第2部 32話 神々の寵愛と聖女 後編
「ルティ……ルルティーナ・プランティエ伯爵が聖女?」
ドリィの固い声で、意識が現在に戻ります。
「これは異な事を。聖女は【帝国】でしか生まれない。世界の常識です。何かの間違いでしょう」
シアンも援護します。
「ええ。ベルダール辺境伯閣下の仰る通りです。
もしや、ポーションが光ったからですか?
ポーションの光が一時的に増す現象は珍しくありません。大司教様も仰られていたではありませんか」
二人に対し、大司教様は何も仰りません。細波一つ立たない湖のような眼差しで私を見つめます。
私も否定しなければ。
教会は国に属さない組織。政治と国家運営に極力関わらない決まりがありますが、信仰による強大な権力と影響力を持っています。
大司教様も簡単には信頼出来ない。ですが……。
……穏やかな眼差しを見つめていると、心の深いところで大司教様と繋がったような不思議な感覚がします。
この方は私に危害を加えない。むしろ、お話を聞かねばならない。
何故か確信しました。
「ドリィ、シアン、待って。まずは大司教様のお話を聞きましょう」
二人は不満そうですが引いてくれました。
「ありがとうございます。それでは、単刀直入に申し上げます。
一つ。私ども教会は、聖人聖女を認定し保護することがございます。その際、聖人聖女は聖職者となり大々的に喧伝される決まりです。
しかし、プランティエ伯爵のご意思を無視して聖女に認定し聖職者にすることも、大々的に喧伝することもありません。
そしてもう一つ。こちらは更に重要です。
プランティエ伯爵閣下、【帝国】にはお気をつけください」
聖職者にしない。私が一番欲しかった言葉です。
ビオラ師匠はおっしゃいました。
『聖人聖女は【帝国】でしか生まれません。帝国の教会で保護され聖職者となり、生涯を教会の元で過ごします。その為、【帝国】の教会は他の教会とは段違いの強い権威を持ちます。
もし、他国で聖人聖女が産まれれば、その国の教会は血眼になって保護するでしょう。国を巻き込んで祀りあげ、政治的にも利用するかもしれません。
そうでなくても、ルルティーナさんが現在のように過ごすことは不可能です。教会に庇護されたいのなら別ですが……』
それは嫌。ドリィやシアンから引き離されて、ミゼール領でも暮らせなくなる。
だから私は、【新特級ポーション】が瘴気を浄化しても、聖女と名乗り出ませんでした。
【薬の女神の秘薬】にまつわる言い伝えは廃れており、ポーションという薬の特殊性から誤魔化しが効き、これまで教会から接触もありませんでした。
ただし、【帝国】や教会の成り立ちと歴史を勉強するうちに、疑問を抱くようになりました。
本当に聖人聖女は【帝国】でしか生まれないのでしょうか?
ならば何故、【帝国】以外の教会も聖人聖女に認定する聖具を持ち続けているのでしょうか?
また、聖人聖女はどうして【帝国】でしか生まれないのでしょうか?その理由も謎なのです。
今日のこの流れは、謎を解決するいい機会になるかもしれません。
慎重に言葉を選びます。
「まずは一つ目についてお伺いします。仮に私が聖女だったとして、何故、教会は聖女と認定して保護しないのでしょうか?」
「はい。それは我々教会の誤ちが原因です。また、【帝国】以外で聖人聖女が生まれにくくなっている理由でもあります」
大司教様は静かに語り出しました。
おおよそ、このような内容でした。
【今から千年以上昔。聖人聖女が多く存在していた時代の話。
時の教会は神々の加護と恩寵をかさにきて、権力者たちと癒着し欲望を貪りました。
やがて教会同士国同士での対立が深まり、大きな戦争が起きます。
聖人聖女の多くが、本人たちの意思を無視して祀りあげられました。権力者たちが、争いの旗印にして力を利用し尽くすためでした。そして聖人聖女が命を散らした後は、その死すら争いに利用しました。
神々は権力者たちに警告しました。聖人聖女を大切にするよう。愚かな争いは止めるよう。でければ神罰を下すと言って、何度も、何度も。
聖人聖女は無欲で優しい方が多い。神々に温情を求めました。己が心身共にボロボロになっても、命を失うことになっても……。
だというのに権力者たちは反省せず、新たな聖人聖女を求めては争いに利用しました。
