第2部 6話 アメジストは戦場に輝く
国王陛下からの報せを受けて一週間後。
私たちは、王都のアメティスト子爵邸に滞在しています。
予定より一週間ほど早い到着です。滞在期間も延長すると決めました。
ある考えのもと、十日後の【秋実の大祭】を含めて半月ほど過ごすことにしたのです。
今はお昼の少し前です。
屋敷内の自分の部屋で、シアンたちと共に相談しながら身支度しています。
ミゼール領から持ってきた山ほどのドレスと装飾品から、指定された色のものを選びます。ある程度は目星をつけていたので、迷うことはありません。
「ドレスはこちら、ジュエリーはこのパリュールがいいわ」
「かしこまりました」
このドレスも、ドリィが贈ってくれました。
形は【夏星の大宴】以来の流行であるエンパイア。青紫色と白で構成されています。
髪をハーフアップにして髪飾りをつけ、首飾りと耳飾りもつけました。
パリュールもドリィからの贈り物で、ドリィの瞳と同じ色のサファイアと、アメティスト子爵領産の水晶があしらわれています。
いつもより大人っぽく化粧をしてもらえば、立派な淑女が出来上がりました。
姿見の前で全体を確認します。上品かつ華やかな仕上がりです。
私は服装によっては、16歳という実年齢より幼く見えてしまいます。今回は違います。2、3歳は歳上の淑女に見えます。
ですが。
「素敵……。でも、やり過ぎたかしら?夜会ではないのに豪奢すぎるというか……場違いではないかしら?それに私は若輩者で……」
シアンとアメティスト子爵家の侍女たちは、微笑んで否定します。
「いいえ。本日の催事に相応の装いでございます。
また、ルルティーナ様は国王陛下の覚えもめでたい伯爵閣下であり、ミゼール領辺境騎士団のポーション職人長であらせられます。
そのご身分に対しても相応しいと存じます」
「左様でございます。また、催事と身分の格に対する配慮だけではございません。
ドレスのお色はアメティスト子爵家の象徴である青紫であり、ジュエリーの水晶は子爵領の特産品。そしてサファイアは、ご婚約者様であるベルダール辺境伯閣下の色彩でございます」
「ルルティーナ様が、アメティスト子爵家の大切なご令嬢でありベルダール辺境伯閣下の婚約者であることを、これ以上なく示せる装いです」
優しくも力強い言葉達に勇気づけられます。
そして、気付かされました。
「そうね。ドレスとジュエリーは鎧であり剣。お義母様も仰っていたわ。己の鎧と剣に気後れしていて、どうして戦場で戦えましょうか」
「はい。ルルティーナ様がおもむく戦場に相応しい戦装束でございます。存分に活用されるべきです」
「え?ルルティーナ様?シアンさん?」
私は気弱なことを考えた自分を叱咤しました。改めて姿見に映る我が身を見ます。
「素敵だわ」
毛先や指先まで整った気品のある淑女がいます。完璧です。
私はもう、かつてクズと呼ばれても言い返せなかった魔力無しのルルティーナではありません。
私のことを知らない方々が思っているような、か弱く憐れな少女ではありません。
私はポーション職人のルルティーナ!ミゼール領辺境騎士団ポーション職人長ルルティーナ・プランティエ伯爵!ドリィの婚約者です!
侍女の皆さんに向き合います。
「皆さん、ありがとう。ルルティーナ・プランティエ伯爵は、貴女たちが整えてくれた最強の鎧と剣で戦います!」
「流石はルルティーナ様!その意気でございます!このシアン!及ばずながらお供いたします!」
「ええ!シアン!行きましょう!」
「ご、ご武運を?」
「ルルティーナ様、奥様の影響を受け過ぎでは……」
「しっ!楽しそうにされているのに水を差さない!」
私はシアンと共に気合を入れて部屋を出ます。向かうは玄関。時刻はお昼過ぎになっていました。
ちょうど良い頃合いです。
「ドリィに見せれないのが残念ね」
離れに宿泊しているドリィは、私より早く起きて別行動しています。ドリィはドリィの、私は私の戦場におもむくのです。
シアンがやれやれと言いたげな顔になります。
「閣下も、ルルティーナ様のお姿を見れないことをお嘆きでした。というか、ルルティーナ様のお着替えが終わるまで待っていたいとか、連れて行きたいとかうるさか……いえ、名残惜しそうでした」
「うふふ。では、ドリィもこの姿でお出迎えしましょう」
玄関に向かう途中で、お義母様たちと合流しました。
お義母様は、私を見て目を細めます。
「あら。ルルティーナ。今日の貴女は泉に憩う鳥のように愛らしく、森の奥に咲くブルーベルのように神秘的ね。伯爵としての威厳も感じるわ」
「本当。可愛いし綺麗だわ。青空を固めたようなサファイアが、純白の雲のような銀髪にピッタリ。まるで、貴女とアドリアンの睦まじさその物のようね」
「お義母様とお義姉様も……お美しくて眩しいです……キラキラしています……」
うっとりと見惚れてしまいました。
お義母様であるリラ・アメティスト子爵夫人は、家名の通り磨き上げられたアメジストのよう。
紫がかった銀髪を結い上げて青紫色のスレンダーラインのドレスを着ています。
ジュエリーに据えられたブラウンダイヤモンドと、ドレスに施されたブラウンダイヤモンドと同系色の刺繍が、お義母様の青紫色の瞳と美貌を引き立たせます。
お義姉様であるイリス・シトリン子爵夫人は、お名前の通り凛と咲くアイリスの花のよう。
黒髪を私と同じくハーフアップにして、大粒のシトリンがあしらわれた髪飾りでまとめています。
お義姉様の瞳に近い、青紫色の生地に黄色い花柄のドレスを着ていらっしゃいます。
ドレスに使われている生地は、独特のデザインと風合いです。はるか東方から伝わった輸入品だそうです。
シトリン子爵家は。ヴェールラント王国東部の港を拠点とする商会を運営しているのです。
「ああ、お二人とも元々お美しいですが、さらに眩く華やかで……ルルティーナは誇らしいです」
お義母様は片眉を上げ、扇子を広げ口元を隠しました。
「はあ、ルルティーナ。もう少し気の利いた褒め言葉を使いなさい。言葉もまた武器なのですよ」
「あらあら。お母様ったら、ルルちゃんの素直な褒め言葉が嬉しい癖に。口元、笑っていましてよ」
「イリス!揶揄うのはおよし!貴女も言葉に気をつけなさい!ここからは戦場よ!
ルルティーナ!貴女ももわかっているわね?」
お義母様は扇子を閉じてビシッと突きつけます。
私はキリッとした顔を作って応じます。
「はい!お茶会は淑女の戦場です!戦って勝ちます!」
「その意気よ!さあ!私たちの戦場におもむくわよ!」
「はい!」
「……うーん。お母様の熱血に火がついてる。ルルちゃんの教育に悪いような……まあ、面白いからいいけど」
私たちはお客様……アメティスト子爵家のお茶会の参加者の皆さまをお出迎えするため、玄関へと向かいます。
これこそが、私とドリィのための作戦なのです。
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「ヒトゥーヴァの娘〜斬首からはじまる因果応報譚〜」
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