第2部 30話 晩餐会と呼び出し
サフィリス公爵夫人のお茶会に参加してしばらく。
国王陛下御一行が御帰還されました。
私たちお茶会をして待機していた者たちは、お迎えと祭壇の準備をするため、離宮の外に出ました。
すでに、祭壇の上におびただしい数の獲物が乗せられています。
兎に鹿に大猪に……ま、まさか熊?こ、これを全部狩ってきたの?
周りの皆様も「こ、今年は凄い数だな……」「いつもの倍はありますわよね?」「あの森ってこんな大きな熊がいるんだ……怖」などとお話しています。
祭壇の下で作業していた人が駆け寄って来た。と、思ったらドリィです。嬉しくて私も駆け出しそうになりましたが……。
「ルティ!」
「ドリィ!?その血はどうしたの!?ま、まさか怪我をしたの!?」
最後に見た時とは明らかに違う姿に叫ぶと、ドリィは私を抱き締めようと伸ばした手を引っ込めました。
「ご、ごめん。血塗れなのに触ろうとしてしまった。綺麗なルティが汚れてしまう」
「そんな事はどうでもいいの!怪我をしているならポーションを……」
「いいや、違う。全部返り血だよ。ちょっと力加減を間違えて、大猪の首を捩じ切ってしまったんだ」
「ああ良かった!ドリィは怪我をしてないのね!」
ホッとしました。
ドリィはミゼール領でも狩猟をしますが、たまにやり過ぎてこういう事態を起こすのです。
最初は驚きましたが、もう慣れました。
魔法が強力なのはもとより、力も強い人ですからね。仕方ありません。
「安心したわ!ドリィ、お帰りなさ……」
「ルルティーナ様!いけません!お召し物が汚れますし、獣の匂いがつきます!」
改めてドリィに抱きつこうとしましたが、シアンに止められてしまいます。
「団長閣下、どうぞお召替えをなさってください」
「ああ。ルティ、少し待っていてくれ」
「ええ!お待ちしています」
私は幸せな気分で手を振りました。
このやり取りを見た周囲が。
『やっぱりアドリアン・ベルダール辺境伯って怖い』
『あの人が率いているミゼール領辺境騎士団も怖い』
『何より笑顔であのやり取りが出来るルルティーナ・プランティエ伯爵閣下が一番怖い』
などと震えながら話していたと知ったのは、後日のことでした。
◆◆◆◆◆◆
祭壇の準備が終わりました。
大司教様の説法の後、全員で感謝と祈りを捧げます。
「皆様が信仰する神へ感謝と祈りを捧げて下さい」
厳粛な空気の中、私は薬の女神様へと感謝申し上げました。
またポーションと翡翠蘭ハーブティーが光りを増しましたが、もう誰も騒ぎません。ただ。
「神々が我々の感謝と祈りを聞き届けて下さったのだろう。とても目出度いことだ」
と、王侯貴族も大司教様たちも使用人たちも……身分や立場関係なく嬉しそうです。
ああ、普段はいがみあっている方たちも、今はただ同じ光景を見て喜んでいる。
私とドリィも微笑みあいました。
「なんて和やかな光景でしょう。きっと、神々もお喜びだわ」
「ああ、きっとそうだな」
喜びに呼応したかのように、またポーションの輝きが増しました。
やがて祈りは終わり、ポーションとハーブティーの輝きは落ち着いてゆきます。それを追う様に日が沈んでゆく。
残照の中、誰もが名残惜しそうに祭壇から離れていきます。
この和やかな光景を、私はいつまでも忘れない。そんな気がしました。
◆◆◆◆◆◆◆
離宮の中に戻り、一番大きなホールで開かれる晩餐会に出席します。
本来、【秋実の大祭】はもっと長い期間を使う儀式で、捧げた獲物と作物で料理して食べていたそうです。
しかし、時代が下るごとに期間が短縮されました。それに伴い、実際に提供される料理のほとんどが、あらかじめ用意された材料で作られるようになったそうです。
狩猟の獲物は解体と下処理が必須な上、料理には時間がかかるものなので仕方ないですが、少し残念です。
そんな話をしつつ、私、ドリィ、シアンは、アメティスト子爵家とその親戚のいる場所に座ります。
大きな長方形のテーブルには、大皿やスープポットに入れられた美味しそうな料理が並び、たまらない香りをはなっていました。
全員、シャンパングラスを持って立ちます。
国王陛下の力強い声が響きました。
「余は幸せな王だ。今日という良き日をこれ程多くの忠臣と迎えられたのだから。
また、我が国の作物が豊かなことも嬉しく思う。これも神々の加護と恩寵。そして、そなたら忠臣と民の努力あってのことだろう。
余はこれからも、我が国が神々の加護と恩寵を賜り、忠臣と民たちの努力と忠誠に値する王であることを誓う」
なんて立派なお方でしょうか!
