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40話 赤薔薇の破滅 四輪目 前編(ララベーラ視点)

 時は少し遡る。

 ルルティーナが宮廷舞踏会を満喫している頃、アンブローズ侯爵家では。


 ◆◆◆◆◆


 ララベーラが気がつくと、アンブローズ侯爵家の自室のベッドの上だった。

 身を起こし、周りと我が身を見る。どうやら、ドレス姿のまま寝かされていたらしい。


(ドレス……。そうよ。私は【夏星の大宴】に出てたはず……っ!)


「痛い!」


 頬が痛い。触れると腫れていて熱っぽかった。生まれて初めての強い痛みに涙が出る。


「痛い痛い!なによこれ!やだぁ!《治癒魔法(ヒール)》!」


 ララベーラは慌てて治癒魔法で治した。痛みが引いてホッとしたところで、魔力量を慎重に調節する。

 癒してやっている下僕たちのように、加減を間違えないように。

 間違えると、魔力酔いで倒れたり、肌が盛り上がったり、皮がボロボロ剥がれたりなど、悲惨なことになるのだ。


(美しくもない下僕たちはともかく、私の美貌が損なわれたら国の損失よ……治ったようね)


 肌を撫でてホッとする。念のため姿見か手鏡で確認しようとして、部屋の外の喧騒に気づいた。


「……!貴様の……!クソ……!」


「!……じゃない!……アンタが……!」


 レリックとリリアーヌ。ララベーラの両親の怒鳴り声だ。


(はあ……お父様とお母様、またなの?うるさいわねえ。下僕どもは何をやってるの。さっさと止めなさいよ)


 鬱陶しい。最近の両親は変だ。常に仲違いしていてうるさい。


(何が原因で……ああ、特級ポーションが用意できないとかなんとか……ポーション……そうよルルティーナが!)


 そこまで考えたララベーラは、これまでのことを一気に思い出した。




 ◆◆◆◆◆




【夏星の大宴】を追い出されたララベーラたちは、アンブローズ侯爵家の馬車に乗せられて帰された。

 もちろん騎士の監視のもとだ。逆らうことはできなかった。

 その近衛騎士たちも、屋敷の中には入らない。

 移動中は私語を禁じられていたララベーラは、堰を切ったように話し始めた。


「どうしてあんな地味な女がリアン殿下の婚約者に?それにあの魔力無しのルルティーナが伯爵ですって?おまけに私たちが謹慎だなんて……こ、こんなの何もかも間違いよ!ねえそうですよね?お父様、お母様……聞いていらっしゃいますか?ねえ!……え?」


 濁った二対の赤い瞳と目が合う。

 不気味さにララベーラが身を引いた瞬間、ララベーラの頬に痛みが炸裂した。


「お父さ……ぐぎゃ!」


「ララベーラ!この恥知らずの役立たずが!」


 身体が床に崩れる。ララベーラは当惑と痛みになす術もない。


「旦那様!落ち着いてください!」


「誰かお止めしろ!ぐああっ!」


「離せ!この下民どもが!」


 使用人たちはレリックを抑えようとしたが、あっさりと吹き飛ばされる。

 レリックは憎悪を込めた目でララベーラを睨む。


「ひっ!な、なに?なんなの……?」


 助けを求めようとリリアーヌを見る。が、二十は老けたように見える母は、何か呟きながら立ち尽くすだけだ。


「あぁ……どうしてこんなことに……もう終わりだわ……私のせいじゃない……私のせいじゃ……」


「黙れええ!リリアーヌ!何もかも貴様せいだ!こんなクズを産みおって!貴様の腹が賤しいからだ!」


「ぎゃっ!い、いたっ……!いや!離して!ララベーラが恥知らずになったのは!私のせいじゃない!アンタの種が悪かったのよ!この無能!」


「何だと貴様ああ!」


(お父様が私を殴った?ルルティーナにするように?恥知らず?役立たず?クズ?私が?)


「アンタが!ララベーラの代わりにルルティーナを辺境にやらなければ!こうならなかったのに!」


「うるさい!貴様も賛成しただろうが!」


(この私がルルティーナ……魔力無しのクズ以下?)


「こんなの嘘……嘘よ……」


 両親の怒鳴り声を聞きながら、ララベーラは意識を失ったのだった。




 ◆◆◆◆◆



 全てを思い出したララベーラは混乱した。


「ど、どうしてこんな目に……わ、私はリアン殿下の婚約者よ?どうして……」


「まだそんな事を言っているのか」


「だ、誰っ!?……あ、貴方……ガスパル様?」


 声がした方を見ると、ソファに男が座っていた。

 輝く金髪に血のような赤い瞳。ルビィローズ公爵令孫ガスパル・ルビィローズだ。

 ガスパルの眼差しは冷ややかだったが、穏やかな笑みで塗り替えられた。


「驚かせてすまなかった。訪問したら君が失神して倒れていたので、ここまで運んだんだ。心配したよ。傷と気分は大丈夫かな?」


「え、ええ。もう大丈夫です」


 本音では「最悪に決まっているでしょう!」と、叫びたいところだったが頷いた。

 ルビィローズ公爵家はアンブローズ侯爵家の寄親だ。その嫡孫であるガスパルに対しては、流石のララベーラも丁寧だった。

 欲望を垂れ流し感情のまま話していた【夏星の大宴】の時とは違って。


(待って。あの時の私は何故あんなことを?ベラベラと言わなくていい事までまくし立てて……いえ、【夏星の大宴】の時だけじゃない。最近おかしいわ)


