第2部 21話 秋実の大祭 開幕
【秋実の大祭】当日。早朝。
馬車は秋晴れの王都を走ります。大通りには、私たちと同じく【ヴァンセの森】に向かう煌びやかな馬車がたくさんです。
私はお義母様とシアンと共に馬車に乗って、楽しくお喋りしながら車窓を眺めます。
王都の街並みと喧騒はあっという間に過ぎ、やがて緑豊かな土地に入っていきます。
赤や黄に色づいた木々は朝日を受けて黄金に輝き、すでに葉を落とした枝はレース細工のよう。常緑の木々は冬に向かい、ますます緑を濃くしています。
その彩りが一層豊かな森が見えてきました。
「あれが【ヴァンセの森】ですか?
王都から馬車で1時間の距離だというのに、まるで別世界ですね。樹齢数百年は下らないような巨木も生えています」
「ええ。この森は建国以前からあったと言われているわ。離宮も歴史があって、増改築を繰り返しているので独特の構造をしているのよ」
お義母様に教えて頂きつつ、馬車を降ります。
「ルルティーナ様、お手をどうぞ」
最初に降りた淑女……シアンが手を差し出してくれました。
いつもの侍女のお仕着せではなく、濃い青紫色のドレス姿です。直線的で動きやすそうな形で、手首まである袖も細身です。
ドレスと同じ色の帽子には、シアンの水色の髪と瞳と同じ色の羽飾りがあしらわれていて、とても良く似合っています。
大人っぽくて、実年齢の17歳よりずっと年上に見えるわ!素敵!
「ありがとう。今日は私の付添人としてよろしくね」
そうです。それがイオリリス侯爵令嬢のお茶会に出席変更する条件の一つ。
シアンは平民なので、本来は離宮でのお茶会会場には入れません。それを許可させたのでした。
使者様方は快く許可を下さりました。
後もう一つ許可を得ました。この場限りですが、シアンはアメティスト家の名を名乗っていいことになっています。
「はっ!身に余る栄誉でございます!このシアン!身命を賭してルルティーナ様をお守り致します!」
「い、命は賭けないで欲しいわ……気持ちは嬉しいけれど」
「いいからさっさと歩きなさいな」
そう急かすお義母様の服装は、アメジスト色の帽子、同じ色の生地に黒いレースを重ねたドレスです。歩きやすいよう裾はくるぶしまでで、ボリュームを抑えています。装飾は瞳の色に近い青紫色のアメジストの耳飾りとブローチです。
私の服装は、青いリボンがついた白い帽子、白いドレスシャツ、薄紅色のジャケットとスカートで構成されたツーピースドレスです。
ドレスはお義母様と同じくシンプルな形で、腰は青い貴石をあしらったベルトで締めています。装飾はサファイアの耳飾りと首元のブローチです。
離宮で受付を済ませて森に続く庭園に向かいました。
庭園の中央。離宮と森を繋ぐ道の間に立派な祭壇があります。私たち貴族は、離宮から祭壇までの両脇に並びました。
狩猟に向かう王族御一行をお出迎えするためです。
ややあって、後到来を告げる華々しいファンファーレが響きました。
御一行に対し、思い思いの歓声が上がります。
「国王陛下、王妃陛下、王太子殿下万歳!」
「我らが太陽に祝福を!」
「きゃー!ラピスラズリ侯爵閣下!素敵ー!」
「こちらを向いて下さいませ!」
物凄い熱気と歓声です。
なかなか姿が見えません。というか、ラピスラズリ侯爵閣下大人気ですね。
あ!近づいてきました!見えます!
先頭と殿に分かれた近衛騎士の皆様は、鎧のない騎士装束姿です。
ああ、確かにブリジット・ラピスラズリ侯爵閣下は群を抜いて凛々しい!
