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乙女ゲー

時よ戻れ、と彼は願った

作者: 東稔 雨紗霧

 ある日、婚約者のオリヴィアが高熱を出して寝込んだ。

 家にある池に落ちて風邪をひいてしまったらしい。

 そして一週間後、目覚めた彼女は全くの別人になっていた。

 それまでのオリヴィアは自分の要望が少しでも叶わないと癇癪を起す様な我が儘で、自分以外の人間は絶対に自分の言う事に従わなければならないと考えるような高慢な女の子だったのに、目を覚ますと彼女は癇癪を起こす事も無く、高慢な考えは鳴りを潜めて人と自分は平等な存在だと考える様になっていた。

 寝込んでいた事で何か心境の変化があり、大人になったのだろうと周りの大人達は言う。

 明るく優しい素晴らしいお嬢様だと使用人達からもっぱらの評判で、誰からも好かれるようになったオリヴィア。

 僕はそんな彼女の変化を喜ぶ周囲の人達とは逆で、変わってしまった彼女に悲しくなった。


 我が儘で高慢な彼女が可愛くて大好きだったのに、彼女は変わってしまった。

 まるで別人のように。

 大人になったのだと、自分が王子の婚約者だと言う自覚が出てきたのだと周りの人間は言うが僕にはとてもそうとは思えない。

 彼女は自分の意思や考えがはっきりしていてとても強い子だった、そんな子が一週間寝込んだ程度であんなに変わるだろうか?

 大きな違和感を覚えた僕は彼女を良く観察する事にした。

 王宮で行われる週に一度のお茶会で本人に悟られない様に気を付けながら今までの彼女と違う所がないかじっくりと観察すると、お茶会での所作や話し方が以前と少し違う。

 以前の彼女はケーキを食べる前に手を合わせる様な動作はしなかったし、軽く膝を曲げて挨拶はしても、頭だけを下げる様な挨拶はしなかった。

 話す内容も以前よりも知識が豊富になっており、東にあると言う僕の知らない遠くの国の事を話す様になっている。

 僕は確信した。

 これは彼女ではない、彼女の皮を被ったナニカ(・・・)だ。


 では、本物の彼女は何処に行ったのか。

 僕はそれを調べる為にオリヴィアがまた池に落ちたりしない様に彼女の護衛と言う名目で王家の隠密部隊『影』を監視に付けたいと父である国王にお願いをした。

 愛しい婚約者の全てを知りたいのだと主張すれば幼い王子の滅多に無い可愛い我が儘だと周囲は受け入れてくれる。

 独り言も含めて彼女の言動を逐次報告する事と、以前彼女が池に落ちた事に事件性が無いか調べる様にと影に命令して不安な気持ちで報告を待つ。

 最近の彼女は以前よりも活発になり、外出する機会が増えた。


 ナニカが王宮魔術師長の息子と共同で新たな魔術理論を構築したらしい。

 僕の婚約者だからを大義名分に出来るだけ他の人間と接触させないようにしてきたが、両親が事故に巻き込まれるのを防いでくれたお礼をしにきたとオリヴィアの家に押しかけ、そのまま話の流れで共同研究する事になったのだとナニカが言った。

 「これは国益となる共同研究なのですから貴方に邪魔される謂れは無いですよね?」と魔術師長の息子は挑発的な目付きで僕に言ってきた。


 ナニカは護身用に剣術を習いたいと両親に強請り、何故か騎士団長がナニカの指南役に決定した。

 例え王子の婚約者であっても決して騎士団長は一介の令嬢の剣術指南ごときで貸し出して良い人物では無い。

 そう主張したが聞き入れて貰えず週に二日、騎士団長はナニカの家へ剣術指南をしに来るようになってしまった。

 呼んでもいないのに騎士団長の息子もおまけで付いてくる。

 「親と比べて才能が無いと落ち込んでいた俺を彼女は慰めてくれたんだ。俺はそんな彼女に剣を捧げて守りたいと思ったんです」と騎士団長の息子はキラキラとした顔でそう語ってきた。


 ナニカは街に出かけた際に宰相の息子が誘拐されるのを偶々目撃して彼を助け出したらしい。

 その事件を切っ掛けに二人は偶に政治討論をして交流するようになり、ナニカが話す政治理論や政策に触発されて今までに無い視点からの議案を提出してくる様になった。

 「彼女のお陰でこの国の現状がしっかりと見えたんだ、彼女が見る未来の為に僕は努力するよ」誘拐され、スラムへと連れ攫われた事で貧民の事を知れたと、宰相の息子はやる気に満ち溢れた顔で宣言した。


 ナニカは外出先で宰相の息子、王宮魔術師長の息子、騎士団長の息子と国の中枢人物達の息子やその危機に遭遇しては交友を深めていく。

 王子の婚約者に成り代わり中枢人物の息子と接触をするナニカの目的は国の乗っ取りだろうか?

