①
まだ未完成…
東京スカイツリーの見えるどこかで…
目の前の窓ガラスから建造中の東京スカイツリーの全貌が見えた。天気がいい。それを眺めながらヨウスケは缶コーヒーを一口、口に含んだ。口いっぱいに独特の風味が広がる。
その風味を感じながらヨウスケはベンチに腰を降ろすと、近いうちに完成するだろう東京スカイツリーの全貌を想像した。とりあえず東京タワーよりはデカいはずだ、と思いつくとそこで考えるのをやめた。
サユリはまだ帰って来ない。下の階のテレビ売場で店員と値引き交渉に入っているのだろう。
よし!ヨウスケくん!地デジに変えるよう!
付き合って五年になる彼女、サユリのいつもの突然の思いつきで、ヨウスケは彼女と新しく地デジ対応のテレビを買う決意をした。正確にはさせられた。車の運転はもちろんサユリだ。ヨウスケはここ何年も、車のハンドルを握っていない。何をするにも自信が持てなかった。
サユリの運転で引きずられるようにして、ヨウスケは長い買い物を待つはめになり、大手家電量販店の建物の五階の休憩室に商談の下手なヨウスケは居た。お店の名前はタロウだかジロウだかの名前が後に続きそうな苗字のような名前の店だった。
ヨウスケはベンチに腰掛け、缶を自分の隣に置いた。コトンという音が休憩室に響く。その後に自販機の冷蔵庫の機械音がした。ふ~っ、と息を吐いた。人の多いところは嫌いだ、ヨウスケは思った。携帯を開き、コミニティサイトに接続する。自分のブログに誰が接続したか眺めた。3件か?多いほうか?自分に興味を持ってくれているかはわからないが、他人にわずかであるが干渉されることは、ヨウスケは嫌いではなかった。
自分の履歴などを確認していると、後ろのほうで階段を登る音がした。乱暴な足音だ…子供だな!とヨウスケにはすぐにわかった。彼が少し振り向くと小さい影が2つに、その2つより頭1つ出ている少し大きめの影か
見えた。ヨウスケの体が少し強ばる。
「おお~ここだぁ~みろよぉ~」
身長の高いポッチャリした男の子が大きな声で窓の向こうにみえるスカイツリーを指さして言った。
「おお~見える見える」
「すごいすごい」
小さい男の子2人が高い声で、続いて言った。チラッとヨウスケが名札を確認すると○○小学校2年生と見えた。この辺りの小学生だろう。
3人とも半ズボンで、ポッチャリとした男の子は小さい男の子2人よりも頭1つ分大きい。3人とも同い年のはずなのに、なんともアンバランスだ。3人はヨウスケの座っているベンチとその横にある自動販売機を目指して、近づいてきた。
ヨウスケの体が強ばった。対人恐怖は中々治らないらしい。
5年前、ヨウスケはサユリとつきあい始めた。姉御肌のサユリと、妙に人当たりがよく、少し頼りなさそうなヨウスケの凸凹カップルは周囲の予想とは裏腹に、交際は順調だった。男まさりでハキハキとしたサユリ、真面目で優しい、だが、どこか要領が悪いヨウスケ、時折、衝突を繰り返しながら2人の関係はうまくいった。
2人とも同じ会社勤めで、勤務態度もしっかりしており2人は仕事でも息があっていた。
しかし、付き合い初めて3年目、それはやってきた。
毎日仕事に精を出していたヨウスケはある日営業先で急に、笑い方がぎこちなくなる自分に、気づいた。なぜか人と接することが怖くなり始めた。朝も起きられなくなり、サユリや上司に起こられる日々が続いた。
ベッドから起きるのが辛い。
会社に行くのが辛い。
人と話すのが辛い。
外出するのが辛い。
人より劣っていることが辛い。
生きているのが辛い。
気がつけば自分は何のために、生きているのかわからなくなっていた。
希望というものをめてなくなっていた。
そんな日々が半年続いた頃、ヨウスケは自分に起こっている事態をなんとかしようと、病院へ自ら行った。
そこで医師には『うつ病』と診断された。生きることに対する辛さや、対人恐怖はそこからくるらしかった。
サユリは最初その診断を聞いた時、信じようとしなかった。
そして周囲も…… 次第にヨウスケは、怠けているだけだ、辛いのは自分だけだと思うな、仮病だろ、そんな陰口をたたかれた。サユリもヨウスケには呆れていた。医師から渡された薬をもらい、それを信じ飲み重いから体を引きずりベッドへ…自ら動ける日は動き、動けない時は動かない。薬の副作用のせいで、吐き気は起こり、めまい、頭痛、ひどい肩こり、性欲の減退…サユリをまったく満足させることができない。
ときどき押し寄せる自責の念、自殺願望、対人恐怖、ヨウスケは苦しんだ。そして、そのことをわかって貰えない苦しみ…
少し元気が出ると重い体を起こし、サユリと街を散歩した。人とすれ違う度に何を思われているか怖くなった。人間不信に陥った。
しかし、運がよかったのか?医師がよかったのか?何度も浮き沈みはあったが、ヨウスケは徐々に回復していった。
そして減薬の結果、半年前、ヨウスケは医師から完治を宣告され薬から、心の病から開放された。初めは理解をしてくれなかったサユリも、徐々にうつ病に対して理解を示した。支えてくれたサユリに、本当にヨウスケは感謝していた。
ヨウスケはハッとして、強ばる体の力を抜く。小学生たちは、飲み物を選ぶのに夢中だ。
「やっぱりぃ~さぁ~お金ないから割り勘でコ~ラにしよう」
ぽっちゃりとした男の子が言った。ヨウスケは、小学二年生の男の子が使う「割り勘」という表現がおかしかった。
ガタン!
小学生は赤い缶のコーラを買ったようだ。
「おれが最初な」
ポッチャリ小学生
「じゃあ俺2番!」
「僕サンバン~!」
声が大きいがそのやりとりはどこか可愛らしい。
ポッチャリ小学生はコーラの缶をあけた。パシュ!と言う音がした。どうやら吹き出すことはないようだ。口をつけ飲もうとする。
しかし、小学生はその動作を途中で止めてしまった。ヨウスケは携帯を打つフリをしながら、そのやりとりを見守った。
「…なんかさ~トイレ行きたくない」
小太りの小学生が言った。
「そうだね!行こう行こう~ツレションだあ」小柄な男の子達が同意したようだ。
しかし、彼らは動かない。
「………」
「………」
ヨウスケは彼らの視線を自分の方へ感じた。体が強ばる。ジ~っと小学生たちがこちらをみている。携帯をみるフリをしながら、彼らがトイレに向かうのをヨウスケは待った。
視線は依然、ヨウスケに注がれているようだ。なんなんだ?一体?俺が何かしたのか?顔に何かついてるのか?様々な憶測を思いながら、ヨウスケは携帯を見つめるフリをし続けた。体は強ばっている。
「……」
「………」
「お兄ちゃん!あのさ…」
突然、ポッチャリ小学生が口を開いた。思わずヨウスケは声を出しそうになる。
「これ、僕らがトイレ行ってる間に預かっててよ~」
「へ?あああ、いいよ」
ヨウスケは戸惑いながら反応する。
「お兄ちゃん、よろしくね」
そういうと3人はコーラの入った缶をヨウスケの座るベンチに置き、トイレに向かって元気よく走って行った。
「俺は見張りかよ」
ヨウスケは呟くと、微笑した。肩の力が抜けた。




