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第2部 25話 パーレスの世界(パーレス視点)

 パーレス・グルナローズにとって、この世は己の快楽を貪るためにあった。

 それは、パーレスを溺愛する父親のせいだった。


 グルナローズ辺境伯。

 暗い赤色の髪と瞳。筋骨たくましく魔力も絶大な、ヴェールラント王国の西の辺境伯。

 この男にとって世界は、妻エリーザベスと、エリーザベスに生き写しのパーレス。そしてそれ以外だ。


 グルナローズ辺境伯は、エリーザベスとパーレスのピンクブロンド、エメラルドの瞳、美貌を過剰に讃えて執着した。


「王家の至宝。妖精姫のエリーザベスと、その血を色濃く引いたパーレスは、この世で最も尊い二人だ」


 エリーザベスは屋敷から、いや、夫婦の寝室から出ることすら稀だった。そのため頻繁に妊娠出産を繰り返し、辺境伯夫人としての役割はほとんどこなせなかった。


 パーレスもまた、屋敷の敷地からほとんど出ることなく育てられた。しかし、なんの不自由もない。

 グルナローズ辺境伯は他の兄弟姉妹と露骨に差をつけ、三男のパーレスを盲目的に溺愛したのだから。

 パーレスは欲しいものはなんでも貰えた。やりたいことは何でもできた。

 気に食わないことが有れば泣き喚けばいい。


「野菜なんて食べない。お菓子ちょうだい」


「この服は嫌だ。もっとキラキラしたのがいい」


「勉強なんてつまらない。やだ!やりたくない!」


 兄弟姉妹、使用人、教師はいさめたが、グルナローズ辺境伯に告げ口すればいい。

 兄弟姉妹は折檻されて口をつぐんだし、使用人と教師はどこかに消えた。


「パーレス、皆は貴方のために言っているのですよ。我儘はやめなさい」


 たまにエリーザベスから叱られたが、聞き流せばいいだけだ。エリーザベスに厳しくするよう言われたグルナローズ辺境伯にだって、泣けばすぐに甘くなる。


「母上ってうるさいなあ。汚いし、部屋から出なければいいのに」


 それに、どんどん痩せて醜くなるエリーザベスのことは嫌いだった。言うことなんて聞く気になれない。


 当然、パーレスの能力は伸び悩んだし、忍耐も礼儀も社会性も中々身につかなかった。

 それでも一応、教育されてはいた。

 周囲の努力の甲斐あって、黙ってさえいれば人前に出せるようになった頃、パーレスは九歳になっていた。


 春のある日、グルナローズ辺境伯が言った。


「パーレス、父と共に王都に行くぞ」


「おうと?」


 パーレスは最低限の地理知識もない。そんな息子にグルナローズ辺境伯は優しく教えてやった。


「お前と同じ血を引く尊い方々がお住まいの都だ。お住まいである王城があり、そこで【蕾のお茶会】が開催される。

 お前はそれに参加するのだよ」


「なんで?」


「貴族の子は、16歳のデビュタントの前に一度は出席する決まりだからだよ。

 それに、お前の婚約者候補も参加する。顔合わせに丁度いい」


「婚約者……」


 これは流石に知っていた。結婚相手だ。


「お前に相応しい家格と血筋と年頃の令嬢だ。確か二歳下だったか。

 ルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢という」


 パーレスはこの時、ルルティーナという存在を初めて知った。



 【蕾のお茶会】当日。


 父親であるグルナローズ辺境伯と何人かの兄弟姉妹と共に、パーレスは参加していた。

 なんとか王族への挨拶を済ませた後は、老若男女から美しさと高貴な血筋を褒め称えられた。


「まあ!本当に妖精姫様にそっくり!」


「流石は準王族。先が楽しみですね」


「ふふふ。当然です。僕は妖精姫の息子ですからね!」


 礼儀知らずぶりと傲慢さに眉をひそめる者たちの方が多かったし、他の兄弟姉妹はそれを恥じてさっさと離れたが。


「父上とパーレスはお二人でお楽しみください」


「……ああ。勝手にしろ。親戚どもへの挨拶を忘れるなよ」


 もうこの時点で、パーレスとグルナローズ辺境伯と他の家族との断絶は決定的だった。また、親類や家臣からも、家族関係については冷ややかな目を向けられていた。


 グルナローズ辺境伯は、まるで周囲に反抗するようにパーレスを側から離さなかった。

 自分を溺愛する父親に守られながら、パーレスは華やかな王族の催しに夢中になった。


 お茶会の会場である庭園は色とりどりの春の花盛り。洗練された空間。お菓子やジュースも、グルナローズで食べる物より何倍も美味しくて華麗だ。

 参加者たちも、華やかに着飾っていて見目がいい。子供達を楽しませるため用意された音楽隊や芸人も一流だ。


「あはは!面白い!火を飲み込んだ!もっと飲みなよ!」


「パーレス、そろそろ移動するぞ。アンブローズ侯爵家に挨拶を……」


「ええ?もう少しだけ見てたい。駄目?」


「ううん。そうか……。ご覧、あそこに居るのがアンブローズ侯爵家だよ。あの薄紅色のドレスを着た銀髪の少女が見えるか?

