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番外編【帰還後の婚約者たち】2話

 ミゼール城の玄関ホールに入ります。やっと、ドリィの腕から下ろされました。


「俺はあのまま歩いていたかったんだが……」


 ドリィはなんだか残念そうですが、流石に姫抱きされたまま城内を歩くのは恥ずかしすぎます。


 玄関ホールを出て廊下を歩きます。

 見慣れた城内の光景にホッとします。一カ月も離れていなかったのに、なんだかとても懐かしい。


 きっと、ミゼール城が私の大切な家になったからだわ。


「ルティ、嬉しそうだね」


「はい。我が家に帰ってきましたからね」


「はは!そうだな!」


 ドリィもとても嬉しそうに微笑み、私の手をそっと握りました。


「ミゼール城は俺たちの家だ。俺たちは遠くへ行くこともあるだろう。なかなか帰れないこともあるだろう。だが、どれだけ離れても時が経っても、最後に帰ってくるのはこの家だ」


 ドリィの言葉に胸が熱くなります。そうです。今回のことで私たちの身分と立場はより強く、責任のあるものになりました。

 ドリィは辺境伯、私は伯爵です。

 ドリィの場合、魔境の浄化が終われば【帝国】との防衛戦がはじまります。また、辺境騎士団と共に各地へ援軍として迎う機会が増えるでしょう。

 私はその場合、ついていく事は出来ないでしょう。【新特級ポーション】を作成できるのは私のみ。国も王家も私を死なせる訳にはいかないのです。

 場合によっては、ミゼール城から別の場所に避難しなければなりません。


 そこに私の意思は反映されません。してはなりません。王家より家名と爵位を賜り庇護されると決まった時から、覚悟はしています。


 本当は、片時もドリィと離れたくない。魔境への討伐も着いていきたいくらいなのに。


 将来のことを考えると、少しだけ切なくて憂鬱です。

 でも、私たちは同じ場所に帰るのです。遠く離れていても、時が経っても。

 もしも引き離されてもきっと、私たちは乗り越えられる。


「ええ。ドリィと私が帰るのは、このミゼール城です。私と貴方の我が家です」


「ルティ!」


 ドリィは感極まった様子で、私の手を握る力を込めました。痛くならない程度の力強さにドキドキします。


 ドリィの大きな手が私の手を包んでいる。エスコートの時とは違う、しっかりと触れ合わせる繋ぎ方。うっとりとしてしまう。


 いえ、駄目よルルティーナ!今は人前よ!


「ドリィ、皆さまの前ですから……」


「このまま歩きたい。駄目かな?」


 青い瞳をウルウルさせるドリィ。


「だ、駄目……うぅっ……!」


 凛々しく雄々しい騎士だというのに、小さな男の子か迷子の仔犬ちゃんのよう!可愛い!好き!


 手を繋ぐだなんて、人前では少し恥ずかしいです。ですが、姫抱きほどではありません。手を繋ぐくらい許してもいいのでは?


 背後からお義母様の「甘やかし過ぎるとつけあがるわよ」と言う冷めた声、シアンの「感覚が麻痺しつつありませんか?」という冷静な声が聞こえますが……。


「ルティ……」


 ああ!涙目のドリィ可愛い!


「も、もう。甘えたさんなんだから……」


 お義父様の「ルルティーナ、そいつは二十三歳のゴツい男だぞ。という声が聞こえましたが、最早気になりません。


 私がドリィを許そうとしましたが……。


「アドリアン・ベルダール団長閣下!ルルティーナ・プランティエ職人長閣下!」


 私たちを呼ぶ声が響き渡ります。咄嗟に手を離してしまいました。


「チッ!誰だ?」


「ドリィ、口が悪いわよ!……あら?貴方は……」


 声がした方を見ると、あのジュリアーノ・ナルシス様が跪いていました。


「貴様……」


 ドリィが警戒心を剥き出しにして睨みつけます。落ち着くよう、そっと腕に触れます。


 きっと大丈夫ですから。


 先ほどの出迎えの時には気づきませんでしたが、ナルシス様は以前とは全く違うご様子です。

 長かったオレンジ色の髪は短く刈り上げられ、傷痕が散らばる顔は精悍。

 堂々たる騎士ぶりです。

 また、オレンジ色の眼差しは私とドリィに対する敬意に満ちています。やや行き過ぎているような気がしますが……。


 だから安心して話を聞いてさしあげて下さい。そう伝えるためドリィに微笑みかけます。


 効果があったらしく、ドリィの表情が和らぎました。


「ジュリアーノ・ナルシス。俺とルティになにか用か?」


「は!自害の許可を頂きたく存じます!」


「は?」


「え?」


 私とドリィ、そしてお義母様たちの声が重なります。


 何を言ってるの?この人?自害?自害と言いました?


