保障はされるし、それ目当てかもな。
にしても小さい。両親はついてないのか? ……まぁ、移民なんて何が起こってもおかしくない身の上だし。聞かないでおこう。うん、あんまりプライバシーに立ち入るのは良くない。俺がヘタレとかではなく。
「えっと、何の用だ?」
少年はほっとしたように肩を下げ、首をかしげた。言葉をちょっとずつ選ぶように、ぽつぽつと話した。
「ギルド、入りたい。でも、お金分からない」
「あー、換金か? ……ええっと、どこの金なら持ってるんだ?」
会話が難しい……。何に怯えてるんだか、やたら近づこうとしないし。そのくせぼそぼそ喋るし。まあ、壮絶な人生を歩んできたであろう少年だ、寛大な心で受けとめよう。
「……? お金、代わりじゃだめ?」
「代わり?」
「毛皮、薬草、他にも」
そう言って、リュックを下ろして示す。なるほど、金はないけど買い取ってもらえそうな素材ならある、と。
「……お金、ちょうだい?」
「いや、俺に言われても……あぁ、知らないのか」
ギルドではいろんな素材の買い取りもやってたはずだ。それを知らなくて、とにかく誰かに買い取ってもらおうとしたのか。登録しなきゃ買い取ってもらえないかと思ってるのかも。俺がそうでした。
「買取ならギルドでやってくれるよ。っていうか一般的にはそっちだな」
「そうなの?」
「個人でやり取りってのは、知り合いでもない限りなかなかないと思うぜ? 商店に売るのは名の売れた冒険者だけだし」
冒険者ギルドが商店や薬屋なんかと提携を結んでるはずだ、ちゃんとした店には売り込めない。まぁ未認可でやってるようなとこは別だけど、こんな子供には関係ない話だ。
「買うの、どこ?」
「えーっと、どこの窓口でも良いんだよな、確か……」
手帳を取り出して確認する。うん、ならすぐそこの受付で良いだろ。さっき嫌な顔していた罰だ。
立ち上がり、少年に近づく。ビクッと肩が振るえ、大きなリュックを盾にするように隠れる。……ちょっとショックだ、俺子供に嫌われるような顔じゃないと思うんだけどなぁ。
「別にとって喰ったりしないぞ……。ほら、換金するんだろ。あっちの受付でやってるよ、ついてってやるから早くやろうぜ」
「え、え?」
「ギルドに加入済みのやつの紹介で、鑑定料に割引が利くらしい。ついさっきからとはいえ、俺は加入済みだからな」
さっさとやって家に帰りたいんだから。無視するってのは寝覚め悪いし、なんか放っておけないんだよな。うーん、リドヴェルトと変わらないくらいだからか?
少年はしばらく止まって――たぶん、困惑していたか迷っていたか、目元が見えないから分からない――ようやく、俺の後ろについて歩き始めた。巨大なリュックをひょいっと肩にかけて持ち上げ、ちょこちょことヒヨコのようについてくる。
……なんだろう、ほほえましい情景のはずなのに、血なまぐさい服装と巨大なリュックのせいでホラーだと錯覚しそうだ。
「えと……ありがとう」
顔はよく分からない。が、口元は柔らかく笑みを浮かべていた。
素直だ、ホラーとか考えてた自分が恥ずかしい。純粋な子供の笑顔って凄いな。
「……まあ、なんだ、袖すりあうも他生の縁だ」
「? 袖、そんなに長くない」
「言い回しってヤツだよ。気にすんな」
まあ、こっちにそんなことわざがあるのかは知らないけど。一度も聞いたことないなぁ。
首をかしげる少年を引き連れて受付に行くと、明らかに男は顔をしかめた。ちょっと浮浪者っぽいが、そこまでひかなくてもいいだろうに。
「えーっと、鑑定と買取を……あ、お前何持ってるんだ? ギルド登録料ってなるとそれなりにするぞ?」
まだ子供だし、ウサギの皮とかか? でも洗ったりなめしたり、きちんと処理しとかないと買い叩かれるんだよな。登録料の5ラグマ25ルグス払うためには、ウサギだったら綺麗に処理しても4匹分はいるだろう。
「……それなり?」
「ちょっと高いってことだよ。5ラグマ25ルグス。わかるか?」
「ん……高い……」
少年はよく分からないなりに、結構な値段だと言うのは分かったみたいだ。外国だと通貨もちょっと違うし、分かりづらかったか。どこから来たのかは分からないが、相当遠くから来たんだろう。
リュックを下ろし、ふたを開けて中を探りはじめる。ちらちら見える範囲だと、ほとんどは旅の生活用品みたいだ。毛布や小さな鍋、コップにナイフ。
こんな小さいのに、よくやるもんだなぁ。俺なんて貴族のぼんぼんだからな、一人旅の予定もないし出来ないだろう。ちょっと憧れはするけど……勇者に会ったらそれどころじゃなくなるだろうし。
と、何か見つけたのか、薄い袋を取り出した。大きさは、手のひらを広げて二つ並べたくらいか? 小さな少年が持つと大きく見える。が、袋に膨らみはなく、板状のものだろう。
ひょっとしたら鉱石とかか? 毛皮じゃ足りないと思って、もっと価値が高そうなものを出してきたのかも。
でも鉱石なんて価値はピンキリだ。足りなかったらどうしよう……ちょっとくらいなら余裕あるし、貸すか? いやいや、ここで別れて終わりかもしれないんだぞ。面倒見切れないのに野良猫にえさを与えちゃダメだって言うし。
「よい、しょっと……」
悩む俺をよそに、少年は袋の中身を取り出してカウンターに置いた。ごと、と重い音。
ぱっと見は、葉っぱみたいな形。置かれたときの音や艶は金属っぽいが、白くくすんだ色は有機物っぽい。ちょっと黄ばんでて、なんていうか、爪の先みたいな。
と、ガタンッと音を立てて受付の男が立ち上がった。身を乗り出し、謎の物体を食い入るように見ている。もしかして、珍しいものなのか? 俺にはさっぱり分からないが、鑑定できる本職の人が驚いているし凄いのかも。
「なあ、これ何なんだ?」
俺の質問に、少年は首をかしげた。え、これ、知らない方がダメな感じ? 知ってて当然なのか!? 恥かいた!?
おそるおそる、少年の答えを待つ。そして少年は言った。
「これ、竜の鱗」