7話 再会の喜びと明かされる事実
私が目覚めたのは、とても綺麗で清潔な部屋の中でした。
窓から入る柔らかな光。クリーム色に花柄の壁紙、落ち着いたデザインの家具。
それに、ベッドは大きくて布団はふわふわ。まるで雲の上にいるよう。
心なしか身体も軽いです。確認すると、着ていたはずの着古したボロボロのワンピースではく、柔らかなネグリジェに身を包まれていました。
「こ、ここは……?私は確か辺境に……ミゼール城に到着していたはず……」
当惑していると、ドアを叩く音がしました。
「ルルティーナ様、入室してもよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ……え?」
私は返事をしてから気づきました。聞き覚えのある、丁寧で穏やかな声だと。
「失礼します」
ドアが開き、真っ先に目に入ったのは鮮やかな水色の髪と瞳。ああ、間違いありません。
私より少し歳上の少女が、お辞儀をして挨拶してくれます。
「ルルティーナ様、お久しぶりでございます。お身体の具合はいかがで……」
「シアン!」
私は叫び、ベッドから飛び出そうとしました。けれどすぐに頭が揺れて、身体の力が抜けて倒れてしまいます。
「ルルティーナ様!」
シアンは素早く駆け寄り、床にぶつかる直前で私を抱き止めてくれました。
そしてベッドに横たわらせ、クッションを背に当てて楽に半身を起こせるようにしてくれたのです。
「ご無理をなさらないでください。傷と疲労は治癒魔法で治りましたが、お身体の衰弱は回復しきれてないそうですから。まずはお食事をして、たくさん寝てくださいね」
そう言って、シアンは私から離れてワゴンを運んでくれます。ワゴンの上には陶器の器がいくつも乗っています。
「シアン……シアンよね?アンブローズ侯爵家に居た。……また、会えたの?」
私の視界は涙で揺れました。シアンも涙目です。
「はい。シアンはルルティーナ様の元に帰ってきました。これからはずっと、お側を離れません」
「シアン!よかっ……会いたかった!」
喜びと安堵で涙が止まりません。シアンは私をそっと抱きしめて、「もう大丈夫です。ルルティーナ様。もう誰も貴女様を傷つけません」と、言ってくれました。
◆◆◆◆◆
泣いて落ち着くとお腹が鳴りました。恥ずかしくてうつむきましたが、シアンは嬉しそうです。
「うふふ。ルルティーナ様がお好きな野菜のスープと野苺もありますよ。ゆっくり召し上がってくださいね」
「うん。……おいしい」
陶器の器には、野菜のポタージュやパン粥や果物など、食べやすいものが入っていました。私はがっつきそうになるのをこらえ、身体にしみこませるように食べます。
「温かいスープなんて、何年ぶりかしら……」
どれもこれも美味しくて、また涙がにじみます。
シアンはやはり嬉しそうな顔で給仕をしてくれました。
食事をしながら、様々な話をしました。
主に私が質問をする形です。
「シアン、私がミゼール城にたどり着いてからどれだけ経ったのかしら?」
シアンは丁寧に答えてくれます。
「ご到着から三日が経過しております。ルルティーナ様はずっとお眠りになられていました」
「三日も!申し訳ないわ。そんなに長い間、こんなに立派なお部屋を使ってしまって……」
「そのようなことを仰らないで下さいませ!
