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シャルロット(馬賊の襲撃)

ロプトル帝国の東南にある、砂漠からの砂埃を防ぐ障壁魔法が施された国境の関所。セル・ヒュドル獣人国からの行商人や、旅人、探索者などで賑わっている。なぜなら、ロプトル帝国内から流れる川に沿って、魔物に脅かされない安全な道ができているからだ。通称「水の道(アクアロード)」安全とはいっても、帝国から遠ざかるにつれ、馬賊など不逞の輩に遭遇することはある。まあ、そんな不運は滅多にないことだが。


そんな不運に見舞われた一行(いっこう)がここに存在した。


シャルロット・ゲンナイオン・ロプトルの花嫁行列だ。彼女はロプトル帝国の第二皇女にして、今年の春十七歳になったばかりの箱入り娘である。夏の日差しが照りつける中、砂漠の獣人国セル・ヒュドルへ嫁ぐために、宮廷の奥深くから解き放たれた、深窓の姫君だ。太陽の光を思わせる金色の髪に、晴れた青空に例えられる紺碧の目。彼女を実際に見た人々は、一様にその美しさに目を奪われ、物怖じしない性格に好感を抱く。


それはシャルロットが安全な馬車の中で、侍女のルビアと暇つぶしの会話を交わしている最中の出来事だった。


お父様はレナウン卿の故国とは仲良くしておくべきとのお考えだわ。(わたくし)も彼の故郷を侵略することには反対よ。お父様が私とアーキル王太子の結婚を取り纏めてくださったおかげで、友好的な関係を築くことができるのは、喜ばしいことよね。


「それにしても、ロッティ様のお相手に放浪癖があるだなんて、私は心配でなりません」


シャルロットの対面に座っているルビアが、眉をひそめてため息をつく。


十歳の頃から一方的に恋慕(こいした)っていた、帝国の英雄。銀髪金眼をもつ、獣人族の特徴である縦長の瞳孔が印象的な青年。寡黙で礼儀正しいレナウン卿。


去年の建国記念舞踏会で、()の青年はシャルロットと同年代の奥方を同伴していたのだ。永年の恋が敗れ去った瞬間だった。


未練は捨てたつもりなのだけれど。思いを馳せてしまうのはどうしようもないわね……。


感傷に浸っていたシャルロットは、少し前のめりになりながら、頬を抑えているルビアに視線を向ける。


「これからは私という妻ができるのよ。放浪癖も治まるのではなくて?」


結婚相手が決まってからずっと彼女たちは、相手である獣人国の王太子アーキルについてと、獣人国について学んできていた。


王太子アーキルは、十八歳の青年で、シャルロットと歳も近く、結婚するのには何ら問題のない相手だった。政略結婚なのだからむしろ、恵まれた相手だといえる。中年男性に嫁がされることも覚悟していたのだ。皇帝に知らされたときは拍子抜けした。


そんな安堵感は長く続かず、調べれば調べるほど、アーキル本人とセル・ヒュドル獣人国には問題があることが分かり、ルビアの表情も段々と曇って行ったのである。


シャルロットとしては、結婚相手が決まった時点で、どんな問題があっても、乗り越えようと決意していた訳で。安堵感は薄らいだが、決意が揺らぐことは無かった。


アーキルの問題というのが、先程の会話に出てきた放浪癖である。


彼はなんと一国の王太子であるにも関わらず、定期的に宮殿から姿を消してしまうらしい。宮殿の人々はもう諦めているのか、それとも他に理由があるのか、王太子が宮殿から居なくなっても、大騒ぎになることはないようだ。


お兄様も昔は探索者として宮廷を留守にすることが多かったわ。お兄様の場合は、お父様公認のお仕事だったという違いはあるのだけれど。アーキル殿下にも、それなりの理由があるのではないかしら。


シャルロットの兄、ロプトル帝国の皇太子エクセルシオール。彼女が物心ついた頃にはすでに探索者として活動し、レナウン卿含めた四人組で帝国の英雄になった、自慢の兄である。


そういえば、お兄様が私の護衛騎士として竜騎士団員の一人を付けてくださったわよね。お名前は……テネリスタさん


ガタンッ


激しい揺れとともに馬車が急停車した。


何の予告もない出来事に、シャルロットは目を丸くし、ルビアは悲鳴を上げながらも、シャルロットを守るように抱き締めてくる。


『突然の無礼、お許しください。皇女殿下、馬賊の襲撃です。御身には決して触れさせませんので、ご安心ください』


耳に着けた通信用魔石が作動し、護衛が事態を説明してきた。彼女が今まさに思い浮かべていた騎士、テネリスタの声である。


馬賊の襲撃は滅多にない事だと聞いていたのに。


「信頼しております。ですが、万が一の場合は命を守る行動をしてください。そのためなら、馬賊に投降することも容認いたしますわ」


護衛の大半が普人族(ふじんぞく)である。シャルロットのような魔人族(まじんぞく)は、護衛隊長くらいだろう。騎士たちの強さは知っていても、必ずしも勝てるとは限らない。負けて命を失うくらいなら、投降してでも生き残って欲しいのだ。


『お言葉胸に刻んでおきます』


テネリスタとの通信はそこで終了した。彼の声には少し笑みが含まれていて、切迫した状況では無さそうで、胸を撫で下ろす。


「皇女様の馬車を襲う不届き者がいるとは、世界は広いですね……」


「馬車に紋章が描かれている訳では無いもの。お金持ちの貴族だとでも思われたのかも知れないわよ」


「そうでしょうか? 知っての狼藉なら、ロッティ様の身に危険が及びます」


「私は魔人族よ。もし馬賊がこの中まで()れたとしても、身を守ることはできるし、ルビアのことも守れるわ」


「ロッティ様ったら」


楽観的なシャルロットの様子に、ルビアも徐々に落ち着きを取り戻したようである。


二人は横に並んで座り、襲撃騒動が収まるのをじっと待った。

探索者→魔物がいる遺跡を探索したり、魔物を討伐したり、探索者協会に出された依頼を解決する人たちのこと。

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