第2部 19話 朝食と急報
コルナリン侯爵家夜会の翌日。
顔にふれる空気の冷たさ。深まりゆく秋を感じながら、私は目覚めました。
いつもより早く起きれたわ。
ふかふかのベッドの上。半身を起こせば、驚いた顔のシアンと目が合います。
ワゴンの上にはティーセット。目覚めのお茶を準備をしてくれたのでしょう。嬉しくて幸せな気分になります。
「おはよう。シアン」
「ルルティーナ様、おはようございます。物音で起こしてしまいましたか?」
「ううん。自然に目が覚めたの」
紅茶で身体を温めて身支度しました。
生成色のワンピースにラベンダー色のカーディガンを羽織り、食堂の席につきます。
しばらくして、お義母様とお義父様も入室されました。
「あら。ルルティーナ、おはよう。早起きですね」
「おはよう。疲れは取れたかな?」
「おはようございます。よく寝れたので、清々しい気分です。体調も万全ですよ」
お義父様、お義母様とご挨拶している間に、離れに泊まっているドリィもやってきました。
砂糖とミルクたっぷりの紅茶みたいな笑顔で!
「ルティ、今日も君は砂糖菓子のように愛らしい」
「ど、ドリィったら……」
さらりと髪を撫でながら囁かないで!きゅうんと胸が熱くなる!人前では駄目なのに突き放せない!
あら?髪がしっとり濡れてるわ!走り込みと素振りを済ませて水浴びをしたのかしら!
水も滴る良い男ですねわかります!
お義母様たちから「イチャつくのは後にしなさい」と、たしなめられたのですぐ離れましたが。
間もなく朝食が運ばれてきました。
野菜サラダのレタスは瑞々しく、ミネストローネは野菜とベーコンの旨味がよく引き出されています。そして焼きたてのパンはふかふかで香ばしい。
楽しくお喋りしながら頂きました。
話題は今日の予定に移ります。お義父様が微笑みながら訊ねました。
「俺たちは予定通り【ヴァンセの森】に向かう。打ち合わせもあるので泊まりだ。リラとルルティーナの予定は変更ないか?」
「ええ。明日の準備をするくらいね」
「そうですね。お手紙だけは書こうと思っています」
「良い心掛けです」
お義母様が満足そうに頷きます。
お手紙も大事な社交ですからね。特に、エディット様にお手紙を出したいです。
出来ればお手紙で、あの不可解な態度の謎が解ければいいのですが。
エディット様は直接話されたいとのことでしたが、明日もゆっくり話す機会はないでしょう。とても賑やかな行事だそうですから。
まるで考えを読んだようにドリィが言います。
「明日の【秋実の大祭】。ルティは初参加だったな」
「はい。少し緊張します」
「そうね。概要は覚えているかしら?」
「はい。【秋実の大祭】とは、社交シーズンの最後を飾る行事であり、王族と貴族が神々に感謝し来年の豊穣を祈願する儀式です」
会場は王都郊外にある【ヴァンセの森】。
王族が狩猟をするための森であり、滞在するための離宮があります。
まず、王族と貴族が狩猟します。
その獲物と各地の作物を祭壇に捧げ、大司教様が祝詞を上げます。
そして全員で一年間の恵みを神々に感謝し、翌年の豊穣を祈願します。
私も【新特級ポーション】を祭壇に捧げ、薬の女神様に感謝しお祈りします。
「大切な儀式の場で薬の女神様に感謝申し上げれることが、今から楽しみです。
お義父様とドリィは狩猟に参加されるのですよね?」
「ああ。俺もアドリアンも久しぶりの参加だ。腕が鳴るよ」
狩猟に参加するのは王族、王族を護衛する近衛騎士、そして国王陛下から選定された貴族たちです。
功績のあった貴族から選ばれるため、名誉なことです。
サフィリス公爵家派閥からは、ドリィ、お義父様を含む五名が選定されました。
「毎年参加されているのは、同派閥のブリジット・ラピスラズリ侯爵閣下だけだな。近衛騎士として王妃陛下の護衛にあたられつつ、狩猟もされる。
凛々しい騎士装束姿に、毎年ご婦人方の声援が飛ぶよ」
確かに。王族の皆様方とのお茶会でも、閣下は一際目を引く騎士ぶりでした。
「ドリィとお義父様も引けを取りませんよ。それはそうと、お怪我なさらないようお気をつけて」
「心配してくれて嬉しい!ルティの為に大物を獲ってみせるよ!」
「アドリアン、頼むから気合いを入れすぎて森を破壊するなよ」
「やりかねないわね。イアン、頼みましたよ。私とルルティーナは止められませんから。
ルルティーナ、私たちはしっかり社交に勤しみますよ」
「はい。お義母様」
狩猟に参加しない大半の貴族。つまり私やお義母様たちは、祭壇の準備とお茶会をします。
祭壇の準備は、あらかじめ作られた土台を花や布で飾り付け、各地から集められた作物を置く。それだけだそうです。
作業後、狩猟が終わるまで離宮の中や庭で待機します。
あちこちでお茶会の場が設けられ、貴族たちは社交に勤しむのです。
しっかり社交して成果を出さなくては!
気合いを入れていると、お義母様の眼差しが柔らかくなりました。
「とはいえ、私たちのお茶会のホストはサフィリス公爵夫人です。我がアメティスト子爵家の寄親であり、寛容で貴女に対して好意的なお方。そこまで緊張しなくてよろしい」
デビュタント前の貴族子女も参加するので、待機する貴族が多い。その上、派閥、爵位、年齢、性別も様々です。
無用の軋轢を生まないために、お茶会のホストと会場が複数に分かれているそうです。
ホストは王妃陛下によって各派閥から複数選ばれます。これもまた、非常に栄誉のあることです。
選ばれた方々が相談しあい、誰が誰を招待するか決めて準備します。
王妃陛下の監督があるとはいえ、かなり自由度は高いとか。
「そうだな。ルルティーナとアドリアンの悪評もほぼ消えた。二人とも、明日は新しい友人を作るつもりで楽しみなさい」
「い、イアン殿。ルティはともかく俺はもう良い大人なんですが……」
「あらドリィ!私だって16歳の成人している大人よ!それに、お友達作りに年齢は関係ないわ!」
「その通りね。ご友人は多くて困りませんよ。今回のことで痛感したでしょう?アドリアン坊ちゃん」
「ぐっ!……はい。ルティとイアン殿とリラ殿には敵いませんね」
和気藹々と話していましたが、唐突に執事が入室しました。とても強張った顔です。
「お食事中失礼いたします。ルルティーナお嬢様に、サフィリス公爵夫人とイオリリス侯爵令嬢様から使者がいらしております」
「は?こんな早朝にか?」
和やかな空気が一変し、私は速やかに席を立ちました。
「かしこまりました。身支度をしてすぐお会いします」
サフィリス公爵家は寄親であり派閥の長で、夫人はこの度のお茶会のホスト。
イオリリス侯爵家は同じ派閥の重鎮で、ご令嬢の一人がホストを勤めるはず。
厄介事の予感しかしないわ。
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