③
ヨウスケ、サユリ、
テレビを買う
ヨウスケは声の渦に包まれた。休憩室から離れ、階段をおり、階下の携帯売場に彼は立っている。今まで自販機とベンチがポツンと置かれ、窓からスカイツリーの見えたあの落ち着いた休憩室とは、あまりにも落差がありすぎだ。
人が右へ、左へ、行き交い、会話が飛び交う。休みの電気量販店の混み具合は、凄まじい。
若いカップルにぶつからられた。男の方に睨まれた。視線をそらすと、偶然違う女性と目が合う。その目からはなぜか軽蔑の視線。前を歩く老人は目をそらした。
ヨウスケは人知れず不安にかられた。孤独を感じた
深呼吸をしてあたりを見回す。
人人人人人人人人人
…!
さっきの小学生達が人混みをかき分け店内を走り回っている。時に人にぶつかり煙抱かれ、時に彼らに視線が注がれた。
さっきのカップルと小学生達はぶつかった。大人に体格で勝てる訳なく、彼らは床に倒れた。カップルは彼らを睨みつけた。
その中のポッチャリ小学生が両手を会わせ、謝罪するポーズを取る。その顔は笑顔だ。カップルは何か汚い言葉を吐くとまた店内の人混みに紛れた。
それを見届けると小学生達は再び、人混みをかき分け進んでいく。
しばらくすると店員と彼らは話している。初めはお金にならないと思ったのか、怪訝な顔をしていた店員は彼らの話に根負けしたのか、耳を傾けているようだ。
たくましい
彼らを観ながらヨウスケは思った。純粋に無邪気だ、簡単に言ってしまえば無知なだけなのだけど…
ヨウスケは1人、人混みの中をかき分け進んでいく。
「こっち!こっち!」
サユリがテレビコーナーで手を降ってい
た。
「決まったの?」
「これとこれどっちにしようかと思ってさ」
サユリは後ろにある大型テレビ二台を指さした。42型の3Dテレビだ。どちらもウン十万。値段は同じぐらいだ。ちがうと言えばデザインぐらいだ。
その脇でオールバックの店員が作り笑いで今か今かと商談が進むのを待っている。
「どっち?って後はサユリの好きな方にしなよ」
中身はほとんど変わらないテレビ。違うのはメーカーとデザインぐらいだ。
「こちらの商品は…」
頼んでもいないのに、店員が説明を始めた。よくわからない言葉が目の前に並び、ヨウスケはウンザリした。
「こっちのはシャープなデザインでしょ!もう一つは丸みを帯びてるんだよ、だから…」
いきなりヨウスケの視界の下の方から声がした。目線をずらすと、先ほどの小学生たちだ。さっきの声は、ポッチャリ小学生の声のようだ。店員は怪訝な顔をする。
「また君たちか?…ちょっとは大人しく…」
「いいよ。続けて」
店員を遮り、ヨウスケは言った。
「だからさ、右のはデザインに存在感があって力強いけど、左はデザインは丸みを帯びててはっきりしないよね」
「…そうだね」
「たぶんね~右のは存在感と力強さで合う部屋は決まってくる……でもね左のは丸みを帯びてて…なんていうんだろうなあ…」
小学生は言葉に詰まり考える。
「……しなやか?」
ヨウスケ
「そう!それだよ~しやなか!だからどんな部屋にも合うよ~そうおもう」
「しなやか…」
ヨウスケは繰り返した。ヨウスケは微笑んだ。
「お兄ちゃん、さっきより明るくなったよ」
「いかがなさいますか?」
店員
「彼らが進めてくれた、しなやか、なデザインでお願いします」
小学生達をみながらヨウスケは言った。
「じゃあ~そんな感じで」
サユリは言った。
「わかりました。少々お待ちください。」
そういうと店員は、どこかに消えていった。小学生もどこかへ消えていた。
「しなやか…」
ヨウスケは繰り返した。
「最近の小学生は家電製品に詳しいのね」
「ああ、そうみたいだね」
「しなやか」だからスカイツリーは立ってられるのだろう。不安や暴力、焦り、いろいろな雑念に囲まれながら…
人は…弱い、真っ直ぐで、強ければ強いほど、ポキリと心は折れる。ヨウスケ自身がそうだったように…
しかし、倒れてもまた起きあがる。そしてまた倒れる。気がついたらまた元に戻ってる。
再発の不安…考えること自体が間違いなのかもしれない。
ヨウスケは思った。
しなやかに…
しなやかに…
テレビは自分達の手で持ち帰ることにした。カートでテレビの入った段ボールをヨウスケ達の車に運んでいく。
「教えられたなあ」
「え?」
「サユリちゃんさあ~」
「なに?」
サユリはヨウスケの顔をのぞき込んだ。
「帰りは俺が車、運転するよ」
「……そう、免許は?」
サユリは少し驚いたような顔をすると、聞き返した。
「実は偶然もってんだよね~」
得意げにヨウスケは言った
「いいよ~ペーパードライバーくん、キミに譲ろう」
サユリは何食わぬ顔で言うと、車の鍵を手渡した。
「じゃあそんな感じで」
ヨウスケは微笑んだ。
車に乗り込むと、アクセルをゆっくりと踏む。「出口」と 書かれた看板に向け、車をゆっくりと走らせる。
「右見て、左見て」
ヨウスケはハンドルを握りながら、声に出す。
「ゆっくりでいいからね」
心配そうに助席のサユリが言った。
「うん、そんな感じで」
西日が眩しい。
ヨウスケはアクセルをもう一度踏み込む。
しなやかに走り出したその車は、しばらく止まりそうもなかった。




