第2部 7話 心強い家族たち
時は少し遡ります。
国王陛下の使者様とお会いして、私、ドリィ、シアンで話し合った翌日のことです。
「ルティ、何事も根回しが大事だ」
「はい」
私とドリィは、手紙をあちこちに送って協力者を募りました。
真っ先に反応したのが、アメティスト子爵夫妻であるお義母様とお義父様です。
お二人は、手紙を送った二日後にミゼール城まで来てくださいました。
お二人とも後進の育成や領地経営お忙しいのに、頭が上がりません。
私の応接室にて、お二人とお話します。
ドリィは残念ながら演習中で参加できませんでした。「俺が魔獣役をしないと緊張感にかけるから外せない。お二人に申し訳ない」と、言っていました。
「お越しいただきありがとうございます。申し訳ございません。ドリィはどうしても外せない演習がありまして……」
私の背後に控えるシアンと共に頭を下げました。
お義母様のお顔が少し柔らかくなります。
「ルルティーナ、謝ることはないわ。すでにアドリアン坊ちゃんからもお詫びの手紙を頂いていますし、アドリアン坊ちゃんも貴女も、貴女たちにしか出来ない勤めを果たされているのよ。私たちよりも優先するのは当然です」
「お義母様……」
「本題に入りましょう。この話は、貴女の親である私たちにとっても一大事です」
お義父様も頷きます。
「二人の手紙を読んだよ。よく報せてくれた。俺たちは領に戻っていたので、王都の動きを知らなかった。貴族院からの書簡もまだ届いていない」
「すでに終わった出来事だそうですからね。貴族院としては、緊急性がないということで通常の書簡で送っているのでしょう」
国王陛下のドリィに対する愛を感じました。使者を立てたのは、一刻も早く報せるためでもあったのですね。
「ただ、俺たちにとっては予想外の訴えだ」
「ルルティーナ、貴女たちの手紙に書かれたことは事実なのね?」
「はい。国王陛下からの書簡もございます。ご確認ください」
「ご覧ください」
シアンがテーブルの上に書簡を広げ、お二人に読んで頂きます。お義父様の優しい茶色の瞳が、当惑で揺れます。
「これは……本当に、当家が整えた婚約に横槍を入れる気か。我々に申し入れもせずに。あまり良い噂を聞かない方ではあったが、あまりに浅慮な」
「……グルナローズ辺境伯三男……噂以上の恥知らずね」
「リラ!言葉が過ぎるぞ!」
「いいえ。これでも配慮した言い方よ。当家とルルティーナの家格がグルナローズ辺境伯家より下だから、己が王位継承者だからと、こちらを見下しているのがよくわかる」
「はい。私にとっても許し難い話です。しかも不穏な動きや嫌な噂まであって……」
「それらについては、私が説明いたします」
シアンが端的に説明します。
ドリィの権力が増すのを嫌って私たちの婚約を反対する者たちがいることと、私がドリィの野心に利用されている……もっと言うと「アメティスト子爵家も協力して虐待しているのでは?」と噂されていることを。
「なんだと?」
「ふざけているわね」
今度はお義父様も怒りを抑えられないご様子です。前半はともかく、後半はまだご存知なかったそうです。
「噂はしているのはごく一部ですが……」
「貴族の噂は玉石混交。栄えている家が根も葉もない悪評を囁かれるのはよくあることよ。でも、この噂は放置しておけません。グルナローズ辺境伯令息は利用するでしょうし、我々の名誉にも関わります。
何より、貴女たちの婚約を寿いでいるのは私たちだけではないのですから」
そう。表立って口にすることは難しいですが、国王王妃両陛下も王太子殿下も後押しして下さっています。
ドリィの肉親として、私を婚約者と認めて下さっているのです。いざとなれば、お力添えもいただけるでしょう。
しかし私もドリィも、出来るだけ自分たちで動いて解決したいのです。
「改めてお二人にご協力をお願いいたします。グルナローズ辺境伯令息パーレス・グルナローズの思惑をくじき、私とドリィに対する不快な噂を吹き飛ばしたいのです」
とはいえ、相手はグルナローズ辺境伯令息。三男とはいえ王位継承者でもあります。高貴なお方です。
まあ、色々とお噂のあるご様子ですが。
「なるほど。事情はわかった。それで、お前とアドリアンはどうする気だ?
