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48話 東屋の記憶 後編

 九年前の【蕾のお茶会】でのことです。


『ここに入ろう』


 アドリアン様にご案内頂いたのは、庭園にある東屋の一つでした。

 優しい春の風が、甘い花の香りと周囲の話し声を運びます。

 アドリアン様は、東屋の中で待機していた給仕を下がらせました。かわりに、グリシーヌ様が給仕して下さります。


『薬茶です。カモミールに数種類の薬草をブレンドしています。お口に合わなければお言い付け下さいませ』


『ありがとうございます。とても良い香りですね』


 ティーカップには、オレンジ色がかった金色のお茶が満ちています。

 グリシーヌ様は私とアドリアン様にお茶とお菓子を給仕して、東屋の端まで下がりました。


『使いは出している。君の迎えが来るまで、お茶をして待っていよう。』


『はい。ありがとうございます』


 アドリアン様に続いてお茶を頂きます。

 心が和むなんともいえない良い香りが、喉を通ってゆきます。身体が温まり、少し周りを見る余裕がでてきました。

 目前のテーブルの上にはきらびやかなお菓子が並び、季節の花々が飾られています。

 その内の一つに目が惹きつけられました。


 可愛らしいお花!素敵だわ。


 初めて見るお花でした。優しい色合いで可愛らしくて、アンブローズ侯爵家で飾られている豪奢な花々とは全く違います。


 ふっと、心が和んで口の端が上がりました。


『可愛いね』


 アドリアン様に同意して頂き、嬉しくて心が浮き立ちます。


『はい。とても可愛らしいお花ですね』


『花?いや、君……』


『どうなさいましたか?』


 アドリアン様は頬を染めて、少し困ったように微笑みます。


『いや、なんでもないよ。花が好きなの?』


『はい。まだまだ勉強中で、このお花の名前はわかりませんが……』


『ああ、ブルーエの母が好きな花だから聞いたことがある。えーっと、確か……うん、思い出した』


 鮮やかな青色の瞳を細め、教えて下さります。


『この花はプリムローズというんだ。君の瞳に似た綺麗な色だね』


『き、綺麗、ですか?』


 この薄紅色の瞳を褒められたのは、生まれて初めてです。


 しかも、この方は私が【魔力無し】だと知っているのに!先ほどから優しいばかりかこんなにも……。


 あまりの衝撃に私は固まってしまいました。


『うん。君の瞳は綺麗だ。それに所作も言葉遣いも美しい』


『っ!……あ、ありが……とう、ございます』


 私は胸が詰まって、泣きそうになりました。

 なんとかお礼をいいます。


『当然の賛辞だ。グリシーヌ、君もそう思うよね?』


『ええ、お嬢様は素晴らしい淑女であらせられます』


『言っておくけど、お世辞でも嘘でもないからね』


 茶目っ気たっぷりの笑顔。喜びと安心から、涙と言葉がほろりとこぼれてゆきます。


『えっ!?ちょ、な、何か嫌なことを言ってしまった?』


『失礼します』


 グリシーヌ様が、ハンカチで涙をそっと拭って下さります。壊れ物に触れるかのような優しさにまた泣きそうになりましたが、なんとかこらえます。


『お労しい。若様がぐいぐい迫るから怯えていらっしゃるのでは……』


『っ!そ、そうだったのか?ご、ごめ……』


 私はハンカチをおさえて叫びました。


『……違います!こんなにも褒めて認めて頂いたのは産まれて初めてで……!私は、嬉しくて……!』


 途端に、お二人のお顔が険しくなりました。


『それはおかしいよ。君はこんなに立派なのに』


『で、ですが私は【魔力無し】です。……我が家にとっては、恥です』


『はあ?【魔力無し】だから?そんなの理由になっていない!』


『え?』


 アドリアン様は声を上げ、私を真っ直ぐ見つめました。


『君、生家と縁を切って他家の養子になる気はないか?僕の家でもいいし、親戚を紹介することもできるよ。それだけの力が僕にはある!』


『!』


 なんて力強くて頼もしいお言葉でしょうか。

 私は頷きそうになって……今日の出来事を思い出しました。

