第2部 24話 お茶会は踊る 後編
「あ、あんたのせいで台無しよ!この賤しい魔力無しが!」
私がイオリリス侯爵令嬢とアザレ伯爵令嬢の関係について考えていると、アザレ伯爵令嬢がティーカップを私に投げつけました。
「御前失礼します」
すかさずシアンの手が伸び、カップを掴みます。中身が少しこぼれ、シアンのドレスの袖とテーブルクロスが汚れました。
「ルルティーナ様、ご無事ですか?」
「ええ。シアンが守ってくれましたから。ご苦労でしたね。ああ、このままでは染みになるわ。控えの間に行きましょう」
労いつつ、さっさと席を立って出ようと思いました。もう、この不毛なやり取りをする気になれなかったのです。
せっかくシアンに似合っていたドレスが汚れたのですから!
「イオリリス侯爵令嬢、私たちは退席し……」
話終わる前に、何かがテーブルの上に落ちる音と膝が濡れた感触がしました。
バッと視線を動かすと、怯えた顔と目が合います。
隣席に座る令嬢がカップが倒したのです。
薄紅色のドレスのスカート部分に濃いしみが出来てしまいました。
「あ……も……申し訳ありま……」
顔面蒼白で震える令嬢。声をかけようとしましたが、それより早くイオリリス侯爵令嬢が動きました。
「申し訳ありません!プランティエ伯爵閣下!シアン様!」
俊敏な動きで私たちの側まで来て、頭を下げました。
「全ては主催である私の責任です!すぐに治癒魔法士と代わりのお召し物を用意いたします!お二人ともこちらへ!」
有無を言わさぬ勢いで部屋の外へと案内されます。動きながら侍女たちに的確な指示を出しているのは流石ですね。
ですが、ホストであるイオリリス侯爵令嬢自らが案内しなくても。こういう所が軽率と評される理由かしら?
考えているうちに廊下を進み、ある区画まで来ました。
私が行こうとしていた控えの間とは逆方向です。廊下には誰も居らず、扉が閉まった部屋が並んでいます。
「このような事態を想定して、我が家の侍女と替えのお召し物を用意してあります。治癒魔法士も呼びに行かせておりますので、間もなく到着するでしょう。
シアン様はこちらのお部屋にどうぞ」
ある部屋のドアを開け、シアンを中に促します。中は休憩室の様で、品良く身綺麗な侍女が出迎えました。
しかし、シアンは顔をしかめて拒否します。
「お断りします。私はルルティーナ様のお側から離れません」
イオリリス侯爵令嬢の青い瞳が潤み、涙がこぼれました。
「あの様な失態を犯したのです。私を信じて頂けないのは当然ですが、どうかお任せ頂けないでしょうか?
私の名誉にかけて、プランティエ伯爵閣下をお世話いたしますので……」
「お断りしま……」
「シアン。ここはイオリリス侯爵令嬢の顔を立てて差し上げて」
イオリリス侯爵令嬢が敵か味方か。まだわかりません。シアンの警戒は最もです。
しかし、彼女が私たちと同派閥の高位貴族令嬢なのは事実。
敵でなかった場合。シアンが、イオリリス侯爵家の侍女がいる場でイオリリス侯爵令嬢を泣かせた挙句、嘆願を拒否したことになります。
余計な禍根を産み、シアンの立場が悪くなってしまうかもしれません。
「私は大丈夫。シアンはすぐに迎えに来てくれるでしょう?待っているから、綺麗にしてもらってね」
「ルルティーナ様……」
シアンは無言で頷き部屋の中に入りました。
「プランティエ伯爵閣下、私を信じて頂きありがとうございます。お部屋はこちらです」
私は別室へと案内されます。内心で『まだ完全に信じた訳ではありませんよ』と言いつつ。
でも、出来たら信じたいです。イオリリス侯爵令嬢は、私が見たところ悪意がなさそうですし……。
ともかく、シアンの為にこれだけは言っておきましょう。
「私の付添い人が失礼しました。近ごろ色々とありましたので警戒しているのです。ご容赦いただけますでしょうか?」
イオリリス侯爵令嬢は、柔らかな笑みを浮かべます。
「もちろんでございます。それに、全ては私の不手際によるものですから」
「ありがとうございます。イオリリス侯爵令嬢もあまり気に病まれないで下さいね。貴女がやったことでは無いのですから」
「お言葉痛み入ります。
ところで。色々とはグルナローズ辺境伯令息の言動のことでしょうか?」
「ええ。ご存知でしたか」
「話題になっておりますから。それにしても、災難でございましたね。
プランティエ伯爵閣下は、ベルダール辺境伯閣下とあれほど睦まじいというのに……」
同情が滲む声に苦い笑みが浮かびます。
「ええ、本当に。まさかお会いした事もない方が、成立してもいない縁談を持ち出すとは思いませんでした」
「まあ!やはり根も葉もない噂でしたのね。安心いたしました。
貴女とあの方の間になにも無くて」
「え?」
ドンっと突き飛ばされ、倒れ込む。
え?どこ?床の模様、今まで歩いていた廊下じゃない。どこかの部屋?
身を起こすと開いたドアと、その先に佇むイオリリス侯爵令嬢が見えました。
もともとドアが開いていたか開けたかして、私を突き飛ばした?
いいえ、考えるのは後!私は立ち上がり出ようとしましたが、鼻先でドアが閉まります。開けようとしてもびくともしない!ああ!鍵がかかる音がした!
「イオリリス侯爵令嬢!何をなさいますか!」
ドアを叩きながら叫び、部屋の中を確認します。
豪奢な応接室のようです。家具の全て、机も扉付きの棚も本棚も絵画も大きく、ソファはベッドとして使えそうなほどです。
また、窓はありません。出入り口に使えそうなのはこのドアのみです。
このまま閉じ込められたら出られなくなる!
「開けなさい!どうしてこんなことをするんですか!」
「貴女がいけないのですよ。あのお方の言う通りにしておけば、令嬢としての名誉を失わずに済んだのに」
別人のように冷ややかな声が聞こえます。声はどんどんと震え、重くなっていく。
「そもそも貴女が最初から爵位も財産も捧げていれば……私では捧げられないものを持ってる癖に……だから、これは罰よ。私は悪くない……ケチじゃない……大したこと無いなんてあり得ない……」
「あのお方?まさか……」
ガタンと音がして振り返ります。
部屋の奥。扉付きの棚の影からある人物が現れたのです。
薄紅色に銀糸の刺繍の礼服。レースたっぷりのクラバットを留めるのはエメラルドのブローチ。
ピンクブロンドの髪に鮮やかなエメラルドの瞳。繊細な美貌の青年……。
初めてお会いしますが、一目でわかりました。
「パーレス・グルナローズ辺境伯令息ですね。これはあなたの謀ですか?」
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