国王陛下、そして王家への忠誠心が高まっていきます。
感動していると、国王陛下は表情を崩されました。
「では、食事にしよう。【秋実の大祭】の晩餐は無礼講が決まりだ。礼儀や形式は気にせずに楽しんでくれ。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
シャンパンを飲み干したら、いよいよ食事です。色々あったのでお腹が空きました!
好きなものを給仕に頼んで盛り付けて頂く形式なのですが、私とドリィは真剣に相談します。
先ほどは、今日捧げられた作物や獲物を食べれないことを残念がっていましたが、すぐ忘れました。
「美味しそう……何から頂きましょうか?」
「迷ってしまうな……」
様々な地域の野菜のグリル、フリット、テリーヌ、ゼリー寄せ、サラダ、ポタージュ、スープ。
猪や鹿肉のポワレ、ロースト、パテ。山鳥や兎のパイ包み焼き。色とりどりのチーズにパン。工夫を凝らした川魚料理……。
「ドリィ!大変!東部でしか食べられないはずの海の魚まであるそうです!」
「何!?後で食べなくては!」
目をギラギラさせる私たちを、シアンたち周囲は微笑ましげに眺めます。
悩んだ末に、料理長自慢の一品だという鹿肉のポワレを頂きました。
お、美味しい~!お肉は柔らかくあっさりとしていて、コクのあるソースと良く合います!
「こんなに柔らかい鹿肉は初めてです。美味しいですね」
「ああ、美味いな。
ところで今日俺が狩った大猪もなかなか美味そうだった。持ち帰るから、熟成が終わったら一緒に食べよう」
「持ち帰れるの!?わあ!楽しみ!」
「閣下、鹿肉にまで嫉妬しないでくださいよ」
「まあまあシアン、微笑ましいじゃない。私は義妹が幸せそうで嬉しいわ」
「そうですね。ほら、貴女も食事を楽しみなさい」
「ありがとうございます。……っ!このパイは絶品ですね」
お料理を頂きながら、本日の狩猟の様子をお聞きしました。
「俺の大猪より遥かに大きい熊だったからな。かなり手こずった。
最終的にラピスラズリ侯爵が熊の目を貫き、イアン殿が槍で仕留めたんだ。熊の攻撃をかわし、いなし、時には受けて……あれは手に汗握る名勝負だった」
「お義父様!魔法無しでなんて無茶を!お怪我をしたらどうするのですか!」
お義父様は何故か照れ臭そうに頬を染めます。
「いやあ、つい熱くなってしまった。もう若くないのに恥ずかしい」
お義母様は全く動じず、兎のガランティーヌと白ワインを楽しんでいらっしゃいます。
「ルルティーナ、安心なさい。この人、若い頃は熊殺しだなんて言われてたんだから」
「安心できません!」
お義姉様一家もびっくりです。
「ちょっとお母様。それ私たちも初耳なんだけど。何なのよ熊殺しって」
「はっはっは!流石は義父殿ですね!」
「お爺ちゃましゅごい!」
デザートまでしっかり頂いて、楽しい気分でお開きとなりました。
◆◆◆◆◆
帰る途中。大司教様の使いだという方に呼び止められました。
「お疲れのところお呼び止めして申し訳ございません。大司教バティストより、ルルティーナ・プランティエ伯爵閣下にお話がございます」
ドリィとシアンも一緒でいいとのことでしたので応じました。
心当たりがないわけでもありませんし。
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