 両陛下と王太子殿下から褒めて頂き、少しだけとはいえ両親が認めてくれたこと。

 ずっと屋敷と屋敷の庭しか知らなかったけれど、世界は広くて眩しいこと。


 だって、今ここに私が【魔力無し】だと知った上で褒めて認めて下さる方たちがいる。


 ならば私は、まだ諦めたくない。


『いいえ。私は追い出されない限り、アンブローズ侯爵家から出るつもりはありません』


『な?何故だ?親兄弟のことなら怖がることはない。僕と僕の家が君を守ってみせる』


『ありがとうございます。私などにお心を砕いて下さって……。ですが、これは私の願いを叶えるためなのです』


『君の願い?』


『はい。私は家族と領民の役に立って、アンブローズ侯爵家の一員として認めて頂きたいのです』


『っ!それは……』


『今日、私は【魔力無し】の私でも認めて頂けることがあると知りました。淑女教育での努力が実ったのです』


 アドリアン様の鮮やかな青い瞳が見開かれ、春の日差しを受けて輝きます。


『私に魔力はありません。我が家の得意とする《治癒魔法》は、一生使えないでしょう。ですがまだ、私に出来る事があったのです。

ですから、このままアンブローズ侯爵家で己を磨き、私に出来ることを探し続けようと思います』


 アドリアン様は呆然としていらっしゃいましたが、やがて弾かれたように笑い出しました。


『あははは!参った!君は僕なんかよりずっと強くて気高い!』


『あ、あの、アドリアン様?……っ!?』


『今の僕が君を助けるだなんて、とんだ思い上がりだ』


 アドリアン様はスッと真顔になり席を立ちます。


『僕も、僕の願いを教えるよ』


 私のそばで跪きました。


『僕の願いは騎士になることだ。ついさっきまで、王家をお護りする近衛騎士になりたかった。けど、それはもうやめる。僕は、ヴェールラント王国全国民を護る騎士になるよ』


 私を見上げる鮮やかな青い瞳、さらりと流れる輝く金髪。

 強い決意を宿したお顔に引き込まれてしまう。


『そしていつか、強い君でも立ち向かえなくなったら……君だけの騎士になって助けに行くよ』


『へ?アドリアン様?!』


 アドリアン様がうやうやしく手を差し出します。


『敬愛なるルルティーナ殿。私に誓いを印す機会をお与え下さい』


 感動と戸惑いに揺れる私に、グリシーヌ様が『若様は【乙女への騎士の誓い】をなさいたいのです。お嫌でなければ、右手を差し出して差し上げて下さい』などと囁きます。

 家庭教師から聞いていました。

【乙女への騎士の誓い】は、騎士が意中の恋人や憧れの淑女に誓いを立てる時の文言と所作です。

 そして所作の最後に、手の甲に口付けをするのです!


『わ、私は誓いに相応しくな……』


 ためらっていると、アドリアン様がへにゃりと眉を下げます。


『……僕が相手だと嫌?』


『うっ!……あうう』


 上目遣いで悲しげに囁かれては駄目でした。私はそっと、右手を差し出します。

 アドリアン様は繊細な手つきで私の手に触れて、手の甲に口付ける振りをなさいました。


『今は真似だけ。いつか君と僕が大人になったら、改めて誓わせて欲しい』


 うっとりした笑顔は、天上の美をかき集めたとしか思えなくて……私は頷くしかありませんでした。


 その後まもなく迎えが来て、私とアドリアン様はお別れしたのでした。




 ◆◆◆◆◆




 思い出のすり合わせを終えると、アドリアン様は赤い顔を手で隠しながらうめきました。


「我ながら傲慢なクソ餓鬼だった。恥ずかしい」


「ええ!?そんな事はありません!私の心は救われました!あの時も今も、アドリアン様は凛々しくて格好良くて、理想の騎士様です!」


「いや……俺は、そんな大層な男ではないよ」


 アドリアン様は苦笑いしながら、当時のご自分の心境を語って下さいました。


「あの頃の俺は拗ねた餓鬼だった。

……父上たちから出生の秘密を教えられて、近衛騎士には絶対になれないと知ったばかりだったから」


 それこそが、国王陛下の仰っていた【アドリアン様に出生の秘密を教えた理由】でした。


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