シャルロット(廃墟の神殿)
宮殿に向かう途中夜になったため、シャルロットたち一行は護衛が見つけた廃墟の神殿で夜を明かすことになった。
ルビアに付き添われて馬車から降りたシャルロットは、辺りを見渡して少しだけ心を浮き立たせた。
探索者たちが探索する遺跡は、こんな感じなのかしら? 柱の影とか、崩れた壁の裏側から魔物とか出てきそうだわ。テネリスタさんたちが事前に確認してくれたから、ここが単なる廃墟だとは分かっているけれど、探索者になって旅をしている気分になるわね。
「皇女様! 何があるか分かりませんから、早く騎士たちの所に戻りましょう!」
ルビアが怯えた様子でシャルロットの横を歩きながら、周囲を見回している。
「心配し過ぎよルビア……あら?」
ルビアを宥めながら、馬車から見えない神殿の陰まできたシャルロットは、ところどころ朽ちている巨大な石柱に埋め込まれた石飾りを見つめて呟く。
石飾りには魔石言葉が刻まれていた。
砂で覆われていて読みにくいけれど、転……移、転移かしら? 言葉が刻まれているということは、この石飾りは魔石なのね!?
「ルビア見て、この石柱、転移門よ! こんなに大きな転移門、初めて見たわ。魔石言葉も古代の文字で刻まれているし、きっと古代に造られた物なのよ……凄いわ!」
ランドールお兄様に古代魔石言葉を教わっていなければ、気付けないところだったわね。
シャルロットのもう一人の兄、ロプトル帝国の第二皇子レスプランドール。彼は子どもの頃から知識欲が豊富で、常に本の海に溺れているような人であり、それが高じて魔石技師でもないのに、魔石言葉にも詳しかった。今では魔石技師養成学園都市に客員講師として招かれるほど、その知識量は凄まじい。
「ロッティ様!! 不用意に触らないでください! どこに飛ばされるか分かりません。騎士たちに知らせましょう」
魔石が勝手に作動することなんて、あるのかしら?
石柱を囲むようにして石畳にも埋め込まれている魔石を、砂を払いながら確認する。
ここには、魔……力、自動……吸収? 座標……あら?
「……ルビアごめんなさい。少し遅かったみたいよ? 門が起動してしまったみたい……」
魔力自動吸収の魔石がシャルロットの魔力を吸い取り、他の魔石も次々と反応し始めた。
背後にいるルビアに呑気な表情を向けるシャルロット。周りの風景が霧に覆われるように薄まっていく。
座標がどこなのか、古代の地名みたいで分からなかったわね……飛ばされた先でテネリスタさんに無事を伝えなくては……。
ルビアが鬼のような形相をしてシャルロットに手を伸ばしてくる。
「ロッティ様ッ!? 私も行きますっ!」
幼い頃、飛行魔法で宮廷を抜け出そうとした時と同じ表情をしているわ。あとで大目玉を喰らいそうね……。
ルビアがシャルロットの手を掴むと同時に、二人の姿がその場から消えた。
◆◆◆
シャルロットが飛ばされた先で最初に感じたのは、肌を優しく撫でる涼やかな空気だった。
それから水滴が落ちる音と、近くを流れる川のせせらぎが聞こえてきた。
ゆっくりと視界が開けて、シャルロットの目に映ったのは、薄暗い空間の中に広がっている水属性魔石が埋まった洞窟だった。
ああ! 天然の魔石があんなに沢山……なんて、なんて美しい光景なのかしら……!
洞窟が真っ暗ではないのは、魔石が蒼白い輝きを放ち周囲を照らしているからだ。
幻想的な光景に吸い寄せられて、シャルロットは足下も確認せずゆっくりと遠くの岩壁に向かって歩き始める。
「ロッティ様!!」
切羽詰まったルビアの叫びとともに、腕を引かれて立ち止まった。
「き、気をつけて下さい! 危うく足を踏み外されるところでしたよッ!」
「……ごめんなさいルビア。夢中になり過ぎてたみたいね。まさか、足下が崖だなんて思ってもみなかったの。助けてくれてありがとう」
あと数歩でも前に出ていたら、シャルロットは崖から水流の中に落ちていただろう。
ルビアの蒼白になっている表情を確認しながら、腕を力強く握ってきている手に触れて、労わるように撫でる。
こんなに冷たくなって。はしゃぎ過ぎてしまったわ。反省しないと。あの転移門は一方通行みたいだったのよね……ここには転移門がないみたいだし、ルビアに心労をかけさせ続けたくもないから、まずはテネリスタさんに状況を伝えなくては。
「気になることに一直線なのはロッティ様の魅力ではありますが、私の心臓が持ちませんので程々にして下さい……」
シャルロットから手を離したルビアが、自身の胸元を撫でながら座り込む。その動きに釣られてシャルロットまで隣に座ってしまう。
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね? でもまあ、ルビアの心臓を脅かさないよう注意しようと思うわ」
ルビアに反省の意を示しながら、通信魔石を作動させようとして失敗する。
どうしたのかしら?……まさか、壊れてしまったの!?
耳から魔石を外してひび割れができていないか確認する。
立ち上がって崖ではない場所を歩き、洞窟の水属性魔石の仄かな灯りを頼りに、ためつすがめつして、シャルロットは小首を傾げた。
耳飾りとしての装飾を施された通信魔石。いつもと変わらない煌めきを放っている。
変ね……? もう一度試してみようかしら。
通信魔石を耳に付け直して、先程より強めに魔力を流し、テネリスタの姿を頭に思い描く。
『皇……殿……! 聴こえ……か!? ……ご無事……下さい!』
今度は通信が繋がったが、それは雑音混じりでお世辞にも繋がったとは言辛い状態だった。
馬賊の襲撃のときでも冷静だったテネリスタの焦り声。もしかしたら、シャルロットたちの姿が見当たらなくなった時から、何度も通信を試みていたのかもしれない。
「聴こえているか分からないけれど、私たちは無事よ。心配かけてごめんなさい。神殿にあった転移門でどこかの洞窟に飛ばされてしまったみたいなの。時間はかかるかもしれないけれど、洞窟の出口を探して貴方たちの場所に戻れるよう頑張ってみるわね」
言い終わると同時に不安定な通信が途切れてしまった。
テネリスタさんたちには気苦労をかけてしまうわね……。無事なことが伝わっていたらいいのだけれど。向こうからの声があれだけ、途切れ途切れだったのだもの、全く伝わっていない可能性も考えなくては。移動しながら定期的に通信してみた方が良さそうね。
「……通信が繋がらないのですか?」
シャルロットの一連の様子を見ていたルビアが、不安げな表情で見上げてくる。
「そうね……壊れている訳では無いみたいだから、場所のせいかもしれないわ」
ここには魔石が沢山あるじゃない? そのせいで、通信魔石に不具合が起きてると考えるのが自然かしらね。
「ルビア、そろそろ落ち着いたかしら? 洞窟探索に出る心の準備はできていて?」
ルビアの肩に手を置いて、防御魔法をかける。ここから先は何が出てくるか分からない未知の領域なのだ。万が一にも大切な親友を失う訳にはいかない。
シャルロットの問いかけに頷くルビア。
ゆっくりと立ち上がった彼女を見て、シャルロットは優雅に微笑んだ。
シャルロットは光源魔法を使って、自身とルビアの前方を照らす。
目に優しい丸い発光体が、歩き出した二人の斜め上でふわりふわりと、往く道を照らし出していた。