 ナルシス様と目が合います。

 オレンジ色の瞳は、澄んだ輝きを放つばかり。なんの迷いも意図もない様子。

 いえ、なにかその、澄み渡った輝きがどこか怖いような気も……。

 私たちの戸惑いをよそに、ナルシス様はハキハキと話します。


「はい。自害の許可を頂きたく存じます。自害後の骸の処理についてですが、どうか討伐時の囮にでもお使いください。遺言状は認めていますので、家族への報告はいりませ……」


「はい?ナルシス様?ちょっと待ってください」


「ルティの言う通りだ。何を言っている?貴様の骸を囮にしろだと?」


「はい。弔いも必要ございません。お手を煩わせることなく、我が身を処します。このようにして」


 ナルシス様は微笑み……剣を抜き自らの首に刃を当てました!


「え……えええ!?おやめくださいナルシス様!」


「ふん。殊勝な真似をする。どういうつもりだ?」


「ちょっとドリィ!先に止めないと……!」


「はっ!私は討伐に参加する度に己の愚かさを痛感していました。

 ルルティーナ・プランティエ職人長閣下がどれだけ気高く清らかな方か、ミゼール領辺境騎士団がいかに勇敢か、それを鍛え上げ浄化と開墾を進めたベルダール団長閣下がいかに偉大か。まずプランティエ職人長閣下におかれましては……」


 ナルシス様は私とドリィの功績と人格を賛美し、辺境騎士団を讃えました。

 物凄く長い話でしたが、その間も刃は首にぴたりと当たったまま微動だにしません。怖い。


「それに引き換え、私の不徳は」


 今度はナルシス様の罪が並べたてられます。

 元アンブローズ侯爵令嬢が無許可で《治癒魔法》を使っている光景をみて『無償奉仕しているに違いない!なんと慈悲深い方だ!』と、勘違いし心酔したこと。

 元令嬢の言うことを鵜呑みにして貢ぎ、婚約者だったコルナリン侯爵令嬢を蔑ろにし、私を含む沢山の令嬢令息の悪評を流したこと。

 最終的には近衛騎士としての職務も疎かになっていたことなどなど。


「私のような愚者は、辺境騎士団にいる資格がございません。また、プランティエ職人長閣下を侮辱した私が生きていることで、お二人や辺境騎士団が軽んじられる恐れもあります。

 この上は命を持って憂いをなくす所存でございます。

 しかし、元より私の命はお二人の物でございます。自害のお許しを頂きたく、このようにお耳とお目を汚している次第です」


「えええええ?!」


 お話を最後まで聞いても全くわかりません!どういうことなのですか?何故それで自害するのです?思い詰め過ぎでは?


「……そうか」


 あ、ドリィも物凄く困ってるわ。

 厳しい顔を保ってはいるけど、明らかに目が泳いでるもの。


 お義母様たちを振り返ります。

 お義母様は冷めた眼差し。お義父様は「情熱的な若造だなあ」と、なぜか生暖かい眼差し。

 シアンはなぜか腕を組んで頷いています。


「突然話しかけてきたのは非礼でしたが……自らの過ちを自ら裁く。その心意気や良し!」


「良くないわ!ナルシス様!自害などやめて下さい!」


「おお……かくも慈悲深きお言葉を賜るとは身に余る光栄……」


 ナルシス様は涙を流しながら、剣を持つ手に力を入れます。

 どうして!?


「待っ!?だめ!」


「ジュリアーノ!馬鹿なことはやめろおおお!」


「剣から手を離せ!この馬鹿!本当に馬鹿!」


 刃が首に食い込みそうになったその時、騎士の皆様が叫びながら現れ、ナルシス様を取り押さえました。

 ドリィがため息をこぼします。


「やっと来たか」


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