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8話 鳥籠を出た鳥は空を知る

 長い話になるからと、カルメ様はシアンにお茶の用意を頼みました。


「頭を使う話には甘いものが必要だし、ルルティーナちゃんは滋養をつけないといけないからね」


「師匠が食べたいだけじゃないですか?」


「うるさいよシェルシェ」


「うふふ。あ……失礼しました」


「いえいえ!ルルティーナ様が笑って下さってなによりですよ!師匠が食い意地張ってるお陰ですね」


「お前が余計なことを言うからだろう。ねえ、ルルティーナちゃん」


 これまで色々と衝撃的な出来事続きでしたが、お二人の気安いやり取りにほっこりしました。

 楽しくお喋りしていると、シアンがお茶菓子をセッティングしてくれます。


「わあ、素敵……」


 キラキラ輝くのは果物のゼリー、柔らかい色味は砂糖菓子。ティーカップに注がれるのは控えめな香りのハーブティーです。


「ゼリーは野苺とオレンジの二種類がございます。砂糖菓子は果汁シロップ入りのボンボンです。ハーブティーはカルメ様のご指示のものをご用意しました」


 カルメ様は、ゼリーを口にしながら微笑みました。


「こういった茶菓子なら食べても胃腸が驚かないだろう。ゆっくり食べるんだよ」


「……ありがとうございます」


 ボンボンを口の中に含むと、すぐに砂糖の衣が破れて甘いシロップが弾けました。

 口に広がる甘さと優しさに、私はまた涙ぐんでしまいます。シアンが気遣わしげな顔になりました。


「ルルティーナ様、お口にあいませんでしたか?」


「違うの。美味しくてびっくりしちゃった」


 シアンはたちまち笑顔になります。カルメ様とシェルシェ様も嬉しそうです。

 なんだかくすぐったくて、むずむずします。でも、嫌な気持ちではありません。


「それはよろしゅうございました。料理人も喜びます。ルルティーナ様のために、張り切って用意していましたから」


「私のために?」


「うんうん。そうだよ。ここにあるお菓子は全部、ルルティーナちゃんのための物だからね。このゼリーもお食べ」


「師匠、師匠。ゆっくり食べなさいって言った癖に、山盛りにしちゃ駄目でしょうが。ルルティーナ様困ってるし」


 和気藹々とお茶をしながら、先程の話の続きをしました。


「あの、私は質の悪いポーションしか作れないと言われてきました。それに、ポーションは治癒魔法に劣る下らない薬だと聞いていますが……」


 カルメ様もシェルシェ様も眉をひそめます。


「ポーションが治癒魔法に劣る。ねえ……。

まともな治癒魔法師なら口が裂けても言えないね」


「全くですね」


「え?」


 シェルシェ様は、気遣わしげな表情で説明してくれました。


「ルルティーナ様。治癒魔法は、病や傷そのものを治すのは得意です。即効性も高く、ポーションのように経口摂取も必要ではありません。

ですが、万能ではないのです」


「治癒魔法は……万能ではない?」


「はい。師匠も言っていましたが、治癒魔法は長期間続いた身体の不調や衰え……例えば栄養失調、倦怠感、貧血、筋力や体力の低下などですね。そういった病や傷によって衰えた身体を健常な状態にするのは苦手なのです」


「その通り。しかも、治癒魔法には大量の魔力が必要だ。どんなに優れた治癒魔法師でも、魔力不足になれば治癒魔法を使えない。魔力を補う方法もあるけど、どれも費用や手間がかかって割に合わないのが現状さ。

ポーションは治癒魔法ほど傷や病を癒せないし、等級や職人によって出来もまちまちで経口摂取も必要だ。

けれど、基本的に身体の状態を整えてくれるし、携帯に便利で、使っても魔力不足になることがない。

だからアタシら治癒魔法師は、治癒魔法とポーションの両方を使って治療するのが当たり前なんだ」


「両方……当たり前……」


「たいていの治癒魔法師は、ポーションを持ち歩いていますよ。こんな便利で頼もしい薬を使わないなんて考えられませんからね。

ですからポーションは、最低等級のものでも高値で取引されていますし、ポーション職人は尊敬されています。

ポーション作成には高価な材料と充分な設備はもとより、専門知識と技術が必要ですからね」


 これまでの世界がガラガラと崩れていきました。

 信じられない気持ちと同時に、どこか納得している自分がいます。

 本当にポーションに価値がないのなら、アンブローズ侯爵様が作ることを命じるでしょうか?

