序章 『このきれいな世界には絶望しかない』 後編
僕は、母の話を聞いてから村の集会所に向かっていた。
(母の言っていたことが正しいなら、僕に足りないのは情報だ。)
集会所には少しだが本や図鑑があり、学校なんてないこの村にとってのほぼ唯一といっていい情報源だ。
(ダクアについての知識をつけておかないとな、、、)
机の上に本を置き、食い入るようにして本を読み進めていった。
ドォン!
「なっ!なんだ!?」
ものすごい音がして、ようやく本の世界から現実へと意識を戻した。
急いで外に出ると、そこには目も疑うような景色が広がっていた。
僕の目は、生まれ育った村が業火によって燃え盛る姿を映していた。鼻に突き刺さる焦げたにおいが、ここが夢ではないことをどうしようもなく告げていた。
「ユキっ、、、」
考える間もなく僕は走り出していた。
「ユキっ!母さんっ!」
時間は少し遡る。
「ありがとねユキちゃん、手伝いまでじゃなくてチビたちの相手までしてもらって。」
「ぜんぜんいいよ、いつもサリーに任せてばっかりだったし。」
少女2人とその先の小さな子供たちを夕日が照らしていた。
「じゃあみんな帰ったらご飯にしようね!」
「「「やったぁ~!」」」
孤児院に戻ると、ロウェルおばさんさんが料理を作っていた。ロウェルおばさんはお母さんの孤児院設立の時からこうして私たちのお世話をしてくれている。
「ロウェルおばさんただいまー、今日は何を作ってるの?」
「ユキ、サリーおかえり!今日はシチューを作っているよ。」
「「やったー!シチューだぁ!」」
子供たちが走って入ってきた。「コラー走るなー」とサリーに怒られているところを横目に見ながら、ロウェルおばさんに尋ねた。
「スカーは?」
「うーんまだ帰ってきてないねぇ。それよりユキにお客さんだよ。」
スカーがまだ帰ってきてないと聞いて内心ホッとした。
「それよりもお客さん?だれ?」
「うーん私も知らないけど旅人さんかな、大きな荷物を背負ってたし、ユキというか、白髪の少女を探しているんだって。奥の部屋で待っているよ。」
「ふーん、旅人なんて珍しいね。」
旅人だったらダクアのこともよく知っているのかな?なんてことを考えながら、奥のお部屋へと入った。
「こんにちは、旅人さん、、であってますか?私のことを探しているって、、、」
ユキは言葉に詰まった。そこにはフードを目深く被っている男が、裂けそうなほど大きな笑みを浮かべていたからだ。
「やっと、、、見つけた。」
(こ、こわぁ、何この人、不気味すぎるんですけど!)
恐怖で動けない私に対して、男は容赦なく手を伸ばす。
(誰かっ助っ)
その時バンっと勢いよく扉が開いた音がして、男はその動きを止めた。
「その子に触れるな!!」
後ろを見ると、鬼気迫る表情のお母さんがそこに立っていた。
思わず泣きそうになりながら、お母さんに駆け寄ろうとしたとき、それはおきた。
「くそがくそがくそがぁ!!もういいや、、、全部コワしちゃえ。」
男が奇声を上げたと思ったら、その手にどんどん光が集まっていくのが見えた。
ユキはコマ送りのように世界が動いているように感じた。どんどん男の手に集まる光が強くなっている。駆け寄る母が視界の端に映ったそのとき
閃光がすべてを埋め尽くした。
息も絶え絶えに孤児院まで駆けてきたスカーは、その惨状に目を疑うばかりであった。
「ユキ!母さん!サリー!エル!アル!ロウェルさん!誰か返事してくれぇ!」
燃え盛る孤児院に向かって僕は叫んだ。答えが返ってくることはなかった。
意を決して孤児院に突入しようとするが、扉が開かない。くそっ、と悪態をつきながら蹴破る。
「アッツ!!」
姿勢を低くしながら入ると、扉のすぐ近くにサリーが倒れていた。
「サリー!おいっ生きているか!?」
返答がない。頼むから生きていてくれと急いで抱えて飛び出す。
孤児院から少し離れたところに置いて急いで戻りさっきよりも奥へと進む。
「なっ、、、」
そこには燃え盛る柱の下敷きになったロウェルさんと、おそらく守ろうとしたであろう腕の中にいる2人の子どものような形をしたものがいた。
(これはもう、、、)
その事実に僕は吐き気が止まらなかった。
さらに奥に進むが、いくら僕がダクアとはいえ、もう熱さで意識が朦朧としてきた。
(ユキ、、、母さん、、、)
最後の部屋に行くと、そこには背中が大きく焼け爛れた母さんがいた。
「母さん!」
「おやぁ?まだ生きている人がいたとは驚きですね。」
母さんのそばに寄ったとき、男の声が耳に入ってきた。声がしたほうを見ると、そこには燃え盛る火の中フードを被る男が立っていた。そしてその男の腕に抱えられているのは、、、
「ユキっ!」
「まぁ目的は果たしたので帰りますかぁ。」
爆発音を出し、壁を突き破りながら男は去っていった。
「ユキを、、、かえ、、せ、、、、」
燃え盛る火の中、フードの男と連れ去られるユキの姿が目に焼き付いて離れなかった。
それからのことはよく覚えていない。
生き残った村の人曰く、炎で崩れる建物の中から、僕が母さんを抱えて飛び出てきたらしい。そのまま倒れた僕やみんなを村の人たちが最寄りのオアシスまで運んでくれて医者まで呼んでもらえたのだと聞いた。
僕が目覚めたのは火事が起きてから3日後で、運よく軽傷だったサリーが看病をし続けてくれていた。
母はまだ意識が戻らないが奇跡的に命は助かったとサリーは言った。
それから数日がたち、葬式が執り行われた。涙を流す村のみんなと、その時は町に行っていてその場にいなかった同じ孤児院の少女が空の棺桶に泣き縋りついているのが印象に残った。
葬式にきていたロウェルさんのお兄さんが僕たちを引き取ってくれることになった。
何日たっても母の意識はまだ戻らないままだ。
ボクは壊れてしまったのだろう。涙を流すこともなく、感じるものもなく、ただ事実を処理するだけのナニカがそこにいた。無駄に回転の速い頭脳もただただ情報を処理するだけの機械だった。
ボクの心はきっと孤児院と一緒に燃え尽きてしまったのだろう。
だけど、燃え尽きたはずの空っぽの中の心に小さな火があった。それは小さいがすべてを燃やし尽くすほどに熱い火であった。
『あの男を絶対に許さない。ボクはユキを必ず助ける。』
序章終了です。
次からは場面が変わって3年後から始まります。
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