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42話 赤薔薇の破滅 四輪目 後編(ララベーラ視点)

「閣下のお役に立ててようございました。つきましては【帝国】に……。閣下?」


「……ぐはっ!……げぐっ!おげえええぇっ!」


 突然、ルビィローズ公爵は喉を掻きむしりながら嘔吐した。

 真っ赤な血に真っ黒なヘドロが混ざったような奇妙な吐瀉物。ルビィローズ公爵の顔と上等な衣装を汚していく。

 カッと見開いた赤い瞳がララベーラを睨む。


「げえぇっ!……うぐっ……!ぎ、ざまぁ……!どく……を……!」


「ひっ!な、なによこれ!穢らしい!」


 吐瀉物まみれの皺くちゃの手が、ララベーラをつかもうとする。ララベーラは身を引いて逃れた。

 ルビィローズ公爵のもう片方の手が大きく動く。


ーーーバシャッ!ジュウウウゥ……ーーー


「……ぎゃあああああぁ!あづいいぃ!いだあああああぁ!」


 ララベーラの顔に液体がかかる。熱と激痛が走る。

 手で触れるとドロドロとした感触。じゅうじゅうと、何かが焦げて溶けるような音までする。


「いだいいぃっ!ひ、《治癒魔法(ヒール)》!《治癒魔法》!」


 必死に治癒魔法をかけるが、何も起こらない。熱も激痛もそのままだ。


「ぎあああ!ひ、ひぎあああ!たすげでっ!」


 ララベーラは床に転がって悶え、助けを呼ぶ。痛みで目を開けてられない。


「いだいぃ……!あついぃ!だ、だすけでぇ……!」


 しかし、ララベーラの耳に入ってきたのは、ルビィローズ公爵の呻き声と、ガスパルとメイドの冷淡な声のみだった。


「ぐぶ……!が、すぱ……ぐぇ……げぐっ……!」


「聞いていた以上に強烈な毒だな。さて、お祖父様は予定通りだが、アレは死なせてはまずいのではないか?」


「問題ございません。顔が爛れただけのようですから」


「そうか。まあ、アレのことは私には関係ないな」


「はい。恭順と忠誠をお示しなさいませ」


「うむ」


 ガスパルがゆっくりと歩き、軽く笑う気配がした。


「お祖父様、ルビィローズ公爵ともあろうお方が下品ですよ。ご自分の飲みかけを他人にかけるだなんて」


「……ぎぃっ……がっ……うぐ……!」


「まあ、貴方に品性などありませんが。……かつては聡明で勇敢な王子で、威厳に満ちた公爵で、立派な司法局の長だったそうですが、私が物心ついた頃には見る影もありませんでしたよね」


「な……?ぜだ……?がすぱ……る……」


「お祖父様、貴方はやり過ぎました。王になりたいなどという馬鹿な野望に、我がルビィローズ公爵家を巻き込んだ。

臣籍降下しても王族気分が抜けない貴方にとって、私たちは臣下でしかないのでしょう。だから、貴方が【帝国】と通じているのを知って止めようとした父を躊躇いなく殺した」


「あ……れは!……しかたな……!おえぇ……!……あ、いつが……わる……うらぎりもの!」


「ふざけるな」


 地を這う怨嗟の声がする。怒りと憎悪が花開く。


「裏切り者は貴様だ。アンビシオン・ルビィローズ。王家に弓引き、ルビィローズの家名を汚し、父を殺して母を壊した貴様を私は許さない」


「ガスパル様、こちらの短剣をお使い下さい」


「ああ、わかった」


「な、にをする……気だ!」


「はは!この後に及んでまだわかりませんか!お祖父様もよく仰っていたではありませんか。枯れた花、腐った花、余分な花は、剪定しなければなりません。ルビィローズ公爵家に貴方はいらない。貴方の育てた野望、【帝国】との繋がり、アンブローズ侯爵家との蜜月も……貴方の命も今日で終わりです」


「おまえ……は!おうに……!や、やめ……!」


「さようならお祖父様。

貴方が父を殺したあの日から!私はこの日を待っていた!」


「やめ……!ぎああああぁ!」


 凄まじい絶叫を聞きながら、ララベーラは意識を失った。




 ◆◆◆◆◆




「お目覚めですか」


 目が覚めると、全身を拘束されて床に転がっていた。真っ暗だが、目の前の茶髪のメイドの姿だけはうっすらと見える。


(こいつ!)


