二
僕が春巻の皮を探しているあいだに、彼女は僕の側からいなくなっていて、その姿を見つけたのはお肉売り場だった。
彼女は少し困っているようで、手にみっつのトレーを持ち、交互に見比べている。僕がどうしたのと問うと、彼女は
「ひき肉って豚かと思ってた」
と言って、ほら、とそのみっつのトレーをよこした。確かにそれらは豚と牛、それに合いびきの3種類のひき肉で、僕もなんだか「へー、そうなんだ」と思って、ひき肉のことなんて今までちゃんと考えたことなかったなぁと、トレーを彼女に返した。
それでさ、と彼女は言って、小さな声で僕を真正面から見つめて続ける。
「春巻はなに肉を使っているの?」
僕は不意をつかれた。ひき肉のことなんて考えたことがなかったように、春巻にどんな肉が使われているのかなんて、今まで考えたこともなかった。僕にとって春巻は、既に完成された形で僕の目の前に出てくるものでしかなかった。
えっ、と情けない声が出たように思う。他のお客さんが避けるようにして、僕たちの後ろを通り過ぎていき、冷房が僕の体を冷やした。
「うん。合びきで良いんじゃないかな。ほら、あれだよ。合びきなら、豚と牛が両方入ってるしさ、なんかこう、お得だよ」
僕の苦し紛れの言葉に彼女は合びきのトレーを手に残して、豚と牛を元の場所に戻した。少しの間、彼女は何かを考えているようだったけど、合びきのトレーを僕の持っている買い物かごに入れた。
そして「なにこれ」とつぶやいた。
買い物かごの中には春巻の皮と、にら、それにもやしが入っている。春巻の具といえばこれで十分だろうと僕は思ったけれど、彼女はこれに不満があるのかもしれない。
「これはさ、春巻の具ってことで良いんだよね? ていうかまだ具材集めの途中だよね?」
この問いに「いや、終わってる」と僕は応える。
彼女は「ありえない」と言った。
その言葉に、僕はまぁそんなこともあるだろうと思った。育った家庭環境が違えば、母親の春巻が違えば、その子供である僕たちはそれぞれ、理想とするそれぞれの春巻を頭の中に描くことになる。
僕は、母譲りの春巻論を展開することになった。
「春巻ってさ、肉とにらともやしでできてるんじゃないの? 少なくともうちではそうだったなぁ。それでね、肉の割合が多くてさ、もはや肉巻なんだよね。でもこれがまた美味しいんだよ。肉の味付けは中華味の濃い目、みたいな感じでね。なかなか良いよ。今日は僕の春巻を作るってことにしない? どうかな?」
彼女は少し不服そうだったけれど、「仕方ない」と言った。
僕たちはスーパーの中を一通り歩いて回ってからレジに並んだ。途中、彼女はお菓子を僕が持っている買い物かごに入れた。チョコレートをクッキーで挟んだラングドシャクッキーという種類のお菓子だった。ホワイトチョコレートを使っているのか、白い外装が僕には綺麗に思えた。
そこで、顔をあげ、「そういえばさ」と彼女に話しかける。
彼女は「ん」と応える。
「昨日、君が春巻論を始める時、「訓練、訓練、これは訓練だー」みたいなこと言ってなかったっけ? なんか、その時は流しちゃったんだけど、今ふと思い出してさ、なんの訓練だったんだろうって。結局、なんだったの?」
「あれかぁ。じゃあ逆にさ、君はあれはなんの訓練だったと思うの?」
「何かなぁ。思考訓練とか? 春巻がもし知的生命体だったら!? みたいなさ」少し意地汚いと思ったけれど、彼女を小馬鹿にするような口調で、へらへらと応えた。
「違うし。ばか。」
彼女は、スーパーの出口に向かって歩いてゆく。僕はもやしとにらと合びき肉を急いで袋に詰め込むと、急いで彼女を追いかけた。自動ドアの向こう側には、むっとした空気が漂っていた。