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春巻を愛するあなたに

 「訓練。訓練。これは、訓練である」

 と、彼女は高らかに宣言したつもりでいる。蛍光灯のもと、正方形のテーブルの上に左肘をつき、前のめりに握り拳の右手を高くあげた。

 脈絡のない言葉を僕は聞かなかったことにし、それをも無視する彼女はこう続けた。

 「地球外生命体。誰もが一度はその存在に思いを馳せる。君はどうだろう? 宇宙人っていると思う? どう? どう? いや、だめ、話が脱線しちゃう。今は君がどんな風に考えているかは置いとく。それはまた、次のお話ね。いい?」「いいよ」

 テレビではNHKがイタリアの世界遺産を淡々と放送している。気持ちの良い、どこかで聞いたことのある、あの曲が小さな音で流れていた。テレビの音量はとても気にするのに、自分の声には疎い彼女のそれが途絶えると、この部屋は静かになる。白いもこもことした絨毯の上の白いテーブルの向こうで、彼女の白い顔はきもち赤くなっていた。必死に次なる一手を考えているのだと思う。

 沈黙はいつもよりも長く、それにつれ、意味もわからず場は熱気を帯びた。随分前から、彼女は握り拳の右手をあごの下に固定していて、この6畳の部屋の中で動くものは、少し俯いている彼女の揺れる前髪だけだった。テレビからの小さなメロディーもまた、意味もなく場の雰囲気に緊張を注入している。

 「はるまき」

 「えっ」

 「春巻なの。あの 食べる春巻」

 「あのー、スプリングロール?」

 「そう」

 「それで、その春巻がどうしたの?」

 「地球外生命体なの」

 そうか、彼女がそう思うのなら、そうなのだろうと思ったし、ちょっとおもしろかった。

 「それで?」

 「うん、春巻はね、本当は地球外生命体なの。普段は私たちに食べられちゃうんだけど、本当はエイリアンで、人類よりも高度な知能を持ってるんだよ。ほんとはね、春巻星、今は仮にそう呼ぶだけなんだけど、その春巻星ではすごい文化も発達してるんだけど、なんかの理由で地球上で春巻が揚げられた時に、春巻星の春巻某さんがその揚げられた春巻に憑依というか意識だけ乗り移っちゃうの。まだね、このメカニズムは解明されてないんだけど、揚げあがって、油から取り出される時から意識が発生するから、その揚げることに意味があるのではないかっていうのが、一線の春巻学者の考えなんだよ」

 「へー、そうなんだ。でもさ、アイキューの高い春巻さんは意識があるまま人間に食べられちゃうんだ?」

 いやでも、と彼女は瞬間に発声すると、静かになって僕を睨んだ。

 「これだから、君はほんとにしょうもないなぁ」

 僕は笑った。

 「そんなの決まってるじゃん。アメリカ政府と春巻星は密約を結んでるんだよ。頭の弱い君のために言ってあげるんだけど、ていうかね、春巻学のパイオニアである私が個人のために講義することなんてないんだから、ちゃんと感謝してよ」「わかった」

 「実害はないんだよね。話したみたいにさ、春巻さんたちは意識だけ地球上に来るんだよ。だから、私たちが彼らを食すと同時に春巻星に意識は戻るんだ。だから春巻さんたちはおとなしく食卓に上るわけ。わかった?」

 「うん。でもさ、春巻さんたちは食べられると春巻星に意識が戻るんだよね? そうするとさ、もし食べられずに捨てられたりするとどうなっちゃうの? 意識は戻らないよね。大変だよね」

 小さく、くそっと聞こえたような気がした。3時になれば番組は終わるだろうと思ったけれど、NHKは依然、イタリアの世界遺産を小気味良いメロディーと共に茶の間に届け続けている。地中海と思しき綺麗な海が映し出されたと同時に彼女がふっと息を吸った。

 「へー、君知らないんだ? 常識だよ? ほんとこれだからなぁ。しっかりしてよね。今FBIがどんな仕事を主にやってるか知ってる?」「知らない」

 もうなにがなんだかわからない。

 「さっきも言ったと思うけどさ、春巻星政府はアメリカ政府を地球代表とみなして色々と交渉にあったてるんだ。だからFBIも自然とそういう業務につくよね。だからね、FBIは今、遺棄された春巻さんたちを救出して食べる任務についてるんだ。彼らも良い仕事してるよ。だって、FBIがちゃんと仕事しなかったら、外交問題に発展しているところなんだよ。」

 ニューヨークの暗い路地裏で、黒い服に身を包んだ屈強な男たちが銃を構えながら春巻捜索の任務についているところを想像すると、笑い出さずにはいられなかった。それとも、あるいは、と僕は考える。サングラスをかけた黒スーツの男たちが春巻を食しているのかもしれない。いや、そもそも彼らが春巻を食べるのか? ひょっとすると、FBIは春巻回収のみを任務としていて、食べる方は誰か違う人たちが担当しているのかもしれない。どうなのだろう。

 そこまで考えて、はた、と僕が顔をあげると、彼女は静かに笑っていた。

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