 高価な光属性の魔石や貴重な薬草を惜しげもなく使わせて?しかもお二人に確認したところ、ポーション作成に使う魔道釜戸はかなりの高額でした。

 どうして気づかなかったのでしょう?


「私……本当に何も知らなかったんですね。世間知らずでお恥ずかしいです」


 恥ずかしくて耳まで熱くなってしまいました。皆様の顔が見れなくて、私はティーカップの中のハーブティーを見つめます。

 水面に浮かぶ情け無い顔に嫌気が差します。

 ポーション作りの師匠も、この事実を知らなかったのでしょうか?それとも、私を嫌っていたから黙っていたのでは……。

 師匠は私に手を上げたり、言葉でなぶるようなことはしませんでしたが、私を見る目は憂鬱そうで……。

 私が、鬱陶しい、恥知らずな、魔力無しのクズだから……。

 

「いいえ!ルルティーナ様が恥じることはございません!全てはあのアンブローズ侯爵家の下衆どものせいです!」


「し、シアン?」


「ルルティーナ様を騙して!あんな小屋に閉じ込めて!ろくな食事も与えずにポーションを作らせて!最低です!やはりさっさと始末すべき……!」


「こらシアン!ルルティーナちゃんの前で物騒なことを言うんじゃないよ!」


「僕らも同じ気持ちですけどね。繊細な方の前ではちょっと……」


「あっ!ル、ルルティーナ様!申し訳ございません!怖かったですよね?大丈夫ですからね」


「シアン……。ふふふ。大丈夫よ。シアンが私のことを大切に思ってくれてるって、知っているもの」


 シアンのお陰で、鬱々とした気分が吹き飛びました。落ち込むのは後です。まだまだ確認しなければならない事ばかりなのですから。


「ポーションには等級があるのですか?」


「そうさ。それは、この国のポーション事情を説明した方がわかりやすいかねえ」


「ですね。僕が説明します。

我がヴェールラント王国では、ポーションの作成と流通には認可を得る必要があります。

市井のポーション職人が店頭で少量売る場合はもちろん、商売にしない場合……例えば、ポーション作成の知識と技術がある者が、家族や知人に無償で譲渡するといった場合でも、ポーションを国に提出して査定にかけ、認可を得なければなりません。

また、これは一度だけではありません。半年に一度は国にポーションを提出する必要があります」


「そんな厳密な決まりがあったのですか。全く知りませんでした……」


 そういえば、半年に一度ほど『ちゃんと作っているんだろうな!』と、アンブローズ侯爵様みずからが納品に立ち会う日がありました。

 ひょっとしてあれがそうだったのでしょうか?


「査定によって、ポーションは特級、上級、中級、下級ポーションに別れます。

ただし、特級ポーションは六年前まで存在していませんでした」


「!」


 六年前。その年数に思い当たる事があります。ポーション職人の師匠が亡くなった年であり、私が本格的にポーションを作り始めた年でした。


「六年前、アンブローズ侯爵家お抱えのポーション職人が作成した【新しいポーション】が査定に出されたのです。

そのポーションは、既存のポーションをはるかにしのぐ効力を持っていました。

瀕死の重傷、重病、欠損すら治す特別なポーションです。

国は高く評価し、特級ポーションという新しい等級を設置するに至りました」


「アタシも特級ポーションの効力を初めて見た時は目を疑ったよ。

そして当然、作成したポーション職人について調べた。出来れば、レシピを購入したかったしね」


 アンブローズ侯爵家には問い合わせが殺到したそうです。全ての問い合わせに対し届いたのは、以下の返答でした。


【『新しいポーション』を作ったポーション職人は、アンブローズ侯爵領の領民である。ポーションの作成もその地で行っている。

非常に希少な材料と特殊なレシピで作成されているが、その全容はポーション職人とアンブローズ侯爵の間に交わされた『血の誓い』により、アンブローズ侯爵にも秘されている。

その為、レシピの購入は不可能である】


 血の誓い。とは、魔法を使う誓約のことだそうです。一度交わすと、互いが死んでも破れない。とても強い契約です。


「それがルルティーナ様が作成する特級ポーションの、表向きの情報だったのです。三年前に、アドリアン・ベルダール団長が真実に気づくまでは」



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