「んんっ!んー!」


 怒鳴ろうとして出来ない。猿轡を噛まされている。ララベーラは怒りと共に恐怖した。


(ここは……どこ?)


 狭い空間だ。しかもガタゴトと振動している。この振動と音は……。


(まさか馬車か何かに入れられてるの?どこに連れて行く気?)


「目的地が気になりますか?貴女がた三人の罪に相応しい場所ですよ」


(三人ですって?)


 言われて気づいた。同じように拘束されて転がされている二人がいる。

 顔がよく見えないが、あれは両親であるレリックとリリアーヌだ。どちらも傷だらけで、怒りと恐怖の混じった顔をしている。


「ご安心ください。極刑にはなりません。少なくとも、あの方が苦しんだ年月と同じだけは生きれます。アンブローズ侯爵家は取り潰しになりましたし、貴女がたはもう二度と外には出られないですが」


「んんー!んんんっ!」


(取り潰し!?二度と外に出られない!?冗談じゃない!離せ!ここから出せ!)


 レリックとリリアーヌも同じように暴れる。


「全く反省していないようですね。まあ、その方がコルナリン侯爵ご夫妻もやりやすいでしょう」


(コルナリン侯爵?お母様の妹だとかいう赤錆のカトリーヌ?何故そいつの名が?)


「コルナリン侯爵ご夫妻は、魔石の画期的な安価生産法を確立しました」


(ああ、【夏星の大宴】でそんな事を言っていたわね。どうでもいいから聞き流してたけど、お母様が騒いでいたっけ)


「貴女がたはどうせご存知ないでしょうから、説明しますね。

魔石が高価なのは、魔石に適した高純度の水晶が限られていることと、水晶への魔力注入に技術と膨大な魔力が必要なためでした。

この場合の高純度の水晶とは、人間が注入する魔力に適した水晶のことです」


 茶髪のメイドが、優しく子供に教えるように語る。それに苛立つが、逆らうことが出来ない。


「コルナリン侯爵ご夫妻は発想を転換されました。【人間の魔力に適した水晶を使う】のではなく【人間の魔力を水晶に適した状態にする】魔道具【魔力変換装置】を開発したのです。そうすることで魔力注入が簡易になったばかりか、必要な魔力量も減らせたのです。画期的ですよね!」


(だからそれがどうしたって言うのよ!くだらない!)


「言葉で言うのは簡単ですが、実現するのは容易ではありませんでした。最初の【魔力変換装置】は、使用に非常な苦痛を伴いました。しかも身体に直接繋ぐ必要もあるそうで……」


 そこまで聞き、レリックとリリアーヌが激しく暴れ出した。ララベーラはわかっていない。

 自分には関係のない話だと思って苛立っていた。


「今は使われていない最初の【魔力変換装置】を有効活用するために、貴女がたの刑罰に使用することが決まりました。

よかったですね。我がヴェールラント王国の発展に貢献できますよ。

ルビィローズ公爵の謀叛に加担し、ポーションの密輸をはじめとした数々の悪事に手を染め、長年にわたり肉親を虐待した大罪人に対して何という温情でしょう!」


(は?刑罰に使用?私たちに?な、なにを言ってるの?……ひぃっ!)


 メイドの眼差しが鋭い殺意を放つ。


「全く。最低でも九年、最高で十六年だけ苦しめば死ねるのだから軽い軽い……。それでも貴様ら外道は、あの方たち被害者の苦しみの一端も理解できないだろうが……」


 ララベーラは震え上がり、全身から冷や汗が吹き出た。何か下半身に生暖かい感触と嫌な臭いがする。

 メイドはにっこりと微笑み、殺意を引っ込めた。


「あらあら。ご家族そろってお漏らしとは、仲がよろしいですね」


(こんな下民に!よくもおお!騙したなあああ!)