 引っかかったが、それよりも確認したいことがある。

 ガスパルがアンブローズ侯爵家に訪問した理由と、ララベーラを運んだ後も寝室にいる理由だ。


(まあ、私の美貌と有能さが目当てでしょうね。ガスパル様は確か三十歳だったかしら。顔は良いし、身体も鍛えてそうで悪くないわ。体力もありそう。今日は気分じゃないけど、日を改めてるなら遊んであげてもいいかしら)


 ララベーラが内心で舌舐めずりしていると、ガスパルが話し出した。


「二人きりではないとはいえ、令嬢の部屋に居座って申し訳ない」


(え?……ああ、メイドがいたのね)


 それまで全く気づかなかったが、ガスパルの背後に茶髪のメイドが立っている。

 顔はよく見えないし、見たところでララベーラにはわからないが、大勢いる使用人の一人だろう。


(うちのメイドが着るお仕着せ姿ですもの。間違いないわ)


 ララベーラは単純にそう思った。


「君もこちらに座りたまえ。好きだという茶を用意させた」


 だからララベーラは、素直にガスパルの対面に座り、メイドが差し出したお茶を飲んだ。


(【星屑の花茶】はやっぱり美味しいわね。頭の中がスッキリする……いい気分……)


 ララベーラが茶を飲み干したタイミングで、ガスパルが再び口を開いた。


「私がこの部屋にいる理由だが、アンブローズ侯爵夫妻が君に危害を加えないようにするためだ。理性が無くなってしまった彼らも、私の目の前では君を殴れないからね」


 治したはずの頬に痛みが走る。


 実の父に生まれて初めて殴られて罵倒された。母も自分を庇わず軽蔑した。


 その事実を再確認したララベーラの胸に到来したのは、悲しみでは無い。

 燃え上がる怒りと煮えたぎる憎悪だった。


(二人とも許さない!なによ役立たずの中年と年増の癖に!殺してやる!)


「それにしても……今宵の【夏星の大宴】での失態をどうするべきか。アンブローズ侯爵と話し合いたかったのだが、とても冷静に話せる状態ではない。

 このままではアンブローズ侯爵家は取り潰される。君もただでは済まないだろう」


「はぁ!?なぜ私が!?私はシャンティリアン王太子殿下の婚約者よ!あれは間違いよ!」


 ララベーラは、先ほどまでの最低限の礼儀をかなぐり捨て感情に任せて叫ぶ。

【夏星の大宴】の時とまったく同じように。


「いいや、ララベーラ。あれは夢でも間違いでもない。ヴェールラント王家は君を断罪した。懲役刑かあるいは……いずれ罰が与えられるのは間違いない」


「違う違う間違いよおおお!嘘よ嘘よ私が王太子妃よおおお!あんな地味女なんて!クズなんてえ!……ぎゃぁっ!」


 ララベーラは髪を振り乱して叫んだが、すぐにソファに押し付けられた。

 あのメイドがやったらしい。振り払おうとするが、びくともしない。


「落ち着きたまえ。私は君を助けたいんだ。君も助かりたいだろう?」


「あ、当たり前よ!」


「ならば、君は現実を見るべきだ。まず、君の罪を整理しよう」


 ガスパルは淡々とララベーラの罪を並べたてた。


 シャンティリアン王太子殿下の婚約者だと詐称し、付き纏っては不敬な言動を繰り返した事。

 さらに、本来の婚約者であるイザベル・スフェーヌへ暴言と侮辱を吐いた事。

 プランティエ伯爵ことルルティーナを、長年に渡り虐待していた事。および、ポーションによる利益を還元せず搾取していた事。

 他にも無資格および無許可での治癒魔法行使と詐欺、傷害、恐喝などなど……。


「婚約者の詐称と暴言は、王族侮辱罪と不敬罪が適用されるだろう。やはり、極刑も視野に入れた方がいいな」


「きょっ!ひいぃ!い、嫌よ!そんなのいやぁ!」


「ああ、私も君がそんな目にあうのは忍びない。……だが、君を救えるのは【帝国】に繋がりがある我が祖父であるルビィローズ公爵だけだろう。流石に【帝国】に逃げれば追ってはこれない」


「な、なら公爵閣下にとりついでよ!なんでもするから!」


「私もそうしたいが難しいな。祖父は【特級ポーション】が手に入らなくなってお怒りだ。

 まあ、無理もないが」


「金の問題!?金ならあるわ!なんならお父様を殺して財産を……」


「金の問題じゃない。実は【特級ポーション】は祖父も愛用していてね。

 ここだけの話だが、祖父は寝たきりになってしまった。もう長くないかもしれない」


「な、そんなの治癒魔法で……!」


「ああ。病に罹れば、国家治癒魔法師に治させている。しかし、身体の健やかさや体力は失われてしまったままなんだ。既存の【上級ポーション】では回復しきれなくて……。だから治しても治しても、また病に罹ってしまう。

 これまでは【特級ポーション】で健康を保てていたのだが……」


「じゃ、じゃあ、貴方が【帝国】に……!」


「残念ながら【帝国】と繋がっているのは祖父だけなんだ」


「そ、そんな……」


「ああ!なんという悲劇だろう!」


 ガスパルは天を仰いで嘆いた。


「【特級ポーション】さえあれば、祖父と帝国の使者にかけあえる!君だけでも【帝国】に逃がせるというのに!

 ……だが、仕方ないな。【特級ポーション】はルルティーナ・プランティエ伯爵にしか作れない。君には作れないのだから」


 ララベーラの怒りと自尊心が弾けた。


「ふざけるな!あのクズが作れて私が作れないわけない!」


「……そうか。それは良かった。では、裏庭にあるという小屋へ向かおうか」


 ガスパルの唇が大きく弧を描いた。



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