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【前を向きたくなる3分小説】壁際の約束

作者: 花*Hana
掲載日:2025/12/19

入口から1番奥、壁際のテーブル。

俺はこの場所が好きだ。

この店は街路樹が綺麗な道に面しているため、大体の客は窓際目当てで来店する。


だけど俺はこの場所が好きだ。

何故なら「一風変わった客」になることができるから。

もしくは「ごく当たり前の一般客」にも成りうる。


妻との待ち合わせはいつもこの場所と決まっていた。

仕事終わりにこの席で、もう片方が終わるのを待つ。


とても幸せな時間。


だけどある日から、妻はこの席に座らなくなった。

窓際の席で、いつも外を眺めている。

声をかけても上の空。

かと思えば突然立ち上がり帰路に着く。

ため息と共に。


店の中にも雨音が聞こえてきそうな、冷たい冬の夜。

俺は壁際の席で妻を待っていた。

残業をしているのだろうか。

いつになっても来ることはなかった。


「遅くまですみません、ご馳走様でした。」

店員さんは閉店作業に忙しいのか、返答がくることもなかった。


重たい足取りで店をあとにしようとした時、妻とすれ違う。

「なんだよ、遅かったな!今日もお疲れ様!」

安堵で胸を撫で下ろしたのも束の間。


「あの…。もう、大丈夫です。今までありがとうございました。」

妻と店員さんが、ノドに何かを詰まらせたかのような声で会話をしはじめた。


「あの席…あの壁際の席。最後に少しだけ、いいですか?」

今にも泣き出しそうな声。

店員さんは小さく頷くと、塩キャラメルラテとコーヒーを持ってテーブルに置いてくれた。


そうか。

俺はすでに「一風変わった客」でも「ごく当たり前の一般客」でもなかったんだ。

コーヒーをひとくち飲むと妻は少し驚いた顔で、そしてすぐに涙を流した。


「あなた…私はもう大丈夫。これからは、壁際でも窓際でもない、真ん中の席に座りますね。」


待つことも、探すこともしない。

それは前へ進むための覚悟だった。


俺もそろそろ、上へ進んでいいのかもしれない。





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