 騙されて毒を作らされて、顔まで傷つけられて、侮辱された。

 ララベーラの目から悔し涙がぼろぼろでる。


「ああ、最後にこれだけは言っておかなくては。元アンブローズ侯爵がポーション職人たちに渡した【特級ポーション】のレシピは、私の仲間がすり替えた偽物です。

ですが貴女、元アンブローズ侯爵令嬢に渡したのは、本物の【特級ポーション】のレシピですよ」


(嘘だ!あれは猛毒だった!)


「本当ですよ。それと、もしも貴女が【特級ポーション】か、そうでなくても無害な液体を作れていたら……。貴女だけはこの刑罰を免れたんです」


(え?)


「貴女がそんな風に育ったのは、ご両親とルビィローズ公爵による所が大きい。『成人しているとはいえ、まだ若い。反省させて再教育の機会を与えるべきだ』という意見が多かったんです。

でもまあ、貴女は罪を重ね過ぎていましたし、恨みも相当買ってますからねえ。

『断罪後、反省していれば減刑する』と言うことになりました。その確認と実験をかねて、あのレシピを与えたんです」


 ーーーガタン!ーーー


「っ!~~~!」


 馬車が大きく動いた衝撃で、ララベーラたちの身体が転がる。痛くて悶えていると、楽しそうな声がした。


「貴女が反省していたら、あんな猛毒にはならなかったんですよ」


 メイドが語ったのは、信じられない真実だった。


「あの【特級ポーション】のレシピは【薬の女神の秘薬】と呼ばれる古代のポーションの作り方……。正確には儀式のやり方です」


 【薬の女神の秘薬】は、儀式によって薬の女神の加護を得ることで出来るポーションだ。

 儀式は、供物である魔石と薬草を用意し、薬の女神に祈りを捧げることで完成する。

 信仰心と祈りが純粋で強ければ、それだけ強い効力のポーションとなる。

 逆に不純で弱ければ効力も弱まる。

 この場合、一番大事なのは祈りだ。

 薬の女神を敬い、人を癒したいと願い祈る事である。


「逆に人を害したいと願い祈れば、ポーションは猛毒になってしまいます。

レシピの三つの決まりに書いてあったでしょう?貴女はないがしろにしていましたが。特に大事な三つ目は、ほとんど読み飛ばしていましたね。こんな内容です」


【三つ目は、出来上がったポーションは作成者が必ず一匙飲むこと。これを毒味の一匙という。

 先の二つ以上に大切な作業である。毒味の一匙だけは忘れてはならない。

 このレシピは、ポーションという万能薬を作るためのレシピだ。だが、薬は一つ間違えれば毒になる。

 レシピの作成者には、安全と効力を確認する義務と責任がある】


(こ、こいつ!わかっていて止めなかったのね!なんで奴!こいつのせいで!)


「貴女が、反省も後悔も他者への慈しみもない外道のままでよろしゅうございました」


 メイドが輝かんばかりの笑顔を浮かべ、馬車が止まった。


「私はこの辺りでお暇いたします。あの方の朝の支度に遅れてしまいますので。

それではご機嫌よう。元アンブローズ侯爵家の皆さま。精々苦しんで罪を償って下さいね」


「んんんんんっ!んんー!」


(いや!助けて!ここから出してええ!)


 メイドは闇に溶け込むように消え、再び馬車が動きだす。




◆◆◆◆◆




 その後、ララベーラたちはある施設に運ばれた。


 ララベーラたちは魔封じの首輪をはめられ、服を脱がされて水をかけられ、髪を切り落とされた。

 抵抗して暴れるが、容赦なく痛めつけられるだけだった。


 最後に囚人服を着せられて猿轡を外された。が、喉に何かされたのか唸り声のようなものしか出ない。


(ひいぃ!わ、私の顔がああ!)


 おまけに、鏡で見せられたララベーラの顔は半分以上が爛れて溶けていた。


(助けて!誰か!私を助けてえー!)


 呼ぶ声に応えは無い。



 こうしてアンブローズ侯爵家最後の三人は囚人となり、魔力を搾り取られる日々を送ったのだった。




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