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第三話:泥中の再建計画

夜明け前の蒼い光が、一行が辿り着いた小体こていな砦の板壁を照らし出していた。

 追手の目を逃れた安堵感よりも先に、疲労と空腹が兵たちの肩に重くのしかかっている。

「小田殿、まずはこれを」

 浪紫はしが差し出したのは、砦に残されていたわずかな麦と、干し上がった芋のつるを煮込んだかゆである。

 氏治はそれを一口啜ると、ふうと長い息を吐いた。

「……生き返るとはこのことよ。浪紫殿、お主の作るものは、不思議と力が湧く。わしは戦には弱いが、旨いものを見分ける鼻だけは利くつもりだの」

 氏治は、泥に汚れた浪紫の手元を、いたわるような温かな目で見つめた。

 その時、一人の家臣が血相を変えて駆け込んできた。

「殿! 上杉の斥候せっこうが麓の村に現れました! 収穫前の田畑を接収し、我らへの兵糧を断つ構えにございます!」

 広間に緊張が走る。逃げ延びた先で、再び食を断たれる。これは死を意味する。

「……上杉も合理的ですね。まずは補給路を断つのが定石じょうせきか。今の時代なら、妥当な判断といえます」

 浪紫が独りごちると、氏治が不思議そうに復唱した。

「……じだい? 妥当だとう……? 浪紫殿、お主の物言いは、時折わしらの知らぬ風が吹くのう。じだい、か。聞いたことのない言葉だが、なぜかわしの胸に妙に響く響きだ」

 氏治は面白そうにその言葉を口の中で転がした。浪紫は一瞬、しまったという表情を浮かべたが、すぐに取り繕った。

「失礼しました。要は、敵も我らと同じく腹が減っているということです。小田殿、今すぐ農業を立て直す時間はございません。今はまず、敵の喉元に刺さった『骨』となるべきです」

「具体的にどうするのだ。こちらは敗残の少勢。正面から戦えばひとたまりもない」

 菅谷政貞が鋭く問い詰める。

「私の故郷に伝わる計略があります。小田殿、上杉が村から奪おうとするのは『完成した食料』です。ならば、我々は村人に命じて、わざと食料を隠させ、あるいは『傷みやすいもの』だけを上杉に渡すよう仕向けます」

「……どういうことだ?」

「今ある米や野菜に、特定の野草や大量の塩を工夫して混ぜ、食せば激しい腹下しを起こすが、命には別状ない『呪いの兵糧』を作るのです。上杉の兵が腹を壊し、戦えなくなった隙に、我々が本物の兵糧を密かに回収し、この砦へ運び込む。彼らが『呪いだ』と恐れ、村から手を引くように仕向けるのです」

「……呪いか」

 氏治は面白そうに目を細めた。

「力で奪うのではなく、敵の胃の腑を攻めるというわけか。浪紫殿、お主の知恵は恐ろしいの。政貞、浪紫殿の言う通りの工夫をした食い物を用意するよう、麓の村人に伝令を。そして、村人にはわしが責任を持つゆえ安心いたせと伝えよ」

 浪紫は、泥まみれの地図を見つめながら、自らの知識を戦国の「現実」へと翻訳し続けていた。

(……とりあえず、この場を凌がねば私の命もない。氏治という男を『利用』して生き延びるためにも、まずはこの胃袋を賭けた戦いに勝たねば)

 常陸の山あいに、新たな反撃の、いや、極めて「合理的」な嫌がらせの幕が上がろうとしていた。

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