6話 蕾のお茶会
私が九年前に参加した【蕾のお茶会】とは、王城の庭園で開催される立食式のお茶会です。
主催はヴェールラント王家で、社交シーズンの始まりを告げる行事の一つです。
参加資格があるのは、デビュタント前の貴族子女とその付き添いです。また、ヴェールラント王国の貴族は、デビュタント前に一度は参加するのが決まりです。
その為、当時七歳だった私も参加することになりました。
アンブローズ侯爵様と奥方様を付き添いとして……九歳のララベーラ様と一緒に。
お茶会の会場である庭園で、私は圧倒されました。
ただでさえ初めての王城に圧倒されていたというのに、庭園は眩暈がするほど華やかでした。
春の青空の下。花々は色とりどりに咲き、芸術的なお菓子がガーデンテーブルの上に並んでいます。
そして貴族子女とその付き添いの方々が、花よりも花の如く着飾っています。
私も、薄紅色のふんわりとしたドレスを着せて頂きました。
生地は濃い目の桃色。その上に白いレースやフリルがあしらわれていて、全体を見ると薄紅色に見えるのです。
こんなに素敵なドレスを着たのは生まれて初めてで、とても緊張しました。
『ふん。刺繍も飾りもなくて貧相だこと。お前ごときには似合いね』
そう囁くララベーラ様は、真紅のドレスを着ていました。金糸でびっしりと刺繍されていて、陽の光を受けてキラキラと輝いています。
また、私と違い装飾品を身につけていらっしゃいました。金細工にエメラルドの首飾りと髪飾りは大きく、薔薇色の髪と瞳に映えています。
ララベーラ様は、庭園の誰よりも色鮮やかで豪奢で目立たれていました。
『精々、私を引き立たせなさい。……もしも』
『……っ!』
足に走る痛烈な痛み。顔をしかめかけ、なんとか淑女の笑みで覆い隠しました。
ララベーラ様が、周りから見えないように私の足を踏んだのです。そのまま踏みにじりつつ、命じます。
『もしも、私の足を引っ張るような真似をしたら……わかっているわね?』
『……はい、お姉様』
私は小さくお返事するだけで精一杯でした。
その後すぐに、お茶会の開始が宣言されました。
参加者は全員、王家の皆様へご挨拶に向かいます。
『うむ。アンブローズ家の娘たちよ。よくぞ参った。この場において直答を許す』
『我がヴェールラント王家は、貴女がたを歓迎します』
濃い金髪とエメラルドの瞳の国王陛下は、威厳がありつつもお優しそう。
輝く銀髪と鮮やかな青い瞳の王妃陛下は、まばゆい美貌に気品をたたえていらっしゃいます。
『私は第一王子のシャンティリアン・ヴェールラントだ。君たちに会えて嬉しいよ」
そして、国王陛下から髪と瞳の色彩とお優しい笑みを、王妃陛下から美貌と気品を受け継いでいらっしゃるのが、当時十四歳のシャンティリアン王太子殿下でした。
奥方様からうながされ、ララベーラ様がご挨拶をします。
『お、王国の輝ける太陽、美しき月、新しき星にご挨拶申し上げます。あ、アンブローズ侯爵家が長女、ララベーラ・アンブローズと申します』
緊張しているのか頬を染め、声が少し震えていらっしゃいました。ですが、とても美しいカーテシーとお声です。
私もお姉様にならい、しっかりとご挨拶しなければ。
私も蕾のお茶会に参加すると聞いた家庭教師は『ルルティーナ様、貴女のカーテシーは完璧です。基本を忘れず、堂々とご挨拶なさい』と、いいました。
家庭教師に鞭で叩かれながら、何度も繰り返したカーテシーと口上。踏まれた足の痛みに耐えながら、全身の動きと言葉に神経を注ぎます。
『王国の輝ける太陽、美しき月、新しき星にご挨拶申し上げます。アンブローズ侯爵家が次女、ルルティーナ・アンブローズと申します』
『うむ。楽にせよ。……二人とも立派な挨拶であった。アンブローズ侯爵と夫人は果報者よな』
『ええ、本当に。喩えるならば、目に眩く他を圧倒する赤薔薇の蕾と、凛と茎を伸ばす薄紅の薔薇の蕾。そのような風情がございますわね』
『そうですね、王妃陛下。
可愛らしい薔薇の蕾さんたち。素晴らしい挨拶をありがとう』
王族の皆様の柔らかな笑顔とお言葉に安心しました。
アンブローズ侯爵様と奥方様も、珍しく穏やかな顔を向けて下さいました。しかも。
『よくやった!両陛下と殿下から挨拶以上のお言葉を賜るとは!』
『ララベーラ、素晴らしいご挨拶でしたよ。貴女は私の誇りです。ルルティーナ、お前にしては上出来でした』
このように、珍しく私のことも褒めて下さいました。
『フッ。当然ですわ』
『恐れ入ります』
今までの努力が報われた思いで、つい涙をこぼしかけてしまいました。
これからも努力を続ければ、いつか私を認めて頂けるかもしれない。
私はこの時、希望を抱いたのでした。
王族の皆様へのご挨拶の後は、貴族の皆様とのご挨拶です。