この部屋はルルティーナ様のお住まいなのですから!」
「え?」
なんとこの部屋はミゼール城の一室で、私に与えられているそうです。
アドリアン・ベルダール団長様のご配慮だということで、二度驚きました。
「ベルダール団長様が?なぜ?」
「当然ですよ。団長閣下がルルティーナ様をお招きしたのです。詳細については、閣下からお聞きくださいませ」
ベルダール団長様は、討伐であと十日ほどお帰りになられないそうです。何故かとても残念で寂しい気持ちでした。
あの方がお茶会のお兄様なのでしょうか?髪と瞳の色は同じです。低く優しい声も。
ですが、お茶会のお兄様はもっと繊細なお顔立ちで、細っそりとされていました。
どちらにせよ、ベルダール団長様は恩人です。私を守って下さりました。
「当然です!そもそも、もっと早くルルティーナ様をお助けすべきでした!ベルダール団長閣下も私も力が至らず……申し訳もございません……」
「そんな!私は助けていただいたのに!」
「いえ、もっと早くこうすべきだったのです。こんなにも痩せてしまわれて……」
シアンが落ち込んで涙目になってしまいました。
「もういいの。気にしないで。私、シアンにまた会えて嬉しい……そういえば、シアンはなぜここにいるの?」
「私は家族と共にベルダール団長閣下にお仕えしているのです。アンブローズ侯爵家に居たのは、閣下からのご指示でした。
その理由は……これも閣下ご自身からお聞きになられた方がよろしいですね。拗ねてしまわれますから」
「拗ねる?団長様が?」
「ええ。ルルティーナ様に関しては、大人気ない方ですからね」
シアンは意味深に笑うのでした。
◆◆◆◆◆
食事の後は、診察を受けることになりました。
シアンから診察して下さるのは国家治癒魔法師様で、しかも二人もいると聞いて、食べたものが胃から出そうになりました。
国家治癒魔法師とは、治癒魔法に特化した魔法使いのうち、国が定める資格試験を合格した者だけに与えられる称号です。
称号を得ると同時に爵位が与えられます。宮廷、魔法省、騎士団などでの栄達や、高位貴族からの専属雇用など、様々な道を選ぶことができます。
その為、気位いの高い方が多いと聞きますが……。
「ルルティーナちゃん、初めまして。アタシは辺境騎士団で治癒魔法師を勤めているカルメ・エナン、こちらはアタシの孫で弟子のシェルシェ・エナン。
お気軽にカルメ、シェルシェと呼んでおくれ」
「ルルティーナ様!よろしくお願いしますね!」
カルメ様は白髪に優しい茶色い瞳の、柔らかな雰囲気を纏ったお婆様です。
シェルシェ様は紫色の髪と、好奇心いっぱいの明るい茶色の瞳を持つ少年です。ふわふわした紫色の髪を肩まで伸ばされているのですが、紫色の髪を初めて見たので見惚れてしまいました。
お二人はとても気さくに診察して下さります。
「傷は完治しているね。風邪をひきかけていたが、それも無事に治せていたようだ。
けど、やっぱり身体が長年の栄養不足で弱っているのは治せきれなかったか……。
……シェルシェ」
「はい。師匠」
シェルシェ様が鞄から取り出した硝子瓶を見て、私は声を出してしまいました。
硝子瓶にも中を満たす光り輝く透明な液体にも、あまりにも見覚えがあり過ぎます。
「私が作ったポーション?」
「その通りです!ルルティーナ様のポーションですよ!いつも使わせて頂いています!」
シェルシェ様が興奮した様子で叫びます。
その手に持つのは間違いなく、私が作ったポーションです。今回、私と一緒に運ばれたのは知っていますが……。
「以前から使っているとはらどういうことでしょうか?私が作ったポーションは、王都の薬屋に格安で卸されていると聞いていたのですが……」
「え?特級ポーションを格安で?一体、何のご冗談です?」
「特級ポーション?ええと?」
「はあ……噂以上に、アンブローズ侯爵家は堕ちていたんだねえ。ルルティーナちゃん、後で説明するから、まずはポーションを飲んでおくれ」
「は、はあ。わかりました」
私はポーションを飲みました。たちまち、まだ残っていた倦怠感や疲労感が消えていきます。それに、体力が戻っていくのも感じました。
カルメ様とシェルシェ様がホッとした様子で頷きます。
「頬が少しふっくらして顔色が良くなったね。療養期間も少しは短くなるだろう。気分はどうだい?」
「あの、とても楽になりました」
試しに立ち上がっても、先程のように眩暈がしたり身体がふらつくこともありません。
「それがルルティーナちゃんのポーションの素晴らしいところだよ。治癒魔法は長期的に続いた状態を治すのが苦手だし、栄養失調には効きづらいからね。
最も、ルルティーナちゃんのポーションの素晴らしさはそれだけじゃないけど」
シェルシェさんが身を乗り出して叫びました。
「ええ!その通りです!ポーションで初めて瀕死の重病と重傷!そして欠損すら治せるようになった、史上初の特級を冠されたポーションですから!」
一体、どういうことなのでしょう?私は混乱するばかりでしたが、お二人からの説明でさらに混乱することになるのでした。
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