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番外編【毒針のシアンは迷わない】5話

 突然現れて名乗ったシアンに、ルルティーナは戸惑っている様子だ。

 シアンは微笑みを保ちながら言葉を待つ。やがてルルティーナは口を開いた。


『そ、そうですか。お初にお目にかかります。シアン様……』


『ルルティーナ様、貴女様はアンブローズ侯爵家の御令嬢なのです。私のことは、どうぞシアンとお呼び捨てください』


『で、ですが、私は令嬢では……』


『いいえ。貴女様は立派な御令嬢で私の主です。むしろ貴女様だけが私の主です』


『え?一体どういう事でしょうか?』


『私は貴方様の召使いだということです。ですから、敬語も使ってはなりませんよ』


『え、えぇ?』


『さあ、そんなことよりお食事を頂きましょう!焼きたてのパンに野菜と豆の煮込みをくすね……頂いてきましたよ!』


『お食事?くすねて?ええっと?』


 シアンは混乱するルルティーナを言いくるめ、食事をしながら会話した。

 最初はぎこちなかったルルティーナだが、しだいにシアンに心を許していく。

 別れ際には笑顔を浮かべてくれていた。


(よかった。お心の素直さは失われていないのですね)


 シアンは周りに怪しまれないよう気をつけつつ、ルルティーナに会いに行った。

 ルルティーナは、食事や衣服の差し入れよりもシアンとの会話を好んだ。


『シアン、ありがとう。貴女とお話できて楽しいわ』


『ルルティーナ様!私も同じ気持ちです!』


(なんて健気で愛らしい方!もうすぐ助け出して差し上げますからね!)


 潜入から半年で、ポーションの密輸、ルルティーナへの虐待、九年前の不正などなど、アンブローズ侯爵家を糾弾するに足る情報が集まった。

 アドリアンおよび王家へも、細大漏らさず報告してある。現状を重く見た王家は調査する【影】を増やした。

 シアンは、これだけ調査すればもう充分だ。ルルティーナをすぐにでも助けられると思っていたが……。


 アンブローズ侯爵家の密輸と虐待と不正全てにルビィローズ公爵が関わっていること、しかも王家への反乱を企てていることが確定したことで……風向きが、変わってしまった。


 ◆◆◆◆◆


 潜入から半年のある日。

 あと数日で、シアンはルルティーナを救出する。そのはずだった。

 アドリアンにブルーエ男爵家のタウンハウスに呼び出され、信じられない命令を聞くまでは。


 アドリアンの自室にて、差し出された書状を読む。危うく膝から崩れ落ちるところだった。


 《アンブローズ侯爵家の密輸、ルビィローズ公爵以下反乱分子および【帝国】との関係の全容を調査をする。それらの証拠収集が終わるまで現状維持を保て》


『は?つまり、ルルティーナ様の救出は待てと?』


『そうだ。……くそっ!やっとルルティーナ嬢を救えるはずだったのに!』


 それが、国王陛下から命を受けてこの件の調査に加わった【影】と、調査報告を受けた議会の決断であり、シアンとアドリアンに下された王命であった。

 国王陛下はルルティーナの身を案じて反対したようだが、議会も意見が割れた。

 だが結局、より国に利があるとされ決断が下されたのだ。


(そんな理由でルルティーナ様をお助け出来ないですって!ふざけるな!)


 シアンの心は荒れ狂った。


 シアンが迷ったのは人生でも数えるほどしかない。最も迷ったのは、ルルティーナの救出に待ったがかかったこの時だった。


 頭ではわかっている。

 ヴェールラント王国を思えば、そうすべきだ。アンブローズ侯爵家のポーション事業の精査、ルビィローズ公爵家と【帝国】との繋がりの調査を徹底するために。

 ひいてはそれが、ルルティーナの潔白を証明し身を守る事にも繋がる。

 わかってはいたが……。


(王命に逆らえば、私は【血の誓い】と体内に埋め込まれた魔道具によって死ぬ。だけど、ルルティーナ様を救うためなら……)


 だって、あんまりじゃないか。あんなに優しい人が、あんなに酷い目にあい続けるなんて。


(私の命で済むなら)