 彼女がルルティーナ・アンブローズ侯爵令嬢だ」


「銀髪……」


 色の薄い女の子だった。目を引く華やかさはないが、触れれば溶ける雪の結晶のような繊細な美しさがある。

 地味だけど悪くはない。パーレスはそう思ったが。


「幼い割に所作が美しい。両陛下からもお褒めいただいたそうだ。やはり、お前の婚約者に相応しいな」


 パーレスはもちろん褒められていない。なんとなく面白くなくてモヤモヤした。


「ふーん。そうなんだ。でも、顔は大したこないね。地味だし。僕の婚約者には、もっと華やかで可愛い子が相応しいよ」


「確かに、お前やエリーザベスほどの美貌から見れば平凡だろう。だがまだ幼い。育てばもう少しマシになるさ」


「ふうん。なら、結婚してあげてもいいよ」


 親子の最低な品評会は、幸いにも周りには聞こえていなかった。


 そしてその後。挨拶に行く前にルルティーナが暴行される事件が起きた。



 【蕾のお茶会】閉会後、パーレスたちは王都邸に戻った。

 グルナローズ辺境伯は渋い顔で愚痴った。


「アンブローズ侯爵家め。面倒事を起こしおって。魔力無しなのはともかく長女の躾も出来ない家の次女か……。

 パーレス。あの令嬢はお前に相応しくなかった。婚約者候補から外す」


「んー。いいよ」


 こうして、パーレスはルルティーナのことを忘れた。ただし、王都の華やかさは忘れなかった。


「グルナローズ辺境伯領は田舎だ。僕に相応しくない。王都で暮らしたい」


 グルナローズ辺境伯に強請り、泣き、拗ねた。愛息子を手元から離したくないグルナローズ辺境伯は渋ったが、半年で折れた。


 パーレスは執務室に呼ばれ、固い表情の臣下たちと顔を合わせた。

 執事、従者、教師、護衛騎士など二十名ほどがいる。


「パーレス。お前が王都で暮らすことを許す。

 ただしこの者たちを連れて行き、彼らの忠告は聞く様に。他はともかく彼らを解雇することは許さない」


 甘やかしにも程があるが、曲がりなりにも辺境伯を継いだ男だ。グルナローズ辺境伯はパーレスが問題を起こさないよう、万が一起こしても揉み消せる人材を用意したのだった。


「ええ……いいけど。でも、デルフィーたちも連れて行っていいよね?」


「この者たちを連れて行くなら好きにしていい」


「やったあ!」


 2歳年上のデルフィーヌ・アザレ伯爵令嬢とその両親は、お気に入りの臣下だ。いつだって、グルナローズ辺境伯と同じかそれ以上にパーレスを甘やかして肯定してくれる。

 彼らはパーレスの誘いに応じてくれた。他にも甘やかしてくれる臣下を連れて、パーレスは王都で暮らし始めたのだった。


 パーレスを甘やかすお気に入りの臣下たちと、甘やかさないが有能な臣下たちが、心地いい生活を維持してくれた。


 パーレスは様々な遊びを覚え、グルナローズ辺境伯からの小遣いをばら撒き愉快に暮らした。忠告は最低限聞いてやったが、目を盗んで遊ぶことも覚えた。


 長じて女遊びを覚えてからは、その乱行に拍車がかかる。


「恋なんて簡単だよ。可愛い女の子を見かけたら笑いかければいい。すぐにベッドの上さ」


 高貴な血筋の侯爵令嬢も、たまたますれ違った町娘も、夫を亡くしたばかりの寡婦も同じだ。


「可愛い人。きっと僕は君に会うために産まれたんだ」


 パーレスが微笑んで、甘い言葉をかければいい。


 最も、それが効かない女性も多い。彼女たちは苦笑いを浮かべたり、嫌悪や怒りをにじませて断った。

 確かにパーレスは美しい。しかし軽薄で言葉も性格も薄っぺらい。時には辛辣な言葉で拒絶されることすらあった。


 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 パーレスは認知が歪んだまま成長してしまったのだ。

 そして誰かが矯正しようとしても、デルフィーヌやグルナローズ辺境伯が歪みを肯定するから意味がない。


 デルフィーは豊満な身体でパーレスを楽しませながら、赤い唇を歪めて笑った。


「うふふ。流石はパーレス様ですわ。全てを魅了する貴方様こそ、次代のグルナローズ辺境伯に相応しい」


「僕が?」


「ええ。辺境伯閣下も、きっとそうお思いです」


 グルナローズ辺境伯は、流石にそこまで馬鹿な考えは抱いてなかった。

 パーレスには、辺境伯家が持つ伯爵位を継がせて充分な財産を与える。そして、資産運用と家政を任せられる令嬢を娶らせるつもりだ。

 後継者の指名もしてある。親類や重臣の意見を取り入れ、最も文武に優れている次男が継ぐことになった。

 パーレス以外の家族も臣下も納得し、嫡男を支えると誓っている。


 ただしグルナローズ辺境伯は、アザレ伯爵家らが『パーレス様こそ次代のグルナローズ辺境伯に相応しい』と、主張することを禁じなかった。


「アザレ伯爵家だけがパーレスの価値がわかっている」


 他の家族はもとより親族と臣下の大半が、パーレスを辺境伯令息として認めてない。

 兄弟姉妹に至っては、あからさまに蔑んでいる。強く賢く成長した彼らは、最近ではグルナローズ辺境伯に逆らってばかりだ。昔のように折檻して言い聞かせることも出来ない。

 グルナローズ辺境伯もまた、歪んだ考えとアザレ伯爵家に傾倒していたのだった。


 アザレ伯爵は、パーレスによく言ったものだ。


「このまま説得を続ければ、パーレス様が嫡男に指名される日も近いでしょう」


「うん。そうしたら、もっと良い暮らしが出来るんだよね?」


「もちろんですとも。煩わしいことは私どもにお任せ頂き、パーレス様はこれまで以上に優雅にお過ごしください」


「わかった。アザレ伯爵に任せるよ」


 パーレスは無邪気に笑い、好きに暮らした。


 18歳の夏。グルナローズ辺境伯が失脚するまでは。



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