もちろん俺たちは力になるが……」
「グルナローズ辺境伯家に抗議でもするのかしら?
私としてはそうしても良い。むしろそうしてやりたいわ」
「リラ」
「わかってるわよ。家格が下なのは事実。グルナローズ辺境伯は失脚したけれど、夫人と子女たちは王位継承権を持っている。侍る者たちは減らないでしょう。
あまり表立って対立すると、貴女たちの今後に響く恐れがある。
もちろん、色々と手はありますがね」
「いいえ。根本的な解決を図ります」
「と、言うと?」
単純な話です。
「秋の滞在を伸ばして社交に力を入れます。
今回の一番の原因は、私もドリィも社交界に殆ど出席せず、為人や力を充分に示せていないからです。
また、単純に交友関係を広げるだけでなく……」
アイデアを話すと、お義母様の目が輝きました。
「ルルティーナ!成長したわね!それにこれは、貴女とアドリアン坊ちゃんの社交下手を改善するいい機会よ!」
「ああ、いい考えだ。任せなさい。お前とアドリアンの婚約は、俺たち両親が認めた正式なものだ。とっくの昔に流れた縁談相手が出る幕じゃない」
快くご協力頂けることになりました。
お義母様は、最近さらに磨きのかかった美貌に笑みを浮かべます。
ま、眩しい。
「よろしくってよ。ルルティーナの武器を最大限に活かし、貴女の敵を屠りなさい。この私が助太刀します」
「言い方が物騒だなあ。リラ、本物の血が流れない程度にしてくれよ」
「それはお相手次第ねえ」
「ルルティーナ、リラが暴走したら止めてくれよ……」
「無理かも知れません。私も怒っておりますので!」
「いつの間にかリラに似てしまったなあ……」
そうだったら嬉しいです。お義母様が大好きですから!
◆◆◆◆◆◆
そして私とドリィは、王都滞在を長引かせれるよう仕事を終わらせたり、振り分けたり、指示を飛ばして調整しました。
た、大変でした……。
「ルルティーナ様、例の物の準備が終わりました」
「ありがとう。明日はいよいよ出発ね。出来るだけ書類仕事を終わらせておかないと」
「……この山を明日までに処理するのは難しいかと」
「う……そ、そうね」
結局、私とドリィは馬車の中でも書類仕事と格闘することになりました。
魔道具仕立ての、揺れが少なくて速い馬車の利点が活かされました。また、【上級ポーション】を携帯して使用していますので、体の疲労はほとんどありません。
いざとなれば【特級ポーション】も【準特級ポーション】もあります。
ただし、私もドリィも精神的な疲労からは逃れられませんでした。
「ふう……」
馬車の向かいに座るドリィが、出来上がった書類を手に溜め息をつきます。
疲労の色が濃く、凛々しいお顔に影を落としています。雨雲に翳る月のように。
痛ましい。胸が痛みます。
ポーションは身体を回復させますが、精神的な疲労は回復させられません。
「ドリィ。演習と魔境討伐で疲れているのに、私の思いつきで無理させてしまってごめんなさ……」
「ルティ」
しかめていた顔が、ふわりと柔らかく解けます。
「謝らないでくれ。君との未来のため、俺自身が君の考えのもと行動すると決めたんだ」
「ドリィ……」
大きくて力強い、そして誰よりも優しく私に触れる手が、私の頬を撫でました。
「疲れているのは君も同じだ。雨に打たれた花のようだよ。
次の宿屋では、お互いにしっかり休もう」
「はい」
私たちは心からの笑みを浮かべ、シアンから「お手が止まっていますよ」と言われるまで見つめ合ったのでした。
こうして王都に到着した私たちは、次の日から互いの未来のために動きだしました。
私はまず、お義母様が前から開催する予定だったお茶会に参加させていただきます。
準備はしっかりできました。油断もしていません。
予想外の事態に狼狽えそうになるなんて、この時はまだ思っていませんでした。
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