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リキの策  作者: 赤鷽
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第二十八話 緒戦

 

 ヴァーリ候・ロランド国連合軍は、隘路の北二時間ほどのところまで来たころ、日暮れになったため、夜営となった。三万を超える大軍で隘路に差し掛かれば、全軍が隘路を抜けるには夜通しの行軍となるため、無理をせずに夜営を決めたのである。

 コロナスの王都スクーディに進軍するにつれ、コロナス陣営は分裂し、身動きが取れない状況となっているとの情報をヴァーリ候は得ていた。先鋒の五千騎と歩兵八千人を率いるヴァーリ候は進軍するだけで、王都はすぐに降伏・陥落すると思っていた。勝利を信じるヴァーリ候の陣営では、昨夜は軽い酒宴が開かれ、心地好くほろ酔いとなったヴァーリ候は酒宴の後、幕舎に戻り熟睡していた。

 この時、彼は夜襲を受けるなど微塵も考えていなかったのである。



 次々と上がってくる間者の報告を聞きながら、リキは夜営地との距離を詰めた。敵軍がこちらに気付いた様子はない。一息に詰め寄れる距離――五百メートルほど手前で、火矢に火を点けるように命じた。


「陣幕、兵糧、火の点くところなら何でもいい。火矢を放て! 敵陣を混乱に陥れろ! ただし、こちらは寡兵だ。退き時を間違えるなよ。行くぞ!!」

「おお――!!」


 鬨の声を上げ、敵陣に一気に迫った。大軍であることに油断をしていたヴァーリ候・ロランド国連合軍はリキ軍の攻撃を易々と許してしまい、気付いたころにはあちらこちらに火の手が上がっていた。火に驚いた馬たちが嘶き、暴れ出した。甲冑を着込む間もなく、取り敢えず剣を手に幕舎を出て来た騎士たちも、暴れる馬たちには騎乗出来ず、各個に応戦するしかなかった。

 予期していなかった襲撃に、ヴァーリ候の軍勢一万三千は混乱に陥り、多くの兵たちは右往左往するばかりだった。


「よし、ここまでだ。退けい!! 退き上げだ!!」

「退けい!」

「退け退けっ! 退き上げだ!!」


 リキやクレア、グイド、ガラムが退き上げ時だ、と声を上げた。

 いくら優勢であろうと、騎馬の五百は五百である。包囲され時間をかけて攻められれば、殲滅されかねない。深追いは禁物であった。

 乱戦に持ち込んだリキの軍勢は、混乱している兵たちの多数を切り捨てていたが、潮時と見るや、あっさりと退き上げた。

 ようやく迎撃の態勢を整え始めていたヴァーリ候側は拍子抜けし、すぐには動けなかったが、やがて()()にされたと感じたヴァーリ候は追撃を命じた。怒りに駆られたヴァーリ候自身も騎馬で追った。夜襲を掛けられたことが腹立たしく、それが寡兵によるものだと判明したことが、ヴァーリ候の怒りに拍車を掛けたのだ。


「おっ、来た来た。追って来たぞ」


 後方を見ながら撤退していたリキが言った。連合軍が追撃してくるのは予定通りだった。リキの騎馬五百が隘路に侵入していくのを見て、ヴァーリ候も速度を上げて続いた。しかし、リキの五百騎は脚が速く、いくら追っても追い付かなかった。怒りに我を忘れたヴァーリ候はがむしゃらに追ったが、それでも追い付けなかった。

 そうこうするうちに、隘路の奥深くに入り込んだヴァーリ候五千の前方で、岩やら丸太やらが落ちてきて道を塞いだ。


「何だ!? 何事だっ!?」


 岩や丸太が落ちてきた側面を見上げたヴァーリ候は、そこに数多の歩兵と弓兵の姿を見た。歩兵はさらに柴や草を丸めた草玉を次々と落としてきた。そこに弓兵がつがえていた火矢を打ち込んだ。草玉には油が染み込ませてあったらしく、あっという間に激しく燃えた。