 どう考えても、そうとしか思えない行動を取っている。

 ナニカは彼らの両親の事故を防いだり、親と比べて才能が無いと落ち込んでいたのを慰めたり、誘拐されたのを助けたりして彼らの信頼を勝ち取り、その後順調に親睦を深めていると言う報告に『僕の婚約者なのに他の男と仲良くなるなんて嫌だ』と言って彼女と彼らがなるべく遭遇しない様にしろと影に命令する。

 そうこうしている内に上がってきた報告には彼女が魚を見ようとして足を滑らせて池に落ちた前後で怪しい者の出入りや行動をした者はおらず、一週間寝込んだら今のみんなに好かれる彼女になっていたと言う内容が記されていた。


 信じたく無かった、信じたくは無かったが影の報告で示される結果は一つだけでナニカはオリヴィアと入れ替わったのではなく、オリヴィアに成り代わっていると言う事だった。

 バカバカしい話だ。

 誰に言っても子供の与太話だと信じて貰えないだろう。

 確証は無い、けれども……なんとなく、なんとなくだけど……僕はオリヴィアが池に落ちて寝込んだその時に、この世から消えてしまった事を確信してしまった。



「ああ、オリヴィア……僕のオリーヴ」



 愛おしいあの子が悍ましいナニカに奪われてしまった。

 誰に看取られる訳でもなく、誰かに知られる事も無くあの子はこの世から去ってしまった。

 あの子から全てを奪い取ったナニカは涼しい顔をしてオリヴィアとしての人生を生きている。

 名前も体もこれからの未来も何もかもを奪われるのを屈辱と言わずして何と言う?

 本物のオリヴィアであれば怒り狂い、ありとあらゆる手段を講じて何としてでも奪われた物を取り返そうとするだろう。

 オリヴィア、抗う事もできなくなった君の代わりに、僕が必ず君の屈辱を晴らしてみせるよ。


 アーサーは憎悪に燃える瞳で夜空を睨み、強くそう誓った。



✻✻✻


 母が流行り病で病死した。

 喪に服し、王宮で自分も悲願を遂げる前に母と同じ病で死ぬかもしれない恐怖と母を亡くした悲しみに暮れているとナニカは僕の傍に寄り添い『大丈夫、大丈夫ですよ。アーサー王子は絶対に死なないし、私も傍から居なくなったりしないですから』と囁いてくる。

