表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/107

49話 愛を乞う二人

 私は我に返りました。


「こんなところでお話してもよろしいのですか?」


 アドリアン様の出生については、みだりに口にすべきではありません。

 ここは庭園です。どこで誰が聞いているかわからないのですから。

 ですが、アドリアン様は安心させるように微笑みます。


「問題ない。盗聴防止の魔道具を発動させているし、父上たちには話を通してある。それに護衛たちも周囲を見張っているよ」


「護衛が?き、気づきませんでした。すごいですね」


 ここまで気配を消しているということは、噂に聞く【王家の影】でしょうか?


「……全くだ。王家というのは、色々な意味で強くて大きな力を持っているよ。俺は十四歳になるまで何も知らなかったが……。

 少し、昔話をさせてくれ」


 アドリアン様は、どこか遠くを見ながら物憂げな声で語りだしました。


「俺はブルーエ男爵家で、何一つ不自由なく育った。十四歳になるまで、俺が両親と兄たちと血が繋がってないなんて想像もしなかった」


 納得して頷きます。

【夏星の大宴】では、ブルーエ男爵家の皆様にもお会いしました。

 皆さまお顔立ちはそこまで似ていませんが、髪色や瞳の色は似通っていました。なにより仲が良く、血の繋がった家族にしか見えません。


「俺は成長するうちに、身体を動かしたり魔法を放つのが好きになっていった。文官である父や兄たちと全然違っていたけれど、それも気にならなかった」


 目に浮かびます。きっと、のびのびとした明るい男の子だったのでしょう。


「家族は応援してくれたよ。十歳の時、武官の多いアメティスト家に話を通して、イアン殿に鍛えてもらえるようにしてくれた。

 イアン殿の鍛錬は厳しかったけど、楽しくてやりがいがあった。イアン殿と配下の皆から話を聞くのも好きだった」


「どんな話をお聞きしたのですか?」


「武勇伝や騎士の心構え、そして、この国の王族がどれだけ民を思っているかが多かった。俺はその話を聞くのが一番好きだったよ」


 両陛下の政策についてだったり、王子殿下の慰問のお話だったり、色々な話をされたそうです。


「話を聞いたり、【蕾のお茶会】で王家のお三方とご挨拶する度に、敬愛が募っていった。

 やがて俺は騎士……それも、王家をお護りする近衛騎士になりたいと思うようになったんだ」


 王家のお三方の素晴らしさをお聞きし、実際にあのお三方とお会いしていたのです。敬愛し、お仕えしたくなって当然です。

 おまけに、私のお義父様であるイアン・アメティスト子爵は近衛騎士だったのです。その鍛錬を受けているのですから、近衛騎士を目指すのはとても自然な話です。


 ですが……。


「俺の夢を聞いて、イアン殿の顔は引きつった。すぐに『未熟者!もっと鍛えて賢くなれ!』といって笑い飛ばしたから、その時は忘れたけどね。

 俺はひたすら騎士になるための鍛錬を重ね、勉強にも手を抜かなかった。

 俺と同じく何も知らなかったブルーエの兄二人と、アメティスト家の配下からは褒められたし応援された。『近衛騎士になれる実力だ』『頑張れよ』と言われ有頂天だったよ。

 ブルーエの両親やイアン殿からは『今から自分の将来を決めつけるな』『騎士になるのはいいが、近衛騎士になるのは諦めろ』と、言われていたのにな。

 俺は本当に何も知らなかったんだ」


 アドリアン様は自嘲を滲ませ目を伏せます。

 国王陛下に良く似た金色の睫毛が、王妃陛下に良く似た青い瞳に影を落としました。


「騎士になるのは反対されないのに、近衛騎士になりたいというと反対される。周りの騎士志望者は、そんなことは言われ無いのに。

 俺は理不尽だと思って諦めなかった。実力も知識も備わっている。十四歳になる頃には、出奔して遠縁の養子になる計画を練っていた」


「そ、それはまた極端ですね」


 アドリアン様は苦く笑います。


「計画はあっさりバレた。そして、ブルーエの両親から出生の秘密を教えられたんだ」


 ブルーエ男爵はこう言ったそうです。


『お前は近衛騎士にはなれない。近衛騎士になれば、王城に勤務することになるし、両陛下と王子殿下の側に侍ることになる。お前と王子殿下が双子だと露見すれば、間違いなく国が乱れる』


「いきなり夢を奪われ、本当の肉親は別にいると言われて……しばらく荒れたよ。

『何故もっと早く教えてくれなかったのか』『いっそ騎士になることを止めてくれればよかったじゃないか』『俺は独りぼっちだ』『未来が閉ざされた』そんな甘ったれたことを言ったのを覚えている」


「甘えとは違うと思います。それだけお辛かったのでしょう?」


 アドリアン様は静かに微笑み、話を続けました。


「俺が真実を知ったことは、両陛下に報告された。両陛下は責任感の強い方々だ。その年の【蕾のお茶会】後に、俺と面会して話すことを望まれた。

 俺は逃げようとしたよ。お三方への敬愛は無くしていなかったが、お会い出来るような心境じゃなかったからな。結局、無理矢理連れて行かれたが」


 仕方ないとはいえ、当時のアドリアン様の気持ちを思うと泣きそうになります。


 アドリアン様、今もお辛いのでしょうか?


