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リキの策  作者: 赤鷽
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第三十四話 投降

 

 籠城戦が始まって数日が経ったころ、城に籠る国王軍で問題が持ち上がった。アヴェルサ城にあるべき兵糧の備蓄が少なかったため、このままでは一ヶ月も持たないことが判明したのである。

 本来の五千の兵がゆうに一年は籠ることが出来る量が備蓄されているはずであった。今、城に籠っている兵は約四倍の一万九千余であるが、それでも三ヶ月は持つ計算である。しかし、実際には一ヶ月分しか残っていなかった。


 調べてみると、守将のトマーゾが兵糧のほとんどを売り払っていたからであった。国王が直々に彼に事情を聴こうとしたところ、トマーゾはすでに姿を晦ませていた。彼はこの状況下、とっとと逃げ出していたのだ。アヴェルサ城付きのトマーゾの側近が言うのには、


「ここしばらく穀物が異常に高騰しており、トマーゾ将軍は備蓄の穀物を売り払い、安くなったころに買い戻せばよいと考えていたようです」


とのことだった。

 事細かく調べると、やはりトマーゾは立場を利用して私腹を肥やしていたことが判明した。しかし、そんな人物を任命したのは中央の官であり、それを承認したのは国王である。もっとも、トマーゾは守将として赴任するまでの中央での働きや評判は上々であった。

 だが実際には、他人の目がある時だけ精勤に働き、能吏を装っていただけであり、その態度に大抵の人は騙されていたのだ。そんな彼の本性を見抜けなかった国王らにも、責任の一端は確かにあった。


 それは別にしても、今はまだ初冬で、収穫した穀物が多数出回る時期にこの価格の高騰である。トマーゾは妙だと思わずに、その高値にばかり囚われていたらしい。深く考えず、ここが売り時、儲け時と、彼は備蓄の大半を売り払ったのだった。


「機を見るに、敏――ってやつだ」


などと言って、彼が自慢気に語っていた――と複数の者の証言もあった。

 いずれ、値が落ち着いた頃を見計らって、元通りに兵糧を買い戻せばよい――とトマーゾは漠然と考えていたところに、この内乱の勃発であった。穀物の高値は収まるどころか、さらに高騰の兆しさえあった。これでは、いつまでたっても兵糧を買い戻せない。トマーゾも内心、困り果てていた。

 しかも、戦の成り行きとはいえ、このアヴェルサ城に国王軍本隊が籠ることになろうとは、彼も想像だにしなかったのである。

 このままではすぐに兵糧が足りないことが分かり、自分の横領がばれて罪に問われることになる。しかも、状況が悪い。国王軍は敗戦によって、追われる立場でこの城に籠ったのである。負け戦で逃げ込んだ諸将は気が立っているに違いない。怒りに駆られた彼らによって裁かれるのだ。恐らく死罪となろう――。


 そう考えたトマーゾは、問題が表面化する前に城から逃げ出したのだ。国王たちがトマーゾの逃亡を知ったのは、兵糧不足が判明してからであった。本人がいないのでは、懲罰も何もない。とりあえず、国王はトマーゾの件を後回しにした。今は戦の最中で喫緊の事態である。逃げたトマーゾの後任の守将には彼の副官であったアルベルトが臨時で任命された。


 実は、この付近での穀物の高騰はリキが仕掛けていたことであった。

 国王との戦いが起こることを想定し、直接国王とぶつかるのはビトイア平野辺りと睨み、この付近一帯から王都周辺に掛けての穀物を買占めさせ、価格の高騰を誘発させたのだ。

 また、リキの陣営には穀物を買い占めるだけの豊富な軍資金があった。

 その一つが〝銀〟である。リキの治める領地には、三つの銀山があった。うち、二つは国に報告しており、王都にも税として一部を納めていた。最後の一つは、中央と疎遠になった頃に発見されたもので、それこそ、中央にバレれば言い逃れ出来なくなるし、糾弾のネタとなる恐れもあったのだが、もしものために――とその存在を秘匿されたのである。

 もう一つが磁器であった。リキは特産品として磁器を奨励し、窯元を興した。これはのちに大いに発展し、さらに多くの窯元が出来て生産量が増加、コロナスの特産物の一つとして多くの収益をもたらした。

