41話 赤薔薇の破滅 四輪目 中編(ララベーラ視点)
小屋の中は、ルルティーナがいた頃と違い様々なものがあふれて雑然としていた。
机と椅子のような家具まで増えているのは、ポーション職人が何人も出入りするようになったせいだろう。
「最悪。蒸し暑いし薬草臭い。なんだか不気味だし」
夜だからか、ポーション職人たちはいない。
小屋にいるのはララベーラと茶髪のメイドだけだ。
ガスパルは何故か小屋の外で待っている。
「こちらがレシピです。ポーション職人たちの報告によると、この通りに作らないとポーションにならないそうです」
メイドから渡されたレシピを元に作業する。
まずは下ごしらえだ。メイドにやらせようとしたら拒否された。
「材料と道具の用意は出来ますが、下ごしらえ以降はお手伝いできません。レシピに書いてあります」
【特級ポーションを作る上での三つの決まり。
一つ目は、下ごしらえから出来上がりまで一人で作業すること】
ララベーラはイライラしながら、光属性の魔石をトンカチで砕き、乳鉢に入れ、乳棒ですり潰す。
慣れない作業のため、うまく砕いたりすり潰せなくて手間取る。身体から汗が吹き出て、手もすぐに痛くなった。
「どうして私が!賤しいポーション職人の真似事をしなきゃならないのよ!私は癒しの聖女よ!」
ララベーラは怒りと憎悪を垂れ流しながら手を動かす。
「ララベーラ様、恐れながらお祈りが……」
【二つ目は、薬の女神様に『特級ポーションに素晴らしい効力を授けて頂けるよう』祈りながら作ること】
「祈り?!祈りがなんだって言うのよ!だいたい薬の女神って何!?知らないわよそんな神なんて!」
「特級ポーションが出来なくてよろしいのですか?」
「ぐっ!わ、わかったわよ!薬の女神!【特級ポーション】に効力を与えなさい!あのクズ以上の効力を!」
ララベーラは念じながら魔石をすり潰し続ける。
怒りと憎悪を練り込むように。
「薬の女神!私を見下した者たちがひれ伏すポーションにするのよ!リアン様も!あの地味女も!両陛下も!お母様も!お父様も!魔力無しのルルティーナもみんなみんな見下していたぶって殺してやる!」
出来上がった魔石の粉は、ほんのりと赤く……あやしく輝く。
茶髪のメイドは納得したように頷いた。
その後もララベーラは下ごしらえを続けた。
紅玉草の葉を刻んですり潰す時は、シャンティリアンの胸を切り裂き心臓を叩き潰す妄想を。
落陽橙の皮を削って粉にする時は、イザベルの顔をやすりで削る妄想を。
翡翠蘭の根を細かく刻む時は、両陛下を足先から刻む妄想を。
天空百合の花を繊維に沿って糸状になるまでほぐす時は、リリアーヌの髪を切り落とし縄を作って縊り殺す妄想を。
瑠璃玉葡萄の実の汁を一滴残らず絞る時は、レリックを宙吊りにして死なない程度に斬り裂き血を搾り取る妄想を。
蔓紫水晶の蔓茎をトンカチで砕く時は、ルルティーナの全身、特に顔を重点的にトンカチで殴って砕き潰す妄想をしながら作業した。
「はぁ…はぁ…!や、やっと、終わった」
「はい。下ごしらえは終わりです。次は魔道釜戸に火をつけ、大鍋で煮込みます。魔道釜戸の使い方ですが……」
「ああもう!面倒臭いわね!」
ララベーラは、生まれて初めて魔道釜戸に触れた。
教えられながら火をつけ、上に乗った大鍋に材料を入れていく。下ごしらえした順に魔石からだ。
「ララベーラ様、火力が強過ぎます。お祈りも止まっています」
「わかってるわよ!薬の女神!手間をかけてやってるのだから!効力を与えなさいよ!」
ララベーラは火力を調整しながらかき混ぜ、全ての材料を木ベラで混ぜていった。
「どうして、この私がくだらないポーションを……許さない」
全ての材料が溶け合い、濁った黒い夜空のような色になっていく。
「死ね死ね死ね殺す殺す殺す……許さない許さない許さない……私は癒しの聖女……見下す者は皆殺しにしてやる」
ララベーラはいつしか、濁った液体に魅入られたようになっていた。
「【夏星の大宴】で私の役に立たなかった下僕どもも殺してやる……私の善行を逆恨みした者たちも……何よ。不細工がさらに不細工になったくらいで恨むんじゃないわよ!」
木ベラで液体を掻き回しながら、彼らが悲鳴を上げて許しを乞う姿を浮かべた。
「きゃはは!そうよ!私に従わないクズはあわれっぽく泣きなさい!そうなるべきよ!私は癒しの聖女だもの!
