第2部 29話 ある女の後悔(?視点)
(クソ!失敗した!)
女は森の中を走りながら毒づいた。
女はお茶会で騒ぎを起こした責任を問われ、会場を追い出されて別室送りになった。その途中で抜け出すはずだった。
パーレスの犯行の手助けをするために。
(パーレスの馬鹿を使ってあの女をいたぶって遊ぶはずだったのに!)
浅ましい快楽を味わうために、女はパーレスをそそのかした。マリーアンヌという、いい手駒もいた。
『パーレス様がルルティーナ様と愛し合えばいいのです。それをマリーアンヌ様が大勢の証人と共に目撃すれば、ルルティーナ様はパーレスさま以外と結婚できなくなります。
そうすれば、ルルティーナ様の全てはパーレス様のものになる、いえ、パーレス様のものに戻るのです』
もちろん、こんな杜撰な策でパーレスとルルティーナが結婚するとは思っていない。女の目的はただ一つ。
(ああいう清らかで善良な女を穢して貶めて絶望させるのが楽しいのに!用済みのパーレスを切り捨てる前に利用して、ボロボロになったあの女を攫って本国に戻るはずが!
なんなのよあの騎士たちは!)
お茶会で騒ぎを起こした女を連行したのは、マリーアンヌに忠実な侍女だ。途中で逃がされるはずだった。そして女はパーレスにルルティーナを犯させる。
絶対に成功するはずだった。同じ趣味の同僚たちだって、離宮に忍んでいた。
彼らは万が一を想定して女の周囲を監視している。そのはずなのに、騎士たちが現れて自分を拘束すると言い出した。
高位貴族に対する不敬、横領、婦女暴行、詐欺などの疑いがあると言って。シラを切ろうとした女に騎士は言った。
『パーレス・グルナローズ辺境伯令息は既に存在しない。初めから存在していないことになった』
だから女は逃げた。
(いずれパーレスが破滅するのはわかっていたけど速すぎる!準王族の血におもねる奴らめ!あれだけ侍っていた癖に見捨てたな!)
女は連行途中で隙を見つけ、闇属性魔法で全員を眠らせた。そして女性騎士の服を奪って着替え、逃亡したのだ。
女は離宮から出て森の中に入った。
逃走ルートは用意してあったが、やたら騎士がうろついている。身を隠すため森に入った。
音もなく森の中を走りながら、女は後悔していた。
(ああ!失敗した!ルビィローズ公爵が失脚した時点でさっさと逃げるべきだった!)
ヴェールラント王国侵略計画。
何度も中断し、多大な時間と労力がかかった本国の悲願。
ここ最近になって、ようやく上手くいくようになっていたのに。
女たちの役割は、グルナローズ辺境伯家を内部から蚕食することだった。
親類の伯爵家に成り変わり、グルナローズ辺境伯に近づいた。
元から色々と心が歪んでいて、さらに弱いところがある男だった。
闇属性魔法と薬を少し使うだけで、面白いくらい心を病み操りやすくなっていった。
そうすれば後は簡単だ。
グルナローズ辺境伯家内の不和を加速させ、職務に身が入らないようにし、適当に放置されていた印璽を使って文書を偽造し、別働隊が担当しているアンブローズ侯爵家のポーションの密輸が上手くいくよう補佐した。
本当に楽な仕事だった。おまけに、パーレスを利用して甘い汁を啜れるという特典まである。
後は別働隊がルビィローズ公爵に謀反を起こさせ、混乱している所を本国が攻め込めばいい。
本当にヴェールラント王国をおとせれば最上。そうでなくても国力を落とすことは必至だ。
(そのはずだったのに!ルルティーナのせいで!)
ルルティーナがアンブローズ侯爵家から出たことで、全てが狂った。
ポーション以外価値のない家だからと、担当していた者たちが放置していたらしい。奴らの存在こそが最大の失敗だったと、女たちは毒づいた。
おまけに本国でまた政変があり、女たちの動きは乱れてしまう。
結果的に、ルビィローズ公爵に謀反を起こさせるどころか、公爵は失脚して密輸ルートすら潰された。
(あの時点で逃げればよかった!パーレスを利用して甘い汁を啜りつつ、ベルダール辺境伯と中央貴族の断絶を深め、ルルティーナを手に入れようとするんじゃ無かった!
……ああ、でも、一つだけ大きな成果がある!)
女はニヤリと嗤った。
(ルルティーナが祈ったあの時、【新特級ポーション】【準特級ポーション】さらにはポーションですらない翡翠蘭ハーブティーが光り輝いた。
試しに一口で発情する量の媚薬を紅茶に盛ったけど、あの女は何とも無かった。
あの女がポーションを飲む間なんてなかったし、飲んだふりもしていない。
やはり、あの女は薬の女神の加護を受けた聖……)
バツン!……ドサッ!
「がっ!?……ぎぁっ!」
右足首に激痛が走り、その場に倒れ伏した。
血があふれる音。鉄臭い匂い。
「な、なにが起こっ……!……っ!」
足首を切り落とされたと理解する頃には、ロープのようなもので全身をぐるぐる巻きに拘束されていた。魔法も使えない。
(この縄!魔封じが仕掛けられている?一体誰が……!)
「何を驚いている?この【ヴァンセの森】は、ヴェールラント王国王家の森。
薄汚い【帝国】の間諜が侵入して生きて出られるとでも?」
「……っ!」
冷徹な声に震える。男か女か判別のつかない声、近くにいるはずなのに、何処にいるかわからない。
間違いなく手練れだ。
(正体まで見抜かれている!やっぱりもっと早く逃げればよかった!誰だ?さてはヴェールラント王国の間諜組織……!)
女の意識はそこで途切れた。
それは女にとって幸いだったかもしれない。
「ああ、訂正するよ。デルフィーヌ・アザレ伯爵令嬢の名を騙っていた【帝国】の狗。
楽に死ねると思うのか?の間違いだった。
お前は森から生きて出ることはできる。その後、丁寧に拷問して情報を絞り出してから殺してやる。
まずはその手癖の悪い指の爪を剥がす。その次は耳を削いで目玉をくり抜く。そして生きたまま全身の皮を剥ごう。
治癒魔法とポーションを使って、無限の苦しみをあたえてやる」
女の恐ろしい未来を知らずに済んだのだから。
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