 これらにより蓄えた財で以って、リキは穀物を買い占めさせた。これに見事に引っ掛かったのがアヴェルサ城守将のトマーゾだった――というわけだ。


 結果として、兵糧の少ないアヴェルサ城に籠った国王軍からは日毎に兵の逃亡が続出した。リキ軍に包囲されても逃げ出さなかった兵ですら、兵糧がないとなると踏ん張れなくなり、見る見ると兵が減少し、ついに総数一万を割った。もっとも、かえって城外にあぶれていた兵もすべて城の中に収容することが出来た。

 とはいえ、兵糧不足なことには変わりなく、これを囲ったリキ軍は包囲の輪をさらに縮め、その圧に屈した兵の脱走は続いた。


 そんな中、リキは包囲を続けながら、同時に降伏を勧め、使者を何度も送った。リキとて、戦をしなくて良いならその方が何倍も良い――と考えていたからだったが、講和の条件が折り合わず、なかなか和議は進まなかった。国王軍の主戦派が徹底抗戦を主張していたからである。彼らは、ここで降れば厳しい処断が待っていると思い、保身を図り、落とし処を見計らっているのだろう。


「陛下の周りには、本当に人がいないんだな」


 リキが嘆いたことがある。王弟ジュリアーノ殿下以外に、国王の支えとなる人物が見当たらない――と。

 国王の周りにいる者たちには、利己的な人物が多い、とリキは言うのだ。


「まあ、今はこんなご時世だ。それを悪く言うことも出来ん。何せ、生き残るのが第一だからな」


 理解出来ないわけではない――。

 リキは、そうも言ったのだった。


「ですが……」

「もっとも、だからこそ、交渉の余地があるんだがね」


 理屈は分かるが、だからと言って、得心は行かない。そんな顔のクレアに、リキは優しくそう語った。


 交渉が滞っている間も城攻めは続けられ、窮した貴族の何人かは降伏を申し出てきた。リキはここぞとばかりに包囲を強め、威圧し、また同時に、あえて一箇所だけ包囲を手薄にした。兵たちが逃げ出しやすくするためである。案の定、不安と恐怖に駆られた兵卒たちが、雪崩を打つように逃げ出し始め、兵はとうとう、アヴェルサ城の本来の収容数である五千人に近い、六千余にまで落ち込んだ。対するリキ軍は五万五千余。およそ十倍の兵力差である。

 あれほど抗戦を主張していた主戦派の貴族の中にも、投降を申し出る者が出始めた。夜陰に紛れ、兵を棄てて逃げ出す貴族もいたようである。


 籠城して一月余り後の三月十五日、事ここに至り、国王は自身の身柄と引き換えに、残った城兵の助命を願い出た。ここまで自分に付き従ってくれた者たちを、何とか助けたい――と考えたのである。リキはこれを聞き入れた。もっとも、リキは始めから、国王の命まで取ろうとは思っていなかった。


「国王陛下には王位を返上して頂く」


 リキの出した要求はそれだけであった。

 王位にあれば、また彼女を担ぎ出そうとする輩が現れる。それを懸念し、退位を促すにとどめるつもりであったのだ。国王もこの要求を呑み、退位を了承した。その上で、リキに王位を禅譲することとした。


「よろしいのですか?」

「うん?」

「王位を継がれれば、リキ様が国を簒奪した。そう、批難する者も現れましょう」

「そうだね。そう言う者も出てくるだろうね」

「リキ様が、簒奪者の誹りを受けてしまいます……」


 リキを心配したクレアが、沈痛な面持ちで言った。クレアの憂いた顔を見たリキが、何ともばつが悪そうに頭を掻いた。


「すまん。クレアには心配させてばかりだな」


 今にも泣きだしそうな顔のクレアに、リキは謝った。それから、もう一度クレアを改めて見直して、


「権力を持つと、どれほどの善政を布こうと批判は出るんだ。万人が満足して納得する政なんてのは、どだい無理な話だよ。王様から、農民……。それこそ、色んな立場の人がいるからね」


と、幼子を慰めるように丁寧に、優しく、そう言った。それから手を伸ばし、クレアの頭をくしゃくしゃに撫でた。


「でも、どんな悪名や汚名を被ろうと、俺は俺だよ。そこは変わらないし、変えようもない。もちろん、変えるつもりもないしね」


 クレアも、仕方がない――そんな顔で微笑し、


「はい」


と答えた。眼尻にはほんの少し涙の粒が光っていたが、その顔に浮かんでいるのは確かに微笑で、それはとても素敵なものだった。


「それじゃあ、久しぶりに陛下に会うとしようか」


 言葉の響きに僅かなほろ苦さを含ませて、リキが言った。



 

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