 しかしアドリアン様の様子は一変しました。


「面会の前に【蕾のお茶会】に参加して……君に出会った」


 鮮やかな青い瞳が私を写し、柔らかく細められます。まるで夢を見るような眼差しに、私の胸が高鳴りました。


「君は、あの日の出会いを救いだと言ってくれたが、救われたのは俺も同じだ」


「え?」


「君は俺よりもずっと幼くて、理不尽な暴力にさらされていた。それなのに、君は諦めず努力を続けると決意した。

 俺は自分が恥ずかしかった。そして同時に嬉しかった。君のような強く気高い人に会えたことが。

 だから俺は、騎士になれたんだ」


「そんな……わ、私は……」


 あまりにも過剰な賛辞です。同時に、アドリアン様のこれまでの態度が腑に落ちました。


 アドリアン様は、九年前の私に夢を見たのです。


 だから、私を助け出して大事にして下さった。助けられた私は、嬉しくて幸せだった。

 ……だけど同時に、いつか幻滅されそうで怖かった。


 腹の底で様々な思いが煮えたぎり逆流します。


「私はそんな立派な人間じゃない!」


 気づけば私は、剥き出しの感情のまま叫んでいた。


「あの頃の私は、何も知らず弱くて、努力すれば願いが叶うと信じたかっただけで……!」


 そう、今ならわかる。あの時の言葉に嘘はなかった。けど、それだけじゃなかった。

 私はあの日、初めて周囲から高く評価された。元アンブローズ侯爵夫妻にも褒められた。

 嬉しくて、それにすがりついただけ。


 いつか報われて救われると、祈るように信じた。


「い、いまだって……!」


 貴方を守れるほど強くなりたい。そう願ってはいるけれど。

 たくさんの人に大事にされて自信もついてはきたけれど。

 でもやっぱり。


「わ、私は、強くも気高くもない……!よわくて、つまらないにんげんで……!」


 涙と感情があふれて前が見えない。でも、アドリアン様の動きは気配でわかる。席を立って私の足元に跪いた。


「いいや。君は強くて気高い。だから努力を続けられたし、薬の女神の加護を受けれた。そうでなければ、【特級ポーション】はこの世に生まれなかった。

 ……もちろん、君にだって弱いところも欠点もあると知っている」


 心が温かな声に包まれる。情けなくて涙がまたあふれた。


「そう、よ。わ、わたし……だ、だめなところ、ばっかりで……。あなた、わかってる?」


「うん。そうだね。君は卑屈になりやすいし、夢中になると周りに注意しなくなるし、無茶しがちで自分を雑に扱うし、人に頼るのが苦手だし、適度に気を抜くのが苦手だし……。それにいま知ったけれど、我慢し過ぎて爆発することもあるんだね」


「うぅ……」


 返す言葉もなくて唸るしかない。涙は止まった。やっとアドリアン様の顔が見える。

 跪いたまま、キラキラした笑顔で私を見つめているのが。


「でもね。全部ひっくるめて君が好きだよ」


「っ!なっ……!」


 大きな手が差し出される。九年前と同じように。

 あの時の言葉が蘇る。


『今は真似だけ。いつか君と僕が大人になったら、改めて誓わせて欲しい』


「あの日の約束だ。

 俺はこれからも騎士として、ヴェールラント王国全国民を護り続ける。そして君に助けが必要な時は、君だけの騎士になって助けに行くよ。

 だからルルティーナ嬢、私に誓いを印す機会を与えて欲しい」


「ど……どう、して?ここまでしてくれるの?あなたは……もう、何度も……私を助けてくれたのに」


「……今思うと、初恋だったんだと思う」


 アドリアン様の頬が染まる。小さな男の子のような照れ笑い。


「再会してまた恋をしたんだ。ルルティーナ嬢、俺は君が好きだ。君の弱さも強さも愛している」


「……っ!」


 また泣きそうなのをこらえて言葉を紡ぐ。


「……わ、私も、私もよ。貴方が初恋で……また恋をしたの」


 手を差し出して笑う。うまく笑えているかしら?貴方には綺麗だと思って欲しいの。


「私も貴方が好き。大好き。貴方の弱さも強さも愛している」


 右手を差し出しながら告げる。アドリアン様の鮮やかな青い瞳に喜びと涙があふれた。


「ルルティーナ嬢!」


 そしてアドリアン様は、私の差し出した手の甲に誓いの口付けを落として……。


「ルルティーナ嬢、どうか俺と婚約して欲しい」


「は、はい……!」


 私は嬉しくて、また泣いてしまったの。

 愛しい指が涙を拭う。こんな幸福な涙があるなんて、知らなかった。

 たくましい腕が私を抱き上げて、ぎゅっと抱きしめてくれる。


 なんて幸せ。


 きっとこれからも、何度だって私は幸せすぎて泣くのねと。

 確信してまた涙を流した。



◆◆◆◆◆



ここまでお読み頂きありがとうございます。

次かその次で完結します。最後まで読んで頂ければ嬉しいです。


完結後は番外編(ルルティーナ以外にスポットをあてた話)や続編を書くかも知れませんが、まだまだ構想段階です。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