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5話 救いの手

「ルルティーナ嬢、もう大丈夫だ」


 低く優しい声に、心臓がどくりと高鳴ります。

 私、この声を知っている気が……いえ、今はそんなことを考えている場合ではありません。この方は、倒れそうな私を抱き止めて下さったのです。


「あ、ありがと……」


 私はお礼を言いながら顔を上げて……固まりました。


 なんてお美しい方でしょうか……。


「礼には及ばない。むしろ、助けに来るのが遅れてすまなかった」


 切なげに細められた青い瞳は空の鮮やかさ、短く整えられた金髪は太陽の輝き、雄々しいお顔立ちは彫刻の精緻さ。

 背は見上げるほど高く逞しく、黒い騎士装束はこの方の美を引き立たせるために存在しているかのようです。


 美の化身のような青い瞳の騎士様は、私に囁きます。あまりにも優しい眼差しで。


「ルルティーナ嬢。不躾だが、君を抱き上げてもいいだろうか?」


「……は、はい?……えっ!?」


 青い瞳の騎士様はさっと身を屈めてしまいました。私の背中に手が当たったかと思うと、あっという間に横向きに抱き抱えられていました。


 まるで、幼い頃に読んだ絵本の中の王子と姫のように。


 頬に熱が集まり、恥ずかしくて気が遠くなります。

 青い瞳の騎士様は私を見つめ、柔らかな笑みを浮かべます。


「ルルティーナ嬢、長旅に耐えて良く来てくれた。迎えに来るのが遅れて済まない。

……なんて軽い身体だ。君には療養と食事が必要だ。まずはゆっくり心と身体を休めて欲しい」


 迎え?療養?食事?休む?

 言葉の意味の半分もわかりません。何から聞けばいいでしょうか?

 いえ、まずこれだけは確認しなければなりません。


「あの……貴方様は……?」


「ああ、申し遅れた。俺は……」


 青い瞳の騎士様の言葉は怒声で遮られてしまいました。


「騎士団長!アドリアン・ベルダール団長!何をなさいますか!」


 先程のオレンジ色の髪の騎士様です。こちらに向かって来ます。殴られたのでしょうか?頬に手を当てています。


「ナルシス。貴様こそ、ルルティーナ嬢と俺の部下たちに何をした?」


 ヒュッと、周囲の空気が重く冷たくなります。

 青い瞳の騎士様……辺境騎士団の長であるベルダール団長様の表情と声が一変しています。


「緊急事態以外での許可の無い魔法行使に暴行に暴言……貴様は野盗にでも堕ちたのか?」


「ひっ!?あ、いえ……その……」


 ナルシス様の顔が見る見るうちに青ざめ、落ち着きなく辺りを見回します。

 先ほどの衛兵様たちと目が合った様子ですが、彼らは顔をしかめるばかりです。


「辺境騎士団第五分隊所属ジュリアーノ・ナルシス。貴様は武器も持たない無抵抗の令嬢と、貴様の暴走を諌めた衛兵に何をした?速やかに答えろ」


 冷ややかな問い。オレンジ色の瞳が怯えて揺れます。しかし私と目が合った瞬間、再び怒りに燃え上がりました。


「ぐっ……!た、確かに、衛兵にはやり過ぎました。ですが全ては、そこにいる魔力無しのクズのせいです!」


 私は息を呑みました。ナルシス様の言葉に傷ついたからではなく、ベルダール団長様がまとう空気が絶対零度の冷たさまで下がり……実際に気温が急速に冷えていったからです。

 冷気と共に、低く重い声がこの場を支配します。


「ナルシス、貴様……。ルルティーナ嬢を重ねて侮辱したな」


「は?侮辱?ああ!王都の事情に疎い団長はご存知ないのですね。それは令嬢とは名ばかりの魔力無しのク……」


「もういい。黙れ。貴様の言葉は聞く価値もない。《氷剣(アイスソード)》」


 ヒュウウゥーッ!

 絹を裂くような音が鳴ったかと思うと、ナルシス様の周りに幾つもの光が現れました。

 いえ、違います。光ではなく氷です。

 空中に現れた氷はあっという間に大きくなり、鋭い氷の剣となりました。

 しかも、一本や二本ではありません。十数本はあります。

 そして全ての氷の剣の切先が、ナルシス様を狙っています。


「は?な、何故?ベルダール団長?」


「辺境騎士団団長アドリアン・ベルダールの名において、ジュリアーノ・ナルシスに懲罰を与える」


「お、落ち着いてください!我がナルシス伯爵家を敵にまわ……!」


 氷の剣がたちが一気に動き、ナルシス様を襲います。


「くそっ!惨殺伯爵め!血迷ったか!《雷壁(トールシールド)》!」


 眩い雷がナルシス様を包みます。氷の剣を弾こうとしたのでしょう。

 ですが。


「ぐわああぁっ!」


 ドシュッ!ザシュッ!

