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帝国の第二皇女シャルロットと獣人国の王太子アーキルの結婚~「英雄とドラゴン」外伝~  作者: ヒトミ


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アーキルの素質

ウィサムが馬賊の頭目に自白させた孤児たちの居場所は、アーキルの予想とは斜め上の場所だった。


てっきり砂漠と海の境目(さかいめ)にある独立港湾都市に、攫われているものだと思っていたのだ。


それなのに、ウィサムに引き立てられて歩いている目前の男は、古代セル・ヒュドル王国の都があった遺跡に孤児を攫っていた。しかもよりによって神聖な王墓を盗掘するための人員として。


孤児を攫うだけでは飽き足らず、墓荒らしまでしてるだなんてな。度し難い奴だ。


崩れかけの民家の陰から襲いかかってきた、小型の魔獣、毒穴熊をククリ刀で両断して、空を見上げる。


もう夜になる……。皇女は今どこら辺にいるのか。順調に進んでいれば、今頃はあの廃墟で夜を明かす支度でもしているかもしれないな。


現セル・ヒュドル獣王国の都から北西に約一日がかりで辿り着く廃墟。アーキルたちが今いるこの王墓の方が都よりも余程、皇女がいるだろう廃墟と近い場所にある。


こんな近くに馬賊の拠点があるだなんて思ってなかった。皇女が他の馬賊に襲われてなければいいんだが。まあ、あの護衛たちがいれば、心配は不要だろう……。孤児たちの居場所も思いの外近かった。婚姻の宴前までに宮殿へ戻れそうだ。良いような悪いような、複雑な気分だな。


この古都のどこにいても王墓の位置はよく分かる。広い大地の外側から空に向かって一点に収束する積み重なった巨石。天を衝くように(そび)える石造りの建造物。永い年月によってその威容には、風雨と砂の傷が刻まれているが、(おか)しがたい神聖さは失われていない。


「キル様、立ち止まって何してんの? また黄昏(たそがれ)てるんですか? 早くしないと宮殿に戻る頃には、心の準備をする時間も無くなるよ」


ウィサムが王墓の入口から逸れた横穴から顔だけ覗かせて、アーキルを急かしてくる。


「黄昏ていた訳じゃない。ただ、考えごとをしていただけだ」

「それを黄昏てるって言うんじゃないの? まあいいや。早く来てよ。この先に孤児たちが居るみたいだからさ」


眉をひそめてウィサムに言い返したアーキルだったが、それを上回る舌鋒(ぜっぽう)で返され押し黙ってしまう。


ウィサムにかかれば俺の悩みなど、鼻で笑う程度の小さいことなんだろう。まあ、この気性に救われてもいるから、(とが)めることはしないんだが。今度ウィサムの養父と暗部の連中に会ったとき、あんまり悪影響を与えるなと忠告すべきか……?


アーキルは眉間を揉んで一頻(ひとしき)(うな)った後、横穴に向かって歩き出した。


◆◆◆


横穴の内部は馬賊が掘り進めでもしたのか、広い通路になっていた。


石壁には不揃いな間隔で松明が灯されており、拠点として長いこと利用されていた事が分かる。


今日まで王墓が荒らされていることに気付けなかったとは……自分のことで精一杯だったとは言え、情けない。


古代のセル・ヒュドル王家と現在の王家は別の血筋だ。それでも王族の端くれとして、王墓を守れなかったことがアーキルの心に暗い影を落とした。


馬賊が張った罠なのか、元々王墓に仕掛けられた物なのか分からない、踏んだら落とし穴や弩弓の矢が飛んできそうな石畳を避けながら、道を進む。


「ぼんやりしてるのに良く避けれるよね。前世は本物の探索者だったんじゃない?」

「……石畳の色が明確に違うだろ。ウィサムこそ、注意力散漫じゃないのか? いつもならこのくらい特徴があれば、真っ先に気づいてるだろうに」


馬賊の頭目に道案内をさせながら前を歩いているウィサムが、横目でアーキルの動きを見ていたのか、感心したように言ってきた。軽口がなければ、本当にウィサムの言葉なのか疑うところだ。