「退け!! 退けっ!!」


 前方を塞がれているヴァーリ候の五千騎は慌てて引き返そうとした。しかし、


「駄目です!! 後方も塞がれていますっ!!」

「何だとっ!?」


 配下の騎士の報告に、ヴァーリ候は顔色を失った。足元は岩や丸太などが散乱し、馬での行動もままならない上に、この火攻めである。


「くっ……。何とか……何とかせいっ!! 何故だ、何故こんなことに……俺は王になるのだぞ。王に……」


 ここに、ヴァーリ候は進退窮まった。火に四方を囲まれ、逃げ場を失ったヴァーリ候は五千の配下と共に火に呑まれていった。



「緒戦は勝ったな」


 燃え上がる炎を眺めながら、リキは言った。


「はい。こちらの被害はほとんどなく五千の敵を討ちました。完勝と言っていいでしょう」


 クレアが興奮気味に言った。しかし、リキは浮かれることなく、憂いた顔で静かに炎を見ていた。その顔を見たクレアが、


「どうかなさいましたか? 何か、気になることでも……」


と、問うた。


「いや……。勝ったとは言え、まだ緒戦だ。気を引き締めてな」

「は、はい……! 失礼しました」

「あ、うん。まあ、嬉しいのも分かる。油断しなけりゃ、それでいい」

「はい」

「で、先ほどの連合軍の先陣にヴァーリ候の姿を見たんだよな?」

「は、はい! それは間違いありません」


 それを聞いたリキは顎に手をやり、考え込んだ。


「そうか。謀主を失って、それでも連合軍はまだ戦を続けるかどうか……だな」

「はい」

「これでロランド側に大義名分はなくなったし、退いてくれるとこっちは助かるんだが……」

「はい」

「アンジェ……ロ殿下に連絡を。そろそろ出立してる頃だろう。緒戦で五千を焼き払ったとは言え、まだ二万以上も残ってるからな」

「分かりました」

「隘路を嫌って、山を迂回してくるかも知れん。殿下には、予定通りに――と」

「はい」


 クレアは兵の一人に連絡事項を伝え、発たせた。アンジェラには、連合軍が隘路を回避するために山を避けることも考慮して、待ち伏せる地点に布陣するように言ってあった。リキは改めて、当初の予定通りに布陣するよう、重ねて伝令を出したのである。


「さて、火が消えたら、馬で通れるように隘路を整備しようか。それとも、俺たちも迂回した方が早いかな? それでも、かなりの時間を要するだろうが……」

「そうですね。山地を抜ける隘路はもう一つあります。何とか馬で通れる程度の道幅ですので通常の行軍には不向きですが、この五百騎くらいなら問題ないでしょう」

「そうか。それじゃあ、その隘路を抜けよう。行くぞ!」


 リキは背後の兵たちに号令を掛け、意気上がる兵たちは剣や槍を掲げ、呼応した。



 リキが次の一手に移った頃、先鋒のヴァーリ候が敗死した――らしいとの報を得た連合軍の将軍たちは、今後どうするかで紛糾していた。報仇雪恨ほうきゅうせっこんを唱え、報復すべしと主張する者もいれば、すでに大義なし――と撤退を主張するロランド側とその支持者であるコロナスの中小領主たちも多く、まとめ役となる大物がいなかったこともあり、方針が何一つ決まらなかったのである。夜襲を受けて後、夜明けとなった今も、残る二万五千以上の軍勢が夜営地から一歩も動けずにいた。

 そうして、無為な時間が過ぎた頃、リキの軍勢が戻って来たのである――。



「まだ、あんなところにいたのか」


 リキ軍は通常の行軍では使えない狭い隘路を抜けたため、多少の時間を費やした。にもかかわらず、襲撃を受けた夜営地からまだ動いていない連合軍を見て、リキは呆れて呟いたのだ。

 夜襲を受けたというのに、何の行動も対策も打っていないとは――。


「よいかっ! 一撃を与えたのち、一気に駆け抜ける!! 行くぞっ!!」

「おお――!!」


 リキはそう下知を飛ばし、鉄脚の五百騎はもたついている敵陣に一気に迫った。



 ヴァーリ候・ロランド国連合軍は夜襲を受けた後、上層部は今後の行軍方針を決めかねている状態で、下部には何の情報も指示もなく、兵たちが自主的に損害を纏め、指揮系統の確保などを行っているという状態であった。そんな体たらくであったためか、再度の襲撃があろうとは露ほどにも想像していなかった。


「敵襲だぁ! 敵襲っ!!」

「また来たぞっ!!」

「何だとっ!?」


 リキの五百騎が混乱する連合軍に迫り、手痛い一撃を与えただけで一気に駆け去った。兵たちは恐慌に陥り、喚き散らし、右往左往するばかりで何も為せなかった。

 襲来したリキの手勢がどれほどの数であったかさえ把握出来ないまま、かなりの兵が負傷し、兵糧や幕舎などにまたしても火矢を射込まれたため、多数の物資を焼失した。襲撃と出火により、将軍格の者にも死傷者が出た。


 敵陣を離脱したリキはそのまま、アンジェラ率いる主力と合流するため、その進軍予定地へと向かった。



 

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