 氷の剣は雷を斬り裂き、ナルシス様を斬り裂きます。たちまち悲鳴と鮮血があふれ出ました。


「やめろぉ!ぎああっ!」


 私はあまりの光景に息を呑みました。

 ナルシス様は氷の剣から逃げようとします。しかし、あらゆる方向から容赦なく斬りつけられ、足がたたらを踏みます。

 氷の剣はナルシス様を斬ると溶けて消えます。

 最後の一本が消える頃には、ナルシス様は血まみれで倒れ、唸り声を上げるばかりになっていました。


「あぐっ……うううぅ……!」


「この程度で満身創痍か。よくもまあ、騎士を名乗れたものだ。

身の程知らずのジュリアーノ・ナルシス。

地獄で己の所業を顧みるがいい」

 

「や、やめ……た、たすけてく……」


「黙れ《氷剣(アイスソード)》」


 再びナルシス様の頭上に、いえ、首の上に氷の剣が現れます。

 首を斬り落とすためだと確信した瞬間、叫んでいました。


「ベルダール団長様!どうかおやめ下さい!」


 青い瞳から怒りと殺意が消え、穏やかな輝きを取り戻しました。


「君が望むならそうしよう」


 氷の剣はたちまち霧散しました。


「ナルシス、ルルティーナ嬢の寛容と慈愛に感謝しろ。貴様の処分に関しては追って沙汰を下す。

……ああ、それと勘違いしていたようだから訂正する。俺が要請したのはララベーラ嬢ではない。ルルティーナ嬢だ」


「……は?」


「え?」


 ナルシス様と私は似たような反応でベルダール団長様を見つめました。

 ベルダール団長様は、私だけを見つめています。先程以上に優しく甘い笑みを浮かべて。


「ルルティーナ嬢、俺はずっと君に会いたかったんだ」


 ああ、私はこの優しい声をどこかで聞いて、この優しい笑みをどこかで見た気がするのです。

 一体何処で聞いて、いつ見たのかしら?

 遠い昔の美しい記憶だったような……思い出そうとすると気が遠くなっていきます。


「ルルティーナ嬢?……寝てしまったか。

どうか、安心して眠ってくれ。

もう誰にも君を傷つけさせはしないから」


 私は甘い言葉に浸りながら、意識を手放したのでした。




◆◆◆◆◆




 意識を失った私は、遠い記憶を夢に見ました。

 九年前の春の話です。私は七歳になったばかりでした。

 この頃はまだ、アンブローズ侯爵家の屋敷で暮らしていました。

 最も、いつまでも魔力を発現させない私に居場所はありません。


『ララベーラの妹だというのに情け無い』


『はあ……いつになったら、まともな子供になるのかしら』


『お嬢様、魔法が使えないならせめて着替えくらいはまともにして下さいよ』


『はあ?食事が届いてない?勘違いでしょう。忙しいので邪魔しないで下さい』



 家族と使用人は私に厳しく冷たくて、泣かずにすんだ日を探すのが難しいほどでした。

 特に厳しく冷たかったのは、家庭教師でした。

 私は日中のほとんどを家庭教師と過ごしました。午前中は魔力強化訓練、午後は淑女教育を詰め込まれます。


 魔力強化訓練とは、他人の魔力を身体に流し込んで潜在魔力を引き出したり、魔法詠唱を繰り返す訓練です。

 家庭教師の魔力を流し込まれるのですが、気持ちが悪くなるか身体が痛くなるかのどちらかで、倒れることもありました。


『訓練は終わっていません!立ちなさい!』


 家庭教師は、私を無理矢理起こしては訓練を繰り返しました。

 その次は淑女教育を施します。

 淑女教育では、徹底的に礼儀作法と読み書き算術を叩き込まれました。こちらも厳しくはありましたが、魔力強化訓練のように苦しい思いはしなくて済みました。


『淑女教育は順調です。後は魔力さえ発現出来れば……』


 家庭教師は言葉を濁し、悔しそうに唇を噛みました。


 そんなある日、王城の【蕾のお茶会】に参加することが決まりました。


 姉であるララベーラ様と一緒に。


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