あの豊かで鮮やかな髪を後ろで一纏めにして、白が基調の騎士装束で真っ直ぐに歩いています。
キリリと引き締まった顔は勇しく、中性的な美貌が引き立ちます。あのお茶会での朗らかさはありません。
「敵か味方かわかりませんが、素晴らしい騎士様なのでしょうね」
「そうね。それと王妃陛下への忠誠心は間違いないわ。諫言することもあるそうだから」
話しているうちに、国王陛下、王妃陛下、王太子殿下とその前後をあるく貴族たちが見えてきました。王族は馬上に、貴族は徒歩です。
全員が狩猟用の装束で、弓矢や槍を持っています。この【秋実の大祭】での狩猟は、昔からの決まりで魔法を使わないのだそうです。
王族の皆様は揃いの濃い緑色のジャケットとズボンです。
常にないお姿にまた歓声が上がります。
国王陛下は頼もしさと逞しさが強調され、王妃陛下は狩猟の女神に見紛う神々しさ。
王太子殿下は、普段の上品な貴公子ぶりとは違う雄々しい美しさです。
「素敵ですね……あ!お義父様!お義父様が近づいてきましたよ!」
堂々とした狩猟服姿カッコいいです!黒が基調でクラバットブローチがアメジスト!お洒落!
「お義父様!頑張って下さいませ!」
「イアン、しっかりね!」
「おう!任せろ!」
お義父様を見送り、視線を後方に向けて……ドリィに釘付けになりました。
濃い紺色のジャケット、ローズクオーツのブローチがついた白いクラバット、灰色のズボン。ズボンは焦茶色のロングブーツの中に入れています。
す、素敵!凛々しい!カッコいい!ドリィ大好き!
周りを油断なく警戒する冷ややかな青い眼差しがたまらない!
内心でキャアキャアと騒いでいると、ドリィと目が合いました。
「ルティ!」
パッと眩しい笑顔になります。氷が溶けて春が咲いたかのよう!
嬉しくて「人前ですよ!」と、諌めることができません。最近ずっとそうですね……。
「ドリィ、頑張ってね」
「ああ。君も。……事情は聞いた。いざとなったら君を助けれるよう必要な情報は集めたけど……無理はしないでくれ」
「え?」
後半は私にだけ聞こえるよう、耳元で囁かれました。意味深な言葉に聞き返しそうになりましたが……。
「愛しいルティ。俺の狩りの女神。必ず君に相応しい獲物を捕らえてみせるから、待っていてくれ」
「ドリィ……」
ドリィの指が私の髪をすくい、キスを落として通り過ぎていきました。
あまりの色香に呆然としたまま見送り……周りの視線に気づきます。
「素敵……物語みたい」
「若いって良いなあ。羨ましい」
「溺愛してるって本当だったのね」
「だから言ったじゃない」
「はっはっは!お似合いのお二人ですな!」
「ルルティーナ……もう何も言いません」
「ヘタレ閣下も成長しましたねえ」
あああああ!またやってしまいました!
「み、皆様忘れて下さいませ!」
「「「それは無理ですよ」」」
明るい笑い声が秋の空に響きます。しかし、それに紛れて不穏な囁きも。
「ふん。どうせ偽りの婚約なのでしょう?」
「パーレス様の想いを踏み躙った癖に。見せつけるなんて悪趣味な」
「周囲との調和を考えて欲しいものね」
ちらりと視線を送れば、シアンが頷きます。
やはり、マリーアンヌ・イオリリス侯爵令嬢のお茶会の出席者です。
その中心に居て、嫌な笑顔を浮かべているのは……。
「うふふ。焦らなくても大丈夫よう。ルルティーナ様もいずれ気づくわ。誰と結ばれるべきかね……」
紫がかったピンク色の髪、同じ色の派手で胸元が大胆に見えているドレス。パーレス・グルナローズ辺境伯令息の愛人デルフィーヌ・アザレ伯爵令嬢です。
年齢は20歳で未婚とのことですが、妖艶で遊び慣れた雰囲気があります。
辺境伯令息は見かけませんが、いよいよ仕掛けてくる気でしょう。
受けてたちます。
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