普通の石畳と、罠が起動する石畳。それぞれ、白石と薄ら輝いている蒼石に分かれている。どう考えても何かがあると警告してきている違いだった。


「……石畳の色? いや、分かんないんだけど……えっ? とうとうキル様、考え過ぎておかしくなっちゃった?」

「……ウィサム。そろそろ王族侮辱罪か不敬罪で牢に放り込むぞ」


度を越した少年の態度にアーキルは険しい表情になって立ち止まる。ふざけるにしても、限度というものを学ばせるべきか。


「……処刑じゃないんだ……優しいよねってそうじゃなくて! 本当に僕には分からないんだけど?」


ウィサムが馬賊を縛り付けている縄を手繰り寄せて立ち止まる。急に後ろへ引っ張られたせいなのか、男が潰れたカエルのような呻き声を発した。


「この違いが分からない? 石が蒼く輝いているのに?」

「……キル様にはそう見えてるんだ……()えないものが視える……精霊関係?」

「俺に視る力はないッ!」


精霊……精霊だと? そんなはずはない。これまで一度も視たことがないんだぞ。年に一度の雨乞いの儀式でさえ、水の精霊が応えてくれたことは無いんだ。俺は母上とは違う。期待されて失望されるのは、何度経験しても寂寞感(せきばくかん)が募るだけだ……。


「でも、キル様って、幼い頃は何も無い空間に向かって、笑いかけたり、何かと遊んだりしてたって、養父(とう)さんが昔、話してたんだけど。それに、王妃様だって昔は精霊術師だったんでしょ? キル様が精霊術を学ばないから、精霊が応えてくれないだけなんじゃないの?」


……そんなことは記憶にない。父上と重臣たちが一様に精霊術を学べ学べと言ってきていたのは、母上の血が流れているせいだと思っていたんだが……。違ったのだろうか……。


「なぜ今になって……いや、これが精霊と関係している現象だとはまだ、言いきれないだろ……ただ単に古代の特殊な魔法が発動しているだけとか、あるんじゃないか……?」


手で片目を覆い、輝く蒼石を見つめる。何度瞬きをしてもその輝きは無くならず、逆にはっきりしてきた感じがする。周囲の白石から浮かび上がる蒼は、まるで水がその流れを堰き止められて、時をとめているようにも見えた。


「キル様自身、有り得ないと分かってる仮説を立てるほど、信じたくない事実ってことは分かったよ。とりあえず、視えて悪いことじゃないから、孤児たちを助けてから考えない?」


目を閉じて深呼吸した後、アーキルはゆっくりと頷いた。


◆◆◆


王墓の奥へ歩くに連れて蒼石も多くなっていき、もっと奥へと急かされている感覚に陥った。


とうとうアーキルが先導する形で入り組んだ通路を通り過ぎ、広い空洞へと辿り着く。


まだ先に進まなくてはと焦燥感が募るが、空洞には攫われた孤児たちが居たため、焦りを抑えて子どもたちの縄を解いた。


だが、おかしなことに子どもたちは、泣いたり騒いだりしておらず、ぼんやりと虚空を見つめているだけだった。


「隷属の首輪も着いてないのに、どうなってんの? 変な薬でも飲まされてるとか? それにしては、顔色も呼吸も正常……魔法? いや、こういう魔法は禁忌だから、魔石を作った時点で発覚次第即処刑だよ……? 特級犯罪者がいないとは限らないけど……可能性は薄いし……気付け薬でも飲ませる?」


ウィサムが子どもたちの様子を一通り確認して、懐に手を入れた瞬間。空気が冷えた。


「それは困りますね。役たたずが一人と、招かれざる客が二人……ですか」


アーキルたちが来た道と反対側の通路から、黒いローブを纏った何者かが、悠然と歩いてくる。顔もフードで隠れていて、正体は分からないが怪しい人物だということは、発言からして明らかだった。


……いや、声はどこかで聞き覚えがあるような。知り合いか? だとしたら誰だ?


目を(すが)めて近付いてくる男を見る。


「……特級犯罪者……?」

「私をそんな虫けらと一緒にしないでいただけますか? 不愉快です」

「なッ!?」


男が孤児の前で屈み込んでいたウィサムの真横に転移した。正確には転移ではなかったのかもしれないが、アーキルにはそう見えたほどに一瞬の動きだった。


「ウィサム!!」


男の手がウィサムの首に触れる寸前。アーキルが指から外して投げた指輪型の転移魔石がウィサムにぶつかり、少年の姿が掻き消える。同時に彼が捕らえたままだった馬賊の頭目も一緒に消えた。ウィサムが縄を掴んだままだったからだ。