とうとう神々は激怒し、厳しい神罰を下しました。
ある神は大地を呪い、ある神は大災害をもたらし、ある神は人間に与えていた加護を取り上げ、ある神は聖人聖女を虐げた者たちに無限の苦しみを与えました。
そして神々は、加護と寵愛を人間に与えることをためらうようになり、聖人聖女は生まれにくくなったのです】
「ですが、最後まで聖人聖女を不当に利用しなかった【帝国】と【帝国】の教会は別です。
彼らには神罰はくだされませんでした。
この誤ちを経て、教会では『聖人聖女の意思を無視した行為はしない』『本人が希望しない限りは聖人聖女として認定せず祀りあげない』という決まりが出来ました」
「そんな過去と決まりがあったのですか。知りませんでした」
ドリィとシアンも頷きます。
「俺たちもだ。教訓として語り継がれていないのは何故だ?」
「はい。神罰が下されてしばらくの間は語り継がれておりました。しかし、多くの者たちにとっては恥ずべき過去です。
次第に語られなくなり、長い年月が経ちました。
現代では、詳しい内容を知るのは教会の上層部と一部の為政者だけです」
シアンが納得した様子で頷きました。
「なるほど。都合の悪い情報を隠すのは世の常ですからね。加えて、この千年間も平和とは言い難かった。多くの国が滅ぶとともに記録も消えてしまったのでしょう」
そういうことですか。私も納得しました。しかし。
「では二つ目。【帝国】には気をつけるように。とは、どういった意味でしょうか?これまでのお話を聞く限り、【帝国】は聖人聖女を不当に扱わないようですが」
「ああ、俺たちヴェールラント王国にとって【帝国】は油断ならない国だが、聖人聖女には手厚い庇護を与えていると聞く。
また、教会と皇室は距離を置いている。教会は政治に、皇室は教会の運営に関わらないと、法で決められている。
聖人聖女の力についても、教会の許可なく利用することもないはずだ」
「ええ。少し前……【帝国】の大司教が皇弟になるまでは、そうでした」
「なっ!?その情報は確かなのですか?」
シアンとドリィの顔が厳しくなりました。聞けば、皇弟は身分を隠して大司教に上り詰めたのだとか。
「皇弟は【帝国】の教会を支配しつつあります。そして【帝国】の現皇帝はかなりの野心家。
これまで庇護されていた聖人聖女が利用される恐れがあります。
また、密やかに暮らしている他国の聖人聖女たちを探しだして攫うでしょう」
「それこそ神々の神罰が下るのでは?」
「はい。しかし、神罰がいつ下るかはわかりませんし、現時点では聖人聖女は何もされていません。今後、【帝国】がどうなるかは不明です。
私はあくまでプランティエ伯爵閣下と、閣下を庇護するお二人に予言を告げ忠告するよう神託を賜ったに過ぎないのです」
「予言?それに神託?大司教様、貴方様はもしや……」
大司教様は厳かに語りました。
「改めてご挨拶します。私はバティスト。予言と神託の神の寵愛と加護を受けた聖人です。
聖人であることは伏せて、大司教として教会にて神々に仕えております。
薬の女神の聖女ルルティーナ・プランティエ伯爵閣下。どうかこのバティストの予言と、神々の神託を忘れぬよう過ごして下さい」
「……かしこまりました。大司教様の予言とご忠告を胸に刻みます」
「ルティ!」
聖女と認めたも同然の発言にドリィが慌てます。
「この方は嘘をついていないわ。そうよね?シアン」
「……はい。そのように聞こえました。色々と納得できるお話でもあります。しかし……」
「ああ、信用していいものか怪しい」
「シアン、ドリィ、大司教様に対して失礼よ」
「ほっほっほ。構いません」
大司教様は朗らかに笑い、場の空気が軽くなりました。
「お二人が、急に現れた私を信じられないのも無理はありません。疑うのは、それだけプランエィエ伯爵閣下が大切にされているからでしょう。
どうぞこれからも、その厳しい眼差しで閣下をお守り下さい。
閣下が安寧で幸福であることを、薬の女神様をはじめとする神々は強く望んでおりますから」
その後も幾つかお話して、この日は終わりました。
【帝国】の動きが心配ですが、今は何も出来ません。何事もなければいいのですが……
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