第2部 2話 お菓子作りとハーブティー
ドリィたちが帰還して三日が経ちました。
秋晴れの素敵な朝です。
今日から、私とドリィの二日間の休養日が始まります。
お互い忙しいため休みが重ならなかったのですが、久しぶりに二人でゆっくり過ごせそうです。
今日という日をドリィと楽しく過ごすため、私は朝から厨房にいました。
後ろでまとめた髪を布で包み、ブラウスとスカートの上からエプロンをします。
そうです!料理長のニコラさん監督の元、お菓子を作るのです!
料理長のニコラさんは、ふっくらした壮年の男性です。いつもニコニコ笑顔で話して下さります。
「プランティエ様、本日は何をお作りになられますか?」
何を作るかは決まっています。
「アップルパイを作りたいです!このような形にできますか?」
私は長面を広げて、描いた図を見せます。
「ほう。これは……。そうですね。出来ると思います」
ニコラさんはにっこり笑って頷き、作業の段取りを考え、必要な材料と道具を用意して下さりました。
いよいよお菓子作り開始です。
ミゼール城内の畑で採れた林檎、開墾地で採れた小麦などを使って作っていきます。
いつの間にか、私はお菓子作りが趣味になっていました。
最初の頃のように神経を削るように作業するのではなく、適度に手を抜いて楽しく作業できるようになったのです。
何より、出来たお菓子をドリィたちと一緒に食べるのが楽しくて幸せなのです。
浮き浮きと作業していると、シアンが袖をまくりながら言いました。
「ルルティーナ様、私もお手伝いします。林檎を切るくらいでしたら出来ま……」
「シアンちゃんは駄目だ」
「シアン、お気持ちだけ頂くわね」
「そ……そうですか……」
意外なことに、シアンは料理だけは出来ないのです。お茶は絶品なのですが……。
しょんぼりしていて可哀想なので、道具や材料を運んだり、洗い物をしてもらったり、釜戸の火の調整などをやってもらいます。
「シアン、これも立派なお手伝いよ。よろしくお願いするわね」
「はい!お任せ下さい!」
「流石はプランティエ様。シアンちゃんの扱いが上手い」
私はニコラさんの指導の元、パイ生地から作りました。
バターを大量に使うのに驚いたり、冷たいと言いながら手を水で冷やしたりと、楽しく作業します。
清潔な布で生地を包んで休めている間に、林檎に取り掛かります。
「皮付きのままの方が、綺麗な色になりそうですね」
ニコラさんがお手本を見せてくれました。
林檎を皮ごと半分に切り、芯も切り抜きます。
半分に切った林檎を半月型に薄切りし、砂糖と水と共に鍋に入れて煮ます。
「柑橘の汁を少し入れるのがコツです。薄く切っているので、そこまで煮込まなくても大丈夫ですよ」
林檎の皮の色が全体に広がり、果肉が透き通っていきます。
「綺麗な色……」
じゅうぶん火が通ったら、鍋ごと火から上げて冷まします。
薔薇色がかった綺麗な煮林檎ができました!
「ルルティーナ様、料理長、お疲れ様です。お茶を入れましょうか?」
「ええ、貴女も一緒にお茶にしましょう」
煮林檎とパイ生地を休ませている間、シアンにいれてもらったお茶を飲みつつ休憩します。
今回は、私が作った薬茶をいれてもらいました。ニコラさんに飲んでもらいたかったのです。
このハーブティーは、ポーションの材料でもある翡翠蘭の花と葉で出来ています。
鮮やかな翡翠色のお茶で、独特の爽やかな香りと苦味、ほのかな甘味があります。
「いかがでしょうか?」
ニコラさんはホッと息をついて口元をゆるめました。
「菓子にも料理にも合う味ですね。後味もいい。お世辞抜きで美味しいですよ」
その言葉に私もホッとしました。
「料理長であるニコラさんが美味しいと言うなら安心です。このお茶は良い薬効もありますし、機を見て売り出しましょう」
ただ、お茶を売り出す伝手はありません。アメティスト子爵家のお義母様にご相談しましょう。お義母様もこのお茶を気に入っていますし。
次にお義母様とお会いするのはいつだったかしら?考えていると、ニコラさんが訪ねました。
「所で、このハーブティーに使われているのは開墾地で栽培した薬草ですか?」
「そうです。夏に買い込んで植えた薬草のうちの一つです」
作物が育ちにくい開墾地に適した野菜薬草を探すため、私が様々な野菜と薬草の種苗を購入し、開墾地の皆様に植えてもらったのです。
大半が枯れてしまいましたが、いくつかは根付きました。中でも翡翠蘭の繁殖力は凄まじく、これからは他領のものを購入しなくても済みそうなのです。
翡翠蘭は高額で取引される薬草です。根はポーションに、葉と花は生薬やお茶の材料にすれば無駄も出ません。
しかも、開墾地で育てた翡翠蘭は他領のものより薬効も味も良いようなのです。
「上手くいけば、ミゼール領の新しい特産品になるでしょう」
ミゼール領の魔境は、あと三年で浄化されます。そうすれば、現在の大きな収入である魔獣の素材も採れなくなります。
ポーションがあるとはいえ、それだけでは心許ありません。翡翠蘭が新しい収入の一つになれば心強いです。
「そうですか……ううっ」
説明すると、ニコラさんは涙ぐんで頭を下げました。
「に、ニコラさん?」
「プランティエ様、私たちの故郷を救って頂きありがとうございます」
ニコラさんは、先祖代々ミゼール領に住んでいる領民だそうです。
「魔境に侵される前のミゼール領は、国土の一割を担う豊かな領地だった。そう聞いてはいましたが、最近まで誰も信じていませんでした。
貧しくて辛くて、いつ魔境に飲み込まれるかわからなくてビクビクしていました。
ベルダール団長閣下という凄まじくお強い方が辺境騎士団に入って、プランティエ様のポーションが騎士たちを癒して、魔境浄化と開拓が進んで作物が育つようになって、やっと信じれるようになったんです」
「そうだったのですね……」
「はい。ミゼール領が豊かになって、将来が明るくなって……。俺たちミゼール領の領民は、お二人に心から感謝しているんです」
胸が喜びに熱くなります。でも、それは私とドリィだけの力ではありません。
「開墾が進み作物が育ったのは、領民の皆様の努力あっての事。魔境浄化がここまで進んだのは、過酷な状況でも勤めを果たした騎士様方がいらしたからです。
私の方こそ、皆様に受け入れて頂き感謝しています。これからもお役に立てるよう頑張りますね」
私はいずれ、ミゼール領の領主となるドリィの妻になります。すでに領地経営の勉強を始めていますが、量を増やして頂きましょう。
ミゼール領は、まだ豊かとは言い難い状況です。
もっともっと、ミゼール領を豊かにしたい。いいえ、豊かにするの。ニコラさんたち領民が明るく生きていける領地に。
私は心の中で誓いました。
この頃の私は、豊かさは良いことばかりを運んでくる。そう思っていました。
それが甘い考えだと思い知らされるまで、あと少し。
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