「……私の動きが見えたのですか? それとも、精霊術師としての勘でしょうか……もったいないですが、殺しておくべきかもしれませんね」

「……っ! 俺は精霊術師じゃない」


男がゆっくりとアーキルへ向き直る。その動きとは対照的に男の周りに浮かんだ氷片が、矢のように飛んできた。ククリ刀を腰から抜き放ち、氷片を捌く。捌きながらも、空洞の奥に向かって後退する。


高く鋭い音が広い空洞に何度も響き渡った。


この奥に、もっと地下に行かなくては。


焦燥感は収まること無く、アーキルを何処かへと向かわせようとしていた。


「いいえ。貴方は精霊術師になれる素質をお持ちですから、術師と言っても過言では無いのですよ。素質、血筋、心根。全てを持ち合わせていながら、素質がないと嘆いている者、それが貴方なのですから!」


激しくなる男の攻勢。捌ききれなかった氷片がアーキルの頬や手足に傷を負わせた。


男の愉悦が入り交じった笑い声が神経を逆撫でてくる。


素質があるあると、根拠もなくッ! 父上も、重臣たちも、この男すら!! 誰も彼も期待するだけしてッ! 毎年毎年! 儀式が失敗する度に、慰めてくるのは口だけだっ! 失望の眼差しに気付いていないとでも思っているのか?!


「お前は誰だ! 俺のことを良く知っている口振りのお前は……誰なんだっ」


奥の通路を通り過ぎ、広い行き止まりの空洞まで追い込まれる。


背後をちらりと確認すると、浮遊花(フロートブルーメ)の意匠が施されている固く閉ざされた扉があった。


この王墓に眠る王の間だろうか。


『……アー……キル? 久しぶり……? 夢? ……懐かしい……嬉しい、遊ぶ? ……でも遠い……もっと近くに!』


魔力とは似て非なる力が心の臓から無理やり引き出される不快感。同時に頭の中に直接響いてきた声と、目の内側に(はし)った激痛で、がくりと膝をついた。


それでもククリ刀を手放さなかったのは、簡単には死んではならない王族としての意地だろうか。


「……裏切り者……とでも言っておきましょう」


アーキルと男がいる空洞の石畳全体が蒼く輝き出す。


「では、死んでください」


男は石畳の変化を意に介さず、(ひざまず)いているアーキルの目前まで瞬時に移動し、上から傲然(ごうぜん)と見下ろしてきた。


フードの中から一筋の白金髪が毛先を覗かせる。


蒼い光に反射して、中の顔までは見えず、唇を噛み締めた。


男が手にしている氷の(やいば)。心臓に向かって振り下ろされる!


アーキルは過ぎ去りきらない痛みに冷や汗を搔きながらも、間一髪、ククリ刀で氷刃を防いだ。


男と距離を取るために立ち上がった瞬間。石畳が音を立てて崩れ始めた。


不安定になった足場に息を呑む。


「孤児に能力を使い過ぎましたかね……。また封印し直さなければ」


男の言葉を噛み砕く余裕もなく、崩れる石畳を足場にしながら男から距離を保つ。


落ちて行く最中(さなか)でも男は石畳を足場にすることも無く、アーキルに氷片を飛ばしてくる。


飛行魔法だと? 魔人族か? それとも飛行魔石でも? いや、あれは……天神族?


氷片を捌きながら目にした光景に、アーキルは困惑した。


男の背には一対の翼。その色が白ならばアーキルはここまで戸惑わなかっただろう。だが、男の翼は黒色をしている。翼の色が黒い天神族の話など、アーキルは聞いたことも見たこともなかった。飛んでくる氷片を捌きながらも、頭の中では疑念が渦を巻く。


『アーキル! こっちだよ……解放して! 夢を見続けるの……飽きた……誰も遊んでくれないの……寂しい』


「……ッ!」


落下した先は氷上で、やっと足場が安定して戦闘に集中しようとした矢先。


先ほど聴こえてきた不可解な声が、またしてもアーキルを苦しめてくる。


この声は俺を殺す気か!? 静かにしてくれ!


強張りそうになる体を無理やり動かして、強く惹き付けられる一点に視線を向けた。


この声の出どころはあの剣か! ちょうどいい。武器として使わせてもらうぞ!


アーキルの視線の先には、氷面に突き刺さった一本の儀礼剣が、蒼い輝きを放ちながら鎮座していた。


降り注ぐ氷片で体の傷を増やしながらも、剣の近くまで飛びすさり、泉の氷面から無造作にその剣を抜き取った。

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