番外編【毒針のシアンは迷わない】6話(最終話)
アメティスト子爵家庭園にて。
夕闇の攻防は、あっさりと決着がついた。
刺客は三人だった。
「ぎっ……!げぶっ……!」
「ぐあっ!がっ……!ひっ!」
ドス黒い顔色で絶命している者が一人、泡を吹きながら痙攣している者が一人、背後からシアンに組み敷かれ武器を……シアンが最も得意とする暗器【毒針】を喉元に突きつけられている者が一人。
【毒針】は、長く鋭く中が空洞になっている特殊な針だ。一見すると、異様に細い串にも見える。
この【毒針】に毒や薬を仕込み、体術や魔法を駆使して攻撃するのが、シアンの必殺の技だ。
仲間内で【毒針のシアン】と呼ばれる所以である。
とはいえ、今回の刺客はあまりに手応えがなかった。気配の隠し方も雑で、人数も少な過ぎる。
(たわいもない。この程度ならニトとリルに任せてもよかったですね。さて、どこの刺客でしょうか?【帝国】からの刺客では無いようですが……)
シアンは組み敷いている刺客に、侵入した目的と雇い主を聞く。刺客は沈黙を保とうとした。
「素直に話した方が身のためですよ。それとも、あそこの死体と同じように苦しんで死にたいのですか?」
「だ、黙れ!だ、誰が貴様のような下女ごとき……」
グチャ!
「いっ!ぎああぁっ!いぎゃあああっ!」
「雑談は結構。質問にだけ答えてください」
シアンは刺客の片目を毒針で突き刺し、ぐりぐりとかき回してやった。目玉が潰れる上に毒が染みるという、壮絶な拷問だ。
「半端な実力しかない暗殺者もどきが一丁前に意地を張らないでください。時間がもったいないんですよ。
侵入した目的はなんですか?雇主は誰ですか?」
「うぎょえあああああ!ぐぎゃあああああっ!」
シアンは淡々と話しながら毒針を動かし続ける。あまりの激痛に刺客は失禁した。
(また失禁ですか。元アンブローズ侯爵家の三人もそうでしたが、王都は下のゆるい人が多いのでしょうか?)
脳裏に、元アンブローズ侯爵家の三人を浮かべる。
ルルティーナを助け出した後、シアンは潜入中の【影】と連携し、大いに暗躍した。
元アンブローズ侯爵家の三人の名誉を失墜させ、地獄の苦しみを味合わせるためである。
シアンが調合した【自白と興奮作用がある薬】を、茶や食事に混ぜて接種させ、【夏星の大宴】で醜態をさらさせたのである。
さらに罠にかけて追い詰め、肉体的にも精神的にも痛めつけ、あの生き地獄に突き落としたのだ。
全ては王家からの命令でもあったが、シアンの個人的な復讐でもあった。
(もっといたぶりたかったですが……。
まあ、あんな外道どものことはどうでもいい。それより、かなり地面が汚れてしまいました)
シアンは眉をひそめて憂う。
滞在中の害虫駆除については、アメティスト子爵家には一任されている。ルルティーナとアドリアンにたかる虫を排除するためなら、いくらでも屋敷を壊すなり汚すなりして良いと言っていたが……。
(申し訳ない。ニトたちに、速やかに掃除しておくよう伝えておかなくては。ああ、余計な仕事が増えてしまった。これが終わったら、お詫びにあの子達が好きなお菓子を用意してあげましょう。うふふ。ニトは果物を使った甘いお菓子、リルはスパイスやハーブがきいたしょっぱいお菓子が好きでしたね)
「ぎいいぃえええー!たすっ!たすけっ!ぐぎあああっ!」
後輩の笑顔を浮かべつつ手を止めないシアン。絶叫し続ける刺客。異様な光景を残光が照らす。
「げぎあああっ!いだいいぃっ!ぎあああぁっ!めがあああ!おれのめがあああ!」
「あら?完全に潰れちゃいましたね。次はもう片方の目がいいですか?それとも肉と爪の隙間に刺して差し上げましょうか?うーん。ありきたりでしょうか?鼻の穴を増やしてみます?」
「ぎいいいっ!いだいいぃっ!だったすけでええ!」
「うるさいですねえ。はあ……助かりたいならさっさと吐け。お前が吐くまで続けるぞ」
「いうぅっ!いうからやめ……!ゆるひてえぇ!」
「はいはい。初めからそうして下さいよ」
シアンは、泣き喚きながら白状する刺客を白けた目でながめつつ、情報を頭に叩き込んだ。
(ああ、あの男か。なるほど。例によって団長閣下への妬み僻みですか)
雇い主は、とある伯爵家の当主だった。
【帝国】やルビィローズ公爵にははるかに及ばないが、それなりに大物といえる。
領地は適度に栄えていて、個人資産もたっぷり。おまけに手堅い官職についているのだが……昔からアドリアンを嫉妬し、憎悪しているのだ。
口説いた女がアドリアンの名を出して振ったのが切っ掛けらしいが、その女は『しつこく言い寄られたから、適当な強面の騎士の名を出しただけ』などと言っていたので、完全に八つ当たりである。
(今までは悪評を垂れ流すか、地味な嫌がらせをするだけでした。しかし、今回の陞爵とルルティーナ様との仲睦まじさから、嫉妬と憎悪が殺意になったと言うことですか。で、衝動的に暗殺者崩れを雇ったと。眩い光には虫が集まるものですが、なんというお粗末さと浅ましさか。
しかも団長閣下を暗殺させた上に、お美しく有能なルルティーナ様をさらって我が物にしようと……。
外道め。許さない。徹底的に潰してやる)
刺客たちは大切な証拠であり駒だ。すでに死体になっている一人以外は、この場では殺さない。所定の場所に監禁して利用することにした。
(死体は脅しに使いましょうか。やれやれ。予定より忙しくなりそうですね。監禁して、団長閣下へ報告し、ニトたちと情報共するまでどれくらいかかるか。残念ですが、ルルティーナ様の就寝時間には間に合いませんね)
愚痴っても仕方ないと気を取り直し、こういった時のための【影】仲間の一人に連絡を飛ばし、馬車を手配させる。
馬車の到着を待つ間、念のため刺客たちを拘束しようとした。
「な、なあ、あんた……」
泡を吹いていた方の刺客が、怯えと媚びをたっぷりこめて見上げている。解毒剤が効いてきたのだろう。
「はい。なんでしょう?追加の情報でも……」
「へへっ。ち、違う。と、取り引きしねえか?」
刺客は卑屈な薄笑いを浮かべて言った。
「俺らの雇い主は金払いがいい。あの惨殺伯爵よりずっとだ。おまけに、あの白髪女を連れていけば報酬は倍に……!あがっ!がっ!~~っ!ぎぃ!~~っ!」
シアンは一切の迷いなく、毒針をベラベラと動く舌に投げつけた。毒針は舌ばかりか下顎まで貫通し、刺客は白目を剥いて悶絶する。
「お生憎様。私の主はあのお二人だけです」
毒針のシアンはにっこり微笑み、迷いのない動きで作業に戻ったのだった。
おしまい
明日から別の番外編の連載がはじまります。よろしくお願いします。
閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。