『シアン』


 真っ直ぐな青い眼差しがシアンを射抜く。どうやら、アドリアンはシアンより先に冷静さを取り戻したらしい。


『馬鹿なことは考えるなよ。お前に何かがあれば、ルルティーナ嬢が悲しむ。彼女はそういう人だろう?』


 確かにその通りだ。


『失礼いたしました。ご忠告に感謝します。……甘えたお坊ちゃんが、たった数年で立派になりましたね』


『坊ちゃ……おまっ……!ふん!お前こそ、たった数年で毒舌に磨きがかかったな。潜入先でも毒を吐いているのか?』


『ご心配なく。まだ毒も薬も使っていません』


 そう。この頃はまだ。

 シアンとアドリアンはあえて軽口を叩きながら、今後の方針を話し合った。


 別れ際、アドリアンがぽつりとこぼす。


『俺はまだ彼女の側に行くことは出来ない。シアン、頼んだぞ』


『ええ。あの方が少しでも安らげるよう務めます』


(私の主である貴方のためにも、必ず)


 シアンは決意を込めて頷いた。


 シアンはその後、他の【影】と共に証拠収集に務めつつ、出来る限りルルティーナを慈しんだ。

 アンブローズ侯爵家から引き上げるその日まで。


(ルルティーナ様、必ずお救いします。そして、アドリアン様の元にお連れします)


 密かな誓いは守られた。

【蕾のお茶会】から九年後の春。ルルティーナは救い出されたのだった。


 ◆◆◆◆◆


 そして現在。

 ルルティーナを救い出してからの日々は、正に薔薇色の日々だった。

 シアンはルルティーナの専属侍女となり、ルルティーナが日毎に生き生きとしていく様を見ては感涙し、喜びを噛み締めた。

 周囲の人々も善良で、後輩たちは未熟だが努力家で愛らしい。

 これ以上の幸せはあるだろうか。

 いや、不満もある。


(まさかアドリアン様……団長閣下が、あれほど奥手とは予想外でした。いえ、以前から潔癖な方だとは知っていましたが)


 とはいえ、アドリアンはルルティーナへの好意を隠していない。言動で表し、周りを威嚇している。


 だが、ルルティーナにはっきりと伝えていない。実に中途半端な状態だ。


(想いを打ち明けることで、ルルティーナ様をアドリアン様の事情に巻き込むのを恐れているのでしょうが……ルルティーナ様はすでに、アドリアン様が王族だとお気づきのはず)


 根拠は無いが、恐らく間違っていない。ルルティーナはとても聡い人だ。そして何より、アドリアンとその周囲を良く見て観察している。


(なにより、ルルティーナ様はアドリアン様を深く愛していらっしゃる)


 知る覚悟すら決めているだろう。


「お茶会は緊張するけれど、このドレスと髪型をアドリアン様に見ていただくのは楽しみだわ!」


 姿見の前でくるくると回るルルティーナを見ながら、シアンはそう結論した。


「ふふ。ご機嫌ですね」


「ええ!シアンもとっても嬉しそうね。いいことがあったの?」


「ええ。ルルティーナ様がミゼール領にいらしてから、嬉しいことばかりです」


「まあ!シアンったら!」


 気恥ずかしそうに頬を染めるルルティーナ。


(うう!愛くるしい!)


 シアンはまた喜びを噛み締めた。


(これからも、ルルティーナ様をお守りします。あらゆる手を使って……おや)


 内心で誓っていると、また野暮用の気配を感じた。

 目配せをすると、ニトとリルも気づいたようだ。


(はあ……。ルルティーナ様のお着替えを手伝いたかったですが、仕方ありませんね)


「ルルティーナ様、申し訳ありません。私としたことが所用を思い出しました。外出します」


 ルルティーナは怪訝な顔になった。


「もう夜になるのに?」


「はい。今すぐ対応する必要があります」


「そう……。わかったわ。あまり遅くならないようにしてね」


 シアンはルルティーナを安心させるため、にっこりと笑った。


「ええ、ご心配なく。野暮用を済ませたらすぐに帰ります」


 そして、ルルティーナに就寝の挨拶をしたい。シアンは速やかに行動した。





次回、最終話です。その後、新しい番外編の連載がはじまります。


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