まずは同じ派閥であったり、普段からお付き合いのある皆さまがご挨拶にいらっしゃいます。次から次へとです。
これは、アンブローズ侯爵家がルビィローズ公爵家の派閥に属し、その中でも重鎮とされていることが関係しているようでした。
皆さまも、ララベーラ様と私を褒めて下さりました。
『お可愛らしい上に聡明なお嬢様たちですね!』
『王妃陛下が仰った通り、まるで赤と薄紅の薔薇ですわ!』
『全くです。アンブローズ侯爵閣下と夫人の教育の賜物でしょうな』
特に褒めて下さるのが、同じルビィローズ公爵派閥に属する伯爵家、子爵家、男爵家の皆様です。口々にお褒め下さります。
アンブローズ侯爵様と奥方様は満面の笑みです。
『ええ、私は娘たちの教育に力を入れておりますから。特にララベーラは素晴らしい生徒なのですよ』
『はっはっは。ララベーラは美しさと気品を備えているからな。陛下にお褒め頂いたのも当然だ。
少し歳は離れているが、我が国の新しき星に見初められる日も遠くないだろう』
『お父様ったら気が早いですわ!でもそうですわね。シャンティリアン王太子殿下のあの美貌とお優しいお声!お側にはこの私こそが相応しいでしょう!』
このように、派閥の皆様と連れ立って機嫌良くご挨拶周りをしていました。
ですが。
『素晴らしいご挨拶をありがとう。特にルルティーナ嬢は完璧ですね』
『そうですわねえ。お姉様と違って装いも適切でいらっしゃいますし』
『いささかお淑やかすぎるご様子ですが……目に眩し過ぎる上に調和を乱す赤薔薇よりは、将来が楽しみですこと』
派閥の違う皆様や、公爵家、侯爵家の方々の言葉と眼差しには、冷ややかなものがありました。
まるで、敵を見るような。
私は粗相をしてしまったのでしょうか?
これ以上、見苦しい真似をしないように黙って淑女の笑みを浮かべ続けました。
『……っ!この私を……!』
ララベーラ様は唸るように呟かれ、扇で口元を隠しました。緊張しかけた空気に、アンブローズ侯爵様と奥方様の空笑いが響きます。
『ぐぅっ……。はっはっは!これはこれは手厳しい!』
『っ!……フフフ!せっかくの娘たちの晴れ舞台ですので、つい飾り立ててしまいましたわ』
アンブローズ侯爵様と奥方様は、顔を引きつらせつつお話します。
『ララベーラは豊かな魔力を持ち、すでに治癒魔法を発動させていましてな。この間も……』
『はあ、将来が楽しみですな。その頃には、もう少し礼儀作法も上達されているでしょうし』
『将来と言えば、辺境騎士団用に魔道武器の納品を初めた……』
『……貴女たちはあちらで過ごしていなさい。粗相のないようにするのですよ』
奥方様は、子供たちに庭園の端へ行くようにお命じなさいましたので、そのようにしました。
ララベーラ様は庭園の隅の、さらに植え込みで隠れる場所まで私たちをうながしました。
そして。
『お姉様?どちらへ……痛っ!』
ララベーラ様は扇子で私の手を打ち、声を上げました。
『この魔力無しのクズが!私の足を引っ張るなと言ったでしょう!』
『……も、申し訳ございません』
燃え上がるような薔薇色の瞳に睨まれ、私は謝罪しました。
『ルルティーナ様が魔力無しだって?』
『嘘。アンブローズ家のご息女なのに無能だなんて』
『平民でもあるまいし……』
周りの皆様の様子が一変しました。虫を見るような眼差しになり、私から距離をとります。
そうです。その頃、私が魔力無しだと知っているのは家の者だけでした。
『あ……』
どうすればいいか分からなくて固まっている間に、ララベーラ様が口を開きました。
『そうなのよ。擦り傷を治す事も出来ない、産まれた時から魔力のないクズよ。
そのクズが何を勘違いしたのか、私の妹と名乗り、この私と並ぶだなんて……。
図々しいにも程があるわ!お前などがいるから!私は恥をかいたのよ!』
『っ!』
ララベーラ様の扇が、ドレスの上から私を打ちのめします。打たれた場所が燃えるように痛くて涙が滲みます。
『ふん!何が薄紅色の薔薇よ!我がアンブローズ家に相応しくない!老婆の白髪!淫売の薄紅色の目のクズが!この!』
皆様は『やり過ぎでは?』『当然だろ』『構う事はない。どうせクズだ』『そうですわよ』『むしろララベーラ様がお労しいですわ』と、囁きを交わします。
私は崩れ落ちそうになりながら、ひたすら痛みに耐え続けました。
『君、大変だったね。こっちにおいで』
輝く金髪と鮮やかな青い瞳のお兄様が、助けて下さるまで。
◆◆◆◆◆
「お茶会の……お兄様……そうだわ。金髪で青い瞳で……。っ!」
私は目覚め、半身を起こしました。知らない部屋に居ます。
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