第八話:軍師の意地、異分子(いぶんし)の火
小田城の本丸は、奇妙な熱気に包まれていた。
戻ってきたばかりの古参の軍師、天羽源鉄斎を前に、氏治が身を乗り出して語っている。
「……源鉄斎、聞け! 浪紫殿の策は、それはもう見事なものだったぞ! 毒の塩で城内を腐らせ、敵の猛将を社の祈祷へ釘付けにし、その隙に隠し道を抜けて……。まさに、神がわしに授けてくれた軍師よ!」
大袈裟に身振り手振りで褒めそやす氏治の言葉に、源鉄斎の眉間の皺が深まる。長年、小田家の知恵袋として支えてきた自負がある彼にとって、浪紫という「出所不明の男」へのライバル心が、烈しく燃え上がっていた。
「……殿。左様なまやかしに頼らずとも、我が一族が揃えば城など……」
「いえ、源鉄斎殿。誤解しないでいただきたい」
浪紫は、冷めた声で割って入った。
「私は行きがかり上、小田殿を助けたに過ぎません。軍師という重責に就くつもりも、この地に長く留まるつもりも毛頭ないのです。……これからは、地勢を知り尽くしたあなたが主導すべきだ」
浪紫の合理的な譲歩に、源鉄斎は毒気を抜かれた。浪紫はこの「新たな優秀な人材」を使い、自分の負担を減らすことを即座に選んだのだ。
「……ならば、教えよ。この常陸でどう生き残る」
源鉄斎が促すと、浪紫は白地図の上に、現代の知識とゲームで培った「佐竹や上杉の動向」を重ね合わせた。
「小田領の強みは、この圧倒的な民草の忠誠心。弱みは、兵站の脆さと情報網の欠如です。源鉄斎殿、あなたが領内の隠し蔵を管理し、私が物流の仕組みと、敵の次なる一手に対する『想定』を組みます」
源鉄斎主導の復興計画。浪紫はその裏方に徹し、リスク管理に専念する……はずだった。
だが、数日が過ぎる頃、浪紫の心境に変化が訪れる。
城門の外では、ぼろ布を纏った領民たちが、自分たちの食い扶持を削ってまで「殿に」と、泥の付いた芋や僅かな豆を運んでくる。幾度落城し、負け続けても、彼らは氏治という男を見捨てない。
(……非合理的だ)
浪紫は、手元の帳面を叩いた。
(効率も計算も無視した、この異常なまでの結束。この『弱小勢力』が、なぜ滅びない? ……いや、待てよ)
浪紫の胸の中で、かつて高難易度のシミュレーションゲームに挑んでいた時の、あの暗い情熱が疼き始めた。
「小田氏治で天下統一」――ゲーマーの間では「狂気の縛りプレイ」と呼ばれる無理難題。
(自分の命が一番だった。だが、この圧倒的なまでの劣勢と、この愛すべき無能な主君……。これを使って、最強の上杉や佐竹を叩き潰せたら、コンサルタントとして、これ以上の『成果』はあるか?)
浪紫の眼鏡の奥に、かつてない冷徹な、そして熱い光が宿った。
「……源鉄斎殿。復興の道筋は変えませんが、一つ付け加えます」
「何だ、浪紫殿」
「小田城をただ戻すのではない。ここを常陸最強の『要塞都市』へと造り替えます。……縛りプレイは、ここからが本番だ」