 その言葉に心が惹かれかけた事にゾッとした。

 もし、彼女がナニカではなく彼女のままであれば僕は今の言葉を喜んだだろう。

 何も気付いていなければ悲しみに寄り添って慰めてくれる彼女に依存し、心底から彼女を愛し、執着していたに違いない。

 そんな可能性に思い至り、心底から嫌悪感が湧き出てくる。


 婚約者の皮を被った悍ましい化け物からの慈しみなどいらない。


 国益を言い訳にして、仕える相手である王に敵愾心を投げ付けてくる愚か者などいらない。


 王に剣を捧げる騎士団長の座に就きたいと言いながら、捧げるべき相手を違える様な愚か者などいらない。


 王を廃そうとする政策を夢想し、国の為にではなく彼女の為にとほざく様な愚か者などいらない。


 いらない、いらない、何もかもいらない。

 欲しいのは今も昔もただ一つだけ。



「オリーヴ」



 燃える庭園でアーサーは笑いかけた。

 視線の先には困惑した顔のナニカが居る。



 「アーサー様、ここは危険です!早く逃げましょう!」



 手を掴み、走り出そうとするのを逆に引き寄せて抱きしめる。



 「アーサー様!今は戯れる時では」

 「僕は何年もずっとこの時を待っていたんだよ」

 「え?」



 隠し持っていた短剣を腕の中に居るナニカの背中に深く突き刺すと、ナニカは驚愕を浮かべて地面へと崩れ落ちる。



 「な、なにをっ誰か……!」

 「お前は僕のオリヴィアじゃない」

 「っ!」



 目を見開くナニカ。

 何事かを喚いているが聞く価値も無い、僕ナニカを中心に地面に魔方陣を構築していく。

 これの構築に必要な魔力は国の霊脈を細工してこの庭園のこの場に貯まる様にした。

 座標はナニカに突き刺した魔剣、発動の引き金は僕の魔力で術の対価はナニカの命だ。

 王宮の禁書庫で見つけたこの方法を実行する為に今までこの憎く悍ましい存在に笑顔を向け、オリヴィアと同じ様に接しなければならない屈辱に耐えてきた。

 禁書の呪文を一節、また一節と唱えていく毎に魔方陣の淵から黒い腕が這い出てはナニカのへと纏わり付いていく。

 ようやく僕の夢が叶いそうだ。


✻✻✻


 「アーサー様!」



 麗らかな日差しの中、王宮の庭園を歩いていたアーサーに声がかかる。

 振り返ると彼の愛しい婚約者であるオリヴィアがにこにこと笑いながら近付いてきた。



 「また新たな魔術理論を発表されたそうですね。素晴らしいです!今までに無い視点から構成された理論、あんな発想わたくしでは思い付きませんでしたわ!」

 「あはは、ありがとう」



 それはそうだろう、あの理論は未来での君だったナニカが発表していた物だ。

 先に自分が発表してしまえば彼女がその理論に思考を回し、またあのナニカに乗っ取られる切っ掛けと危険を遠ざけられるかもしれない。

 二度と彼女を失わない為に出来る事、打てる手は全て打っていく。

 ナニカの魂を対価に僕は時をオリヴィアが池に落ちる前に巻き戻した。

 時が戻った事を確認した僕は直ぐにオリヴィアの家の池を埋め立てる様に命令した。

 そして何があっても今後、一切水場に近寄る事が無い様にと護衛の影達も付ける。

 対価にされた魂は過去、現在、未来の全てから消滅し存在しなかった事になるが、それでも万が一またナニカが復活してオリヴィアを失う事になったら僕はもう耐えられない。

 僅かな可能性であろうとも潰して彼女がまたあのナニカに乗っ取られる事が無いように、ナニカが関わった事をオリヴィアから引き離していく。


 両親が事故に巻き込まれるらしい魔術師長の息子は両親と共に事故に巻き込まれて貰った。

 剣術に興味を持つ事が無い様に母上にお願いしてオリヴィアに合いそうな趣味を紹介して貰った所、彼女はヴァイオリンの楽しさに目覚めたらしく、剣には見向きもしなくなり、騎士団長の息子は可もなく不可も無くと言った腕前に落ち着いた。

 宰相の息子が誘拐されるのはスラム街の整備と改革を行った所、事件さえも起きず彼も父と同じく堅実で保守的な政策を提出する様になった。

 結局のところ、彼らは優秀ではあるがそれは突出して優秀と言う訳では無く、親が要職に就いており将来を滞りなく引き継げる基盤があるからと選ばれた側近候補達でしかない。

 才能だけで見れば彼らと同程度の者は他にもいる。


 流行り病の薬と対策を万全に整え、国での流行を早期に沈静化させる事ができたので母上が病で亡くなるのを防ぐ事ができ、他には何の憂いも無い。



 「オリヴィア、僕のオリーヴ」

 「なんです、アーサー様?」

 「愛しているよ」



 僕の言葉に頬を朱に染め、照れた様に笑う彼女。

 かつてあれほど焦がれ、ようやく取り戻した彼女の笑顔に僕は心からの笑顔を返した。



 アーサーはオリヴィアの癇癪は自分の考えをしっかりと持っている表れで、高慢さは将来この国の頂点に並び立つ者に必要な資質でもあると考えており、好意的に見ていたため二人の関係は良好でした。

 オリヴィアも自分を認めてくれるアーサーの愛に答える為に努力をし、将来的には幼い頃の悪評など関係なくなる程に優秀な妃となる筈がナニカに全てを奪われたのです。

 アーサーが禁書を見つけなかったIFでは彼は婚約者を化け物呼ばわりして怪しげな魔術を試そうとする気狂いとして処分されてしまうので全部お終いです。


ナニカ視点も投稿しました↓

https://ncode.syosetu.com/n7823le/

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