癒しの聖女ララベーラが薬の女神様に命じる!私に力を与えなさい!私の敵全てを殺し!全てを従わせる力を!」
大鍋から赤みがかった光があふれる。濁った闇夜のような液体から、まるでその光そのもののような……。
【特級ポーション】の特徴と同じ、【透き通った光る液体】が出来上がった。
「やった……やったわ!見なさい!やっぱり魔力無しのルルティーナに出来て私が出来ないわけないわ!クズと同じ……いえ、きっとそれ以上の効力があるに決まっている!」
「ララベーラ様、お見事です。では、最後の仕上げをなさいませ」
「最後の仕上げ?ああ、毒味の一匙だとかいう……」
ララベーラはレシピが書かれた紙をまた読んだ。
そこにはこう書いてある。
【三つ目は、出来上がったポーションは作成者が必ず一匙飲むこと。これを毒味の一匙という。
先の二つ以上に大切な作業である。毒味の一匙だけは、決して忘れてはならない。ポーションは……】
そこまで読んで、ララベーラは紙を放り投げた。
「嫌よ。ポーションなんて賤しい薬、私は飲みたくないわ」
「……さようでございますか。では、出来上がったものは私が瓶詰めしましょう。あちらにお茶菓子を用意しておきましたので、しばしお待ち下さい」
メイドの示した場所を見ると、ポーション職人たちが使っていたらしい小綺麗な机の上に、茶菓子が用意してあった。
いつの間に用意されていたのか。茶髪のメイドはララベーラの補佐につきっきりだったはずだが……。
ララベーラは疑問に思うことなく椅子に座った。
「あら、気が利くわね。疲れてたからちょうどいいわ」
すでにカップの中には【星屑の薬茶】が満たされている。
「あぁ……美味しい……頭がすっきりして……」
ララベーラは気に入りの茶をゆっくり味わい、菓子を食べた。
茶髪のメイドが、瓶詰め作業をしながら自分の様子を見ていると気付かぬままに。
◆◆◆◆◆
瓶詰め作業が終わり、ガスパル、ララベーラ、茶髪のメイドは馬車で、ルビィローズ公爵の屋敷まで向かった。
到着する頃には夜明け近くになっていた。空は不気味な赤に染まっていたが、ララベーラは空を見上げない。
(これを死にかけのルビィローズ公爵に渡せば、私は助かる。全て上手くいく)
豪奢な玄関の前で、ガスパルが血のような赤い瞳を細めた。
「ルビィローズ公爵邸にようこそ。さあ、中に入ってくれたまえ。お祖父様がお待ちだ」
「ええ。この癒しの聖女ララベーラが癒して差し上げますわ」
ララベーラは艶然とした笑みを浮かべ、案内されるまま屋敷に足を踏み入れた。
その手に、赤みがかった光を放つ硝子瓶を握って。
ルビィローズ公爵邸に入った。
ガスパルの先導で、ララベーラと茶髪のメイドは応接間に通された。
真っ先に目に入ったのは、やつれて骨と皮のようになったルビィローズ公爵だった。
かつての威厳は、その上品な衣装にしか残っていない。今にも床に崩れ落ちそうな様子でソファに座っている。
人払いしたのか他には誰もいない。
どろりと濁った赤い瞳が、ララベーラの持つ硝子瓶を見る。
「……ようやく……来たか」
「ええ。お祖父様、お待たせしまし……」
「ルビィローズ公爵閣下!この癒しの聖女ララベーラが【特級ポーション】をお作りしました!クズが作った以上の効力があります!だから私を【帝国】に……!」
ララベーラは礼儀もなく詰め寄った。ガスパルがやんわりと制する。
「……君、その話の前に【特級ポーション】をお祖父様に渡して差し上げなさい」
穏やかに諭され、ララベーラは大人しく従った。
(そうよね。まずは身体を癒さないと。【帝国】に交渉できるのは、この老いぼれだけだもの)
「かしこまりました。ルビィローズ公爵閣下、どうぞ」
ララベーラは硝子瓶の蓋を外し、ルビィローズ公爵に渡した。
「おお……この輝き……確かに【特級ポーション】だ……」
ルビィローズ公爵は、弱々しい手で硝子瓶を受け取り口元に運ぶ。
一口、二口、飲み込み口を離した。
「……ああ、楽になってきた……。息がしやすい。良くやったララベーラ・アンブローズ」
(やった!これで私だけは助かる!)
「閣下のお役に立ててようございました。つきましては【帝国】に……。閣下?」
「……ぐはっ!……げぐっ